第26話 バンシー(仮)の最期

再び響いた銃声にバンシー(仮)の注意が向いた。俺はその瞬間を見逃さず女性を街路樹の向こうに放り投げる。少し、というか相当荒っぽいが、奴の視界から消えれば助かる可能性が高まるはずだから許してほしい。わかってくれたのかボロボロの体を引きずって彼女は身を隠した。そうだ、それでいい。

ようやく全力を出せるとアスファルトを思い切り蹴りこむ。散弾の様に飛び散ったアスファルトはバンシー(仮)を襲い、四本の腕が本体を守る様に全面を塞ぐ。その腕でできた死角へ飛び込み左フックでボディを叩き、相手の体を浮かせ右ストレートを心臓のど真ん中に向けて放つ。さすがに二撃目は三本の腕で防がれてしまったが、衝撃を殺し切れずに大きくのけぞったバンシー(仮)の腹に向けて左を打ち込む。こいつはスピードもあるためとにかく体格差を生かして小さく小さく小回りを利かせ、出鼻を挫くように立ち回っていく。絶叫のためか胸が動いたので右をねじ込んでそれを阻止。バンシー(仮)のはたき込みをステップで避けて右、左のジャブで奴の体勢を崩し、右ストレートをお見舞いする。左肩で防がれたが威力の乗った右は腕二本を弾き飛ばして脇腹をがら空きにする。ようやく開いたガードに左を思い切り叩き込む。これを皮切りに右、左を容赦なく叩き込み琺瑯ほうろうのような肌を削っていく。全力一杯の右を食らわせたいが動きが早く、少しでも溜めると逃げられてしまう。とにかく回数を稼いで削り切る。

「ううぅらあああぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」

最初と違う弱弱しいバンシー(仮)の反撃がこの攻防の終わりを感じさせる。というかガチで痛いので早く終わって欲しい。いびつに残った腕でこの威力とかどうかしている。

バキリと音を鳴らしてようやく喉が割れて動きが止まる。これを逃せば止めを刺し切れないかもしれない。覚悟を決めて渾身の右を頭に打ち込む。

「うらぁっ!!」

油断。あの硬直が餌だったのか、バンシー(仮)は残った腕でカウンターを狙っていた。まんまと罠にはまって腹がえぐられた。勘弁してほしい。そこはこの間もやられたところなんだってー…・・・


「また、ここ」

真っ黒い空間には女がうずくまっていた。掻きむしられた喉は裂けてひゅうひゅうと音をたてている。…貧乳仲間。

俺が喉に触れると穴がふさがり女は涙を流して喜んだ。

「ありがとう、止めてくれて」

純朴なそうな可愛らしい女はそばかすのある頬を拭った。奪った命を思ってか、涙はとめどなく溢れていく。俺は小さなポーチをあさってハンカチを取り出して女に渡す。彼女はおずおずと受け取り、涙を拭いた。うつむく女に俺は言わなければならない。

「だいじょうぶ、ゆるしてくれている」

「いいえ、いいえ、私は、waたsiは大henなkotoを…」

女の涙は赤く染まり、次第に黒く濁っていく。

「運が無かっただけさ、今更恨んだってお互い不幸だからな」

彼はそう言うと女に手を振ってみせる。心臓を食われていた男だ。優男、なんだか彼にぴったりの言葉だ。

「かっこうつけてる」

「最後くらい良いじゃないか、他の奴らは先に行った 代表挨拶みたいなもんだよ」

へらへら笑う男の顔を見て女の涙は透明に戻っていく。零れ落ちた涙が部屋を白く染めた。

「さぁ、おもてをあげろ」

拍手が聞こえる。彼らの門出を祝う拍手だ。俺も嬉しいような、少しだけ寂しいような不思議な気分だ。

「たましいよ、めぐれ」

穏やかな二人の笑顔がせめてもの救いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る