2-1 フロンティア攻略開始


 私が<魔法使い>エミリーナについて思い出すのは、魔術のあふれた世界において彼女だけが本物の<魔法>使いだったことだ。


 魔術と魔法に、厳密な違いはない。

 けれど魔術が理解できる範囲で条理を覆すものならば、魔法はおよそ理解を超えたものだと思う。

 蘇生魔術が禁忌と言えども<魔術>なら、<魔法>は太古の偉人を召喚し、空より隕石を降らせることすら出来る奇跡の産物だろう。エミリーナはそれらを容易く扱いこなした。


 私のような庶民とは、生まれも違う。

 元王宮魔術師の両親の元に生を受け、子供の頃から英才教育を施された、本物の天才。


 けれど私の知るエミリーナは、そんな評判とは正反対に、毒舌と卑屈が根付いた少女だった。


「私を天才って言うけど、陰で文句言ってるに違いないわ。偏屈者、引きこもりの不細工女、って」

「勇者一行なんて偉そうなこと言うけど、みんな理想の偶像と看板が欲しいだけ。誰も私なんか見ていない」

「おっぱい聖女、あなたも本当はそう思ってるんでしょう? 私のことを頭でっかちの毒舌女、って」


 女神の神託に基づき、迎えに行った私達に並べられた毒舌を思い出す。

 騎士カリンなんかは「何よあいつー! 絶対あたしの仲間って認めないからね!」とぷりぷり怒り、勇者様はまあまあと笑いながら説得し、私はその毒舌ぶりに戸惑うことしかできなかった。


 いま思えば、困惑していたのだと思う。

 私達、勇者一行のなかで最後に仲間になった緊張感と。

 初めてパーティを組んだことで、自分が魔王退治なんて出来るか分からない、というプレッシャーに。


 その証拠にあるとき彼女が大きな失敗を起こし、私がそれを慰めてから、お互いほんの少しずつ仲良くなれた。


 風邪をひいた私に「別に心配してる訳じゃないんだから……」と風邪薬をもってきたり。

 戦闘中さりげなく守ってくれたり。

 雷の日に「べ、べつに私、怖くなんかないからね」と言いながら、私の布団にもぞもぞと潜り込んできた時には可愛さを通り越して笑ってしまい、彼女にぽこぽこと叩かれた。



 ……そんなある夜、彼女はそっと不安を打ち明けててくれた。


「私、みんなと上手く連携取れるかしら。みんなの足を引っ張ったりしないかな」


 そんなエミリーナに、私はーー



 ぱちり、と目を覚ました。


 自由都市フロンティアに向かう途中、街道に宿場を見つけたので住人を潰して仮眠を取ることにした。

 そこで、夢を見た。


「……久しぶりに、エミリーナの夢を見ましたね」


 目的地がフロンティア地方だから、だろう。

 彼女は勇者パーティの中でも最後まで生き残り、フロンティア地方でエルフ種に徹底抗戦した人類の英雄だ。


 その戦いぶりは彼女らしい、陰湿なゲリラ戦。

 片腕を失いながらもフロンティア各所にある迷宮を巧みに使い、野生のモンスターをけしかけ夜襲を行い、毒も暗殺も辞さず、人質に爆弾をくくりつけて放り投げることにも躊躇しない。

 その手にかかったエルフ種は、十万は下らないと聞く。


 ……だからこそ、王女アンメルシアに捕えられた末路はあまりにみじめで無残なものだった。


「見なさい、聖女。これがあなたの仲間の哀れな末路よ。よかったわねぇ、お仲間も同じ姿になれて。ほら、プルート。最後に捕まえたのはあなたなんだから、ひん剥いて存分に貶めてやりなさい?」

「ははっ。かの最強魔法使いも、我が常勝の前にはこの程度よ! そう、我は強い、強いのだあああっ!」


 プルート将軍にあらゆる辱めを受け、意識を失えば電撃で強制的に目覚めさせられながら、愚民と私の前で猿ぐつわをかまされ鞭打たれる痛みはどれ程のものだっただろう。

 一月かけて日干しにされ、回復魔術を受けながら馬で市中を引きずり回され、一日一刀、丁寧に切り刻まれた姿を私は決して忘れない。

 その小さく愛らしい身体に、傷跡のない箇所がない程に痛めつけられた姿を忘れない。


 ……そして。

 エミリーナがどんな酷い目にあっても、私の前で強がっていたことも。


「ねえ、レティア。……私はね、あなたのことが嫌いだった。昔から大嫌いだったのよ。のほほんとした顔しながら、本当は辛いくせに、誰よりも善人面して一生懸命に頑張ってるあなたがね。……ああ、見てるだけで虫酸が走るわ。ああ嫌い、本当に大嫌い」


