第21話 夢

「どこだ? ここ」

目が覚めると薄暗いバーのような所の入り口に立っていた。薄暗い間接照明の古めかしいカウンターには客が一人、男性がいる。バーテンダーは60~70歳程の品のいい男だ。整えられた髭が清潔感を漂わせる。ゆったりとした音楽が流れて 不思議と落ち着く。

「お嬢さん、ココアがあります いかがですか?」

バーテンダーは穏やかな笑顔で椅子を指す。これがバリトンボイスというものだろうか? 誘いに乗りたいところだが、問題は手持ちがあるかどうかだ。みちるの作ってくれたこのフリフリの服にはポケットという便利機能がついていない。肩に掛かる嫌に小さいポーチを探る。財布すら入らないであろうポーチには辛うじて500円玉が入っていた。しかし、こんなに雰囲気のある店でココアが一杯500円で飲めるものだろうか? わからないがとりあえずカウンターにパチリと500円を置くと、バーテンダーはニッコリと笑う。

「お代は結構です、さぁお掛けなさいな」

よく練られた温かいココアがカウンターに準備され、香りが辺りを包む。隣の客に迷惑じゃないかとも思ったが、香りに抗えず口をつける。うまい。久しぶりのココアだ。砂糖控えめなのがまた好ましい。だが、どこから出した?

「大変でしたね、お嬢さん それでも折れては駄目ですよ あなたがいなければ沢山の方が亡くなったでしょう、もちろんお友達の三人も」

どきりと心臓が跳ねる。このバーテンダーはどこまで知っているのだ?

「それにしちゃ格好の悪いことだ なんだあの梟との戦いは? まるでなっちゃいない!」

ひなびたスーツを着た男性客が声を荒げる。聞き覚えのある声にまた心臓が跳ねる。

「飲み過ぎですよ お嬢さん、気を悪くしないで下さい 普段は良い方なんです ただ、今日は少し虫の居所が悪いみたいで」

バーテンダーの言葉を無視するように振り向いた男性客の顔はだ。

「お前は死にたくないだけか!?そうじゃないだろう? 自分が死ぬよりも他人が死ぬ方が怖いんだ !誰よりも先に立て!」

とても自分の顔から発せられた言葉とは思えない。だが胸が痛む。置いて行かれるのは怖いし悲しい。

「お前はもう関わっちまった、こうなったらやるしかない お前が悲しくないように、周りが悲しまないように」

「わかった」

「柿……君」

『それでいい、あとは たのむ』

「柿屋敷君!」

「すみません、ねてません」

「いや、怒ってないから すまんが連戦だ、数は不明だが中学校にナーガタイプが出たらしい」

「わかりました」

無駄にはっきり覚えているさっきのは明晰夢だろうか? 夢の中で自分と会話するとか疲れが溜まっているに違いない。魔法少女は有給とかもらえるのだろうか? 

「警察官数名が突入したらしいがそれ以降はわからん」

幸いどの学校も閉鎖中だ。わざわざ出現の危険性を上げないようにオンライン学習に切り替わっている。それにしても人のいない場所に何の用があるというのだ。迷惑この上ない。

「ナーガは人の上半身に蛇の尻尾をくっつけた奴だ 魔法みたいなのを撃ってくるががあるから必ず複数匹で行動する 動作は分かり易いからとにかく邪魔しろ」

タメ?詠唱みたいなことだろうか? 敵の方がよっぽど魔法使いっぽい。とりあえず現着したら石ころでも持って行こう。柔道部で鍛えたキャッチボールでコントロールは悪くないはずだ。楽しかったなぁ。

「それと、今回は二回目の共同戦線だ 間違って警官を殺すなよ?」

「だ、だいじょうぶです…ひひ」

ブラックジョークという奴だろうか? とりあえず笑って誤魔化す。ツッコミとか期待されても応えることはできない。

「ならいい、あと五分で到着だ 気を引き締めていこう」

意外と近い。それなのに吾味が二分も巻いてしまい、心の準備ができないままあっという間に現着してしまった。

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