2-13 聖女の目的


「愚かね、聖女レティア。ええ、まったくの愚か! 雑魚を集め、奈落迷宮の百階層まで訪れたのにも関わらず、目的の四皇獣を呼び出す魔法陣はこの有様。すこしでも、わたくに隙を与えた愚かさを後悔するといいですわ……!」


 けらけらと笑う王女の傍に、四皇獣ノヴァの召喚魔法陣が揺らいでいた。

 深々と刺された魔術殺しはその力を遺憾なく発揮し、いまにも消えそうになっている。


「悔し紛れにわたくしを拷問しますか? ええ、幾らでも焼きなさい! けれど、あなたが負けたという事実は変わりない! ひひ、あはははっ!」


 王女は笑う。

 私に一矢報いたことがたまらなく愉快だと、顎が外れそうな程に笑っている。

 久しく掴んだ勝利に、酔いしれているのだろう。


 そんな彼女を……

 ばかだなぁ、と私は微笑ましく見つめながら。


「楽しそうですね、アンメルシア。でも、勘違いしてます。私、別に魔法陣は必要ないんですよ」


 私は魔法陣に刺さった魔術殺しを放り捨て。

 まだ輝いている魔法陣を、その足で踏みつぶした。


「な、っ。あなた何をしているの!? そんなことをしたら」

「ええ。不完全でも召喚できたはずの四皇獣ノヴァは、もう完全に戻らないでしょうね」


 私はにやつきながら魔法陣を完全に潰し、その上に青白い石を配置する。

 魔道集石。

 魔力を集めて蓄えることが可能だという、王都から持ち込んだアイテムだ。


「私が欲しかったのは四皇獣そのものではなく、四皇獣の蓄えた魔力そのもの。なので召喚用の魔法陣が潰れても、蓄えられた魔力が抽出できれば十分なんです」

「魔力……? あれだけの死者を蘇らせるあなたが、魔力?」


 アンメルシアは理解できない、という顔で頬を引きつらせていた。

 目論見が分からない事が怖いのだろう。

 そう思うように、仕向けてきた。


 私が”本番”を迎えるまで、彼女に真の目的を悟られないように。

 その方が、王女は深く絶望するから。


「アンメルシア。私が迷宮を訪れた本当の理由は、正しくは四皇獣ノヴァではないんです。必要なのは、その魔力。そしてまだまだ、魔力が足りませんので……」


 私は手を叩き、生き残った冒険者達と、巨人となったエルフの肉塊を呼び寄せる。


 彼等の姿はすでに泥にまみれ、全身に火傷や殴打の痕があり酷い有様だった。

 うん、じつに予定通り。

 彼等も人類に行った非道を追体験できたことだろう。復讐としても十分だ。


「皆様、ここまで最下層への到達お疲れ様でした。中には巨人の肉になったまま戻ってこない方もいるようですが、迷宮探索はぶじ終了です! ですので最後に、ご褒美を用意しました!」


 私は魔法陣の前に、さらに置いた魔道集石を示し、こちらへどうぞと案内する。


「あなた達が迷宮で集めた武器を、こちらに。その後、順番に自殺して頂きます。そしたらもう蘇生しませんので」

「な、っ」

「私の元で生き続ける苦悩から、解放してさしあげます。私は優しい聖女ですからねー」

「待ってくれ! 俺達はあんなに頑張って、必死に戦って!」

「はい! その必死さを馬鹿にして握り潰すのがエルフの流儀でしょう? 私きちんと勉強しましたよ? 最後はきちんと潰してあげますから!」


 にっこり笑いかける私に、逆らえない冒険者達が涙し怒号をあげている。

 それでも彼等は、自らの意思に関係なく並んでいく。

 ……ああ。この光景を見てると思い出す。


 人類殲滅軍、彼等が行った最悪の遊びのひとつ、死の行進。

 捕えた人類を自ら自殺させる遊びで、炎に飛び込ませたり崖に飛び込ませたりして楽しんでいた。

 その再現と思えば、すこしは気が晴れるものだ。


「誰からでも構いません。最後はみんな死ぬんですから。はい、並んで並んで―?」

「ひ、い、いやだっ……!」


 もちろん拒否権などない彼等は、順番に並んで死を遂げる。


 自らの獲物で首を切る者。

 腹を刺す者。

 最後まで聖女を罵倒しながら、自らを撲殺する者。


 その中には、散々使い込んだ狩人ペルシアの姿もあった。


「いやああああっ! 助け、助けてザイン! 竜殺しの力であいつを殺してよ! オデット! あんた何かに変身して都合良く逃げてるんでしょ!? あたしをさっさと助けなさいよ!」

「往生際が悪いですよ、ペルシア。ザインは先程の融合で、魂ごと消えたようです。でも安心してください、あなたもすぐに後を追わせますから。ね?」

「ひいいっ! せ、聖女、いや聖女様お願い。お願いしますぅぅっ……お金ならいくらでも払うから! あたしの身体なら幾らでも使っていいから! お、男でも女でも好きなだけ使って、気持ち良くしてあげるからぁ! ね? ね? あなたも気持ち良くしてあげるから!」


