第40話 辛勝

「ぶつりょうの、しょうり」

霧散していくアンフィスバエナを眺めながら両手をわきの下で温める。早く住宅の探索に移って生存者を探したいが、寒さで手がもげそうだ。つらたん。あと寂しいのでリンに早く帰ってきてほしい。奴は温い。

「無事、みたいっすうひぃっ!!」

「あったかい」

リンの首筋に手を突っ込む。悪霊のせいで厚着できない俺にはこうするしか暖を取る手段が無い。使い捨てカイロなんてものはとうに販売されていない。国産バーミキュライトは高いのだ。

「やめっ冷た!!ていうかお腹! だいじょ…だから冷たいっす!」

出血は止まっているから問題ない、と思う。まだ感覚が戻らないが大丈夫だろう。魔法を発動し直せば汚れもすっきり無くなるので服の心配も無い。そんなことよりも問題の家に向かわねばならない。

「せいぞんしゃ、さがす」

リンでぬくだまった手をわきの下に差し込んで少しでも保温する。防寒着を着たいのだが、悪霊の呪いのせいで魔法を発動するたびに防寒着までもフリルのついた何かしらに変貌してしまう。

だから嫌がられても背中とか首筋に手を突っ込むことにしている。たつなは嫌がらずにあっためてくれるので心の中ではすでにお母さんと呼んでいる。

「ホントにダイジョブなんすか?あいつの毒は強力らしいっすよ?」

「いきてるひと、だいじ」

もし生存者がいればこの寒さの中で震えているはずだ。さっさと焚火なりなんなりして温めてやらねばならない。

頷くリンと件の民家に向かう。生垣を越えてすぐに見えたのは破壊された玄関だった。上りかまちには風が吹き込み、雪が積もっている。人間の足跡は無い。

家主には悪いが靴を履いたまま上がると、リビングの入り口が破壊されて、壁には大きな血痕が残っていた。嫌でも口数が減る。

「誰かいないっすかー…」

リンの声も尻すぼみに小さくなる。ダイニングに進むと床にも血が飛び散った跡がある。緊張感が高まり、カウンターを越えたところで一人目の遺体を発見した。確認をしなくても損傷具合から息が無いのはわかった。頭を振ってリンに合図する。

「寒いっすね…」

勝手口も破壊されて雪が吹き込む。状況のせいか一層肌寒く感じる。それでも最後まで確認しなければならない。廊下を進み次の部屋に行く。争ったような跡はあるがそれ以外は見つからない。

「あとは二階っすね」

ゆっくりと二階への階段を上がる。一階に比べれば風が吹き込んでいないせいかまだ温かい。まずは左の扉を開ける。

「!」

裸の少女がうずくまっている。そう、のだ。俺の肩越しにそれを見たリンがスカジャンを脱いで駆け寄ろうとする。それを抱きかかえて床に叩きつけるように無理やり止める。背中が痛い。

「なに…っ!!」

アンフィスバエナは二匹いたのだ。血の気の引いたリンの顔がそれを物語っている。

「まどからにげる」

隣の部屋にリンを放り込んで扉を閉める。力一杯窓を開ける音がする。確認している暇はないので振り向きざまに敵の部屋の壁へ回し蹴りお見舞いする。こっちに注意を引く目くらましだ。左腕が痛い。

するとやっこさんのすぐそばの窓が外から破壊されて鉄球が襲う。

「たsukeて」

ゾッとする。人の皮を被った化け物が人の言葉で助けを呼んだのだ。瞬間、二つの鉄球がアンフィスバエナの体を撃ち抜く。

…頼りになる後輩だぜ。

顎まで裂けた口からピンク色の舌のような触手を撃ち出す最後の顔は口裂け女を思わせる見た目だった。

俺は右腕でガードしたが肩を貫かれ、意識を失った。

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