 ぜえぜえと顔を蒼白にし、げぼりと血を吐きながらもなお彼女は私を罵った。

 涙を堪える私の前で、エミリーナは最後の最後まで、泣き言を言わなかった。


「……だから……っ、私なんかが死んでも、泣くんじゃないわよ? 泣き虫レティア」


 そう残して彼女は事切れ、アンメルシアにぐしゃりと可愛い顔を潰された。

 そしてエルフの恨みを一身に浴びながら、フロンティアの迷宮奥深くに遺灰をばらまかれたのだ。


 ――あの子は本当に、卑屈で臆病で。

 誰よりも優しく強かったと、私は思う。





 昔を思い出しながら、私は手の平に魔力を集める。

 エミリーナの蘇生を試みるが、その力はふわりと空に消えていく。


 回復魔術には<回復三原則>と呼ばれる法則がある。



 ①時間:受傷から時間が経つほど回復効率は低下する

 ②形状:元の形から遠いほど回復効率は低下する

 ③強弱:自分より強い相手ほど回復効率は低下する



 エミリーナは死後三十年が過ぎており、その身体は灰としてばらまかれ、そして私より強かった。

 その蘇生は、勇者様から受け継いだ魔力をもってしても、足りないのだ。


 彼女の姿を空に想い、ふと目を細めながら……。

 後悔とともに、もっと殺したいという気持ちが溢れてきた。


 王都で三十万匹も殺して、少しは気分が張れたと思ったけど全然足りない。

 私はまだまだ、彼女達の無念を晴らしていない。


「……よしっ。今日からまた頑張りましょうねー。ほら起きてください、首だけ王女。あなたに安息の時はありませんよ」

「げふっ!? こ、このクソ聖女っ……!」


 鎖を繋いだまま寝ていたアンメルシアを蹴飛ばしつつ、悟られないよう涙を払う。


「良い朝ですね、アンメルシア。さて、今日は何匹殺せますかねー」

「っ……この屑が。せいぜい愉悦に浸っていなさい。その笑みを再び歪ませる時が楽しみです」

「ふふ。あなたの毒舌も、なにも出来ない屈辱の裏返しだと想えば、楽しいものです」


 笑いながら宿場で強奪した魔道馬車に腰掛け、操った業者に運転を命じる。

 この馬車、使ってみると意外に便利なので重用している。



 ゴトゴトと小さく揺られる間に大陸を繋ぐ大橋を超え、目的のフロンティア地方が見えてきた。


「一応、愚かな王女にも説明しておきますね。今日からフロンティア地方の攻略に入ります」

「フロンティア? そんな田舎に何の用事があるのです? ……ふん。わたくしの姉妹と対決するのを恐れ、尻尾を巻いて逃げたのですね」


 アンメルシアが鼻で笑うのも仕方ない。

 フロンティア大陸はエルフの支配する七つ大陸のうち唯一、王族直系の者が収めていない田舎だ。

 事実上は隣接するグレイシア地方の主、四女リーゼロッテの管轄下にあるものの、そこに居るのはちっぽけな領主と、迷宮探索に精を出す冒険者という底辺ばかり。


 でも、私には大切な用がある。


「一つは将軍プルートと、魔女エックノアの追跡です。まあ、狡猾な魔女エックノアはとうに脱出してる可能性もありますけど……」


 あの憎い魔女を逃したのは心底痛かった。

 直接対決は多分、もっと後になるだろう。


「もう一つの目的は、戦力増強。そのために、フロンティアにある迷宮探索が必要でして」

「戦力? 迷宮に眠る聖剣や魔剣でも集めて、死体に握らせるつもりです?」

「ふふ。秘密です。でもきちんと約束しますよ」


 私は王女の首に絡んだ鎖を揺らしながら、にんまりと見下してやる。


「あなたを驚かせ、より深く絶望させることを。そして私が、勇者様との第二の約束を果たすことを」

「第二……?」

「じつは第三まであるんですが、三番目はまあ、リーゼロッテの首を取る頃ですかね」


 雑談をしている間に、フロンティア地方へと続く検問所が見えてきた。

 魔道馬車を走らせた私は、見張りを勤めていた態度の悪そうな男エルフに挨拶をする。


「見慣れねぇ顔だな、お嬢ちゃん。クソ共の集まるフロンティアに何か用か?」

「はい。フロンティアの民、五百万の虐殺に来ましたよー」

「はぁ? なに言って……ん? お前よく見れば、いい顔と胸してんな。通行証はあるか? もし無いなら詰所に来て貰おうか。なに、抵抗しなきゃ痛くしねぇからよ……」

「ごめんなさい。通行証はないのですけれど」


 げへへと笑う男に、私は吊り下げた王女を晒してあげる。


「こちら、顔パスで宜しいですか?」

「なっ!? その方は……お、王女アンメルシア樣!? お前は一体」

「足りませんか? では、不足分はあなた達の首で補いましょう。それを、フロンティア壊滅の狼煙にします」


 私はにっこりと微笑み、馴染んだバトルメイスに力を込めた。


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