 ペルシアは涙を浮かべ、鼻水を垂らしながら懇願する。

 でも残念。

 私はそうやって嘘をつき命乞いをする虫が、この世で一番、嫌いなのだ。


「お願い、お願いだから、あたしが悪かったからぁぁぁっ!」

「そう叫びながら死んでいった者達の分まで怯えながら、ゆっくりと死んで下さい。ああ、折角なのであなたは苦しめに地獄に落としてあげますね?」

「やあ、やああっ! 助けてください、お、王女アンメルシア樣、め、女神様っ」


 泣き叫ぶ狩人ペルシアには、自らの毒を呷らせよう。

 彼女に自らの手でアイテム袋を探らせ、毒薬を握らせる。


「いひぃぃっ! やだ、やめて、えげ、おごぉっ」


 それらを順にひとつずつ飲ませ、解読剤を飲ませ、さらに毒物を追加していく。

 狩人ペルシアはすぐに腹を押さえて苦しみ、吐瀉物を撒き散らしながら悶絶した。

 その最後は喉をかきむしり、熱に喉を焼かれ、痛みのあまり自らの目をほじくり出し、海老のように身体を反らせててびくんと跳ねて動かなくなる。じつに哀れな末路だった。




 自殺行進を進める傍ら、私は冒険者が迷宮で集めた魔道武器や、都市ウェスティンで集めた魔術道具も魔道集石に集めて魔力を吸収させる。


「自爆ウサギも、ドラゴンもオーガも、こちらへどうぞ。あなた達にもし知能があり、和解する気があれば、生かすことも考えたのですけれど」


 続けて操っていたモンスター達を始末し、それらも魔力に変換。

 既に、魔法陣の傍には膨大な魔力の塊が輝きつつあった。


「せ、聖女。あなた一体、なにをしているのです……?」


 アンメルシアには理解できないらしい。

 膨大な魔力を持つ聖女がなぜ、迷宮の奥地まで訪れて一心に魔力を集めているのか、と。


 私はくすくすと笑い、わざと、遠回しに説明する。


「アンメルシア。魔術というのは本当に不思議ですよね。何もない空間に火を灯し、水を呼び、傷を癒やせる奇跡を起こす。エルフは平然と使っていますが、魔術の使えない者にとっては不思議そのものです」

「……なにが言いたいのです?」

「そして理論上、魔力が強ければ強いほど、魔術は実現不可能と思えるような奇跡すら呼び起こせる。まさに魔法と呼べるほどに」

「だから、何が言いたいのですか、あなたは!」

「分かりませんか? 私が魔力を集めて行うことなんて、一つしかないでしょう?」


 私が魔力を集めて出来ることなんて、たかが知れている。

 回復と蘇生、せいぜい防御結界を展開できる程度の力しかない聖女だから。


 なら、その膨大な魔力で行うこととは?

 決まっている。

 私の得意技は、蘇生魔術ただ一つ。


 ではーーここまで大がかりな仕掛けをして、一体誰を蘇らせるのか?


「っ、ま、まさか、あなた。そんな馬鹿な!」

「気がつきましたか、アンメルシア。まあ膨大な魔力が必要で、回復三原則を知っていれば、難しいことはありませんね。

 そう。私の目的は、通常の蘇生魔術では蘇生できないものを、膨大な魔力量をもって補うことでした。

 強力な武器防具に、エルフにしては強力な冒険者から抽出した魔力。

 数々のモンスターに、ドラゴンにデーモンから取り出した魔力。

 そして一番の目的、四皇獣ノヴァの魔力」


 私は三つ指を立て、回復三原則をおさらいする。



 ①時間:受傷から時間が経つほど回復効率は低下する

 ②形状:元の形から遠いほど回復効率は低下する

 ③強弱:自分より強い相手ほど回復効率は低下する



「彼女は私達勇者パーティの中で、私を除いて一番最後に殺されました。裏を返せば、受傷からの時間経過がもっとも少ないのが、あの子です。

 場所もきちんと考えました。フロンティアの迷宮、最下層。そこは、あの子の遺灰が迷宮にばらまかれて沈んでいった……彼女の元の形、遺灰に一番近い場所。

 そして私より強い彼女を蘇らせるために、私は膨大な魔力をもってその壁を覆す」


 私は目尻をゆるめ、フロンティアにおける計画の核心に答えを出す。




「私の目標は、<魔法使い>エミリーナの完全蘇生。復讐にならぶ、勇者様から授かった第二の目標。私の大切な、大切な仲間達を蘇らせること」




 そのために私は動いてきた。

 仮に将軍プルートや魔女エックノアが逃げ込んでいなくても、私はフロンティア地方を訪れただろう。

 私の大切な仲間であり、同時にエルフの根絶に必要な最大火力を持つ彼女を蘇らせるために。


「っ……そ、そんな、馬鹿なこと、できるはずがありませんわ! 三十年、あいつを殺して三十年! わたくしが完全に灰にし、フロンティア中にばらまいた。もう魂だって砕けて消えた! そんなのを蘇らせる!?」


 不可能だ、あり得ない、とアンメルシアは吠える。

 魔術を越えた魔法、奇跡をもってしても不可能だと。


「夢に縋る愚かな聖女。ええ、本当に愚かな聖女! 確かにあなたの集めた魔力は膨大でしょう、けれど! それでも奇跡を起こすなんてあり得ない!」

「そうですね。じつは私も、まだ魔力が足りないと思います」

「っ、自ら敗北を認めると? ではーー」

「けれど、アンメルシア。今ここにある魔力が……今回の蘇生に使う全魔力の、半分にも満たないとしたら?」

「……は?」


 呆けるアンメルシアの前で、私はアイテム袋より、ごそり、と大型のそれを取り出した。

 王女の顔が見えるよう、美しい鏡面を前に掲げる。


「転移鏡!?」

「王都でプルートとエックノアを逃がした後、こっそり回収させて貰ったんです。便利そうだったので。……そして、アンメルシア。これを見てもあなたは、私が奇跡を起こせないと言えるか楽しみですね」


 私はゆっくりと転移鏡に触れ、起動する。

 魔力を通じて光を灯し、手招きにより現れたのは。


「な、っ……!」

「久しぶりに見たでしょう? あなたのことが大好き大好きで仕方ない、この子」


 かつて王女アンメルシアの元にいた、女騎士。

 近衛騎士ヴァネシアの姿だった。


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