第49話:回復術師は見つかる

 ◇


「〜♪」


 休日ということでいつもよりゆっくりとした足取りで散歩ついでに闘技場に向かっているのだが、いつもより心なしかシロの気分が上がっているように感じる。


 フェンリルは犬っぽいイメージがあったからもしかしたら……と思っていたが、似た気質があるのかもしれない。


 もっともシロは言葉が通じるのでリードに繋いだりはしていない。

 ここが普通の犬とは違うところか。


「闘技場の方から声がします! 今日って何かありましたっけ?」


「私、闘技場に行ったことないけど、闘技場の人たちっていつもこんな感じって聞いているわよ?」


 目的地まではあと百メートルほど。

 近づくにつれ闘技場から冒険者たちの声が聞こえてくるのはもはや名物だが……。


「確かに、いつも大声を上げる連中が多いと聞くけど……前来たときよりも騒がしい。今日は一段と盛り上がっているみたいだな。ま、着いてからのお楽しみだな」


 闘技場の中へ入ると、騒がしさの理由が分かった。

 一等地——多数目立つブロックの一番目立つ場所に観客の視線が集まっていたからだ。


「おいおい、もう俺と勝負したいっていう骨のある冒険者はいないのか?」


 ギルドマスタークライン。

 先日、成り行きで俺が対戦したおっさんだ。


 前に来たときも迷わずあの場所を選んでいたし、目立つのが好きなタイプなのかもしれない。

 見つかったら「俺と勝負していけ」などと面倒なことになりかねないので、見つからないようにそっと目を逸らすとしよう……。


「おっ、そこにいるのはユージか!」


 思わず、ゲッと声が出そうになった。

 かなりの数の観客の中からなんで俺をピンポイントで見つけられるんだよ!?


「数えきれないほどの冒険者を見てきたが、ユージは放つオーラが異質だ。隠れてないで出てきてくれ。そして俺と勝負してくれ。今度こそ勝つ。いかなる手段を使おうとな!」


 おおおお————と歓声が湧き上がった。


 いやいやいやいや……今日はそんなつもりで来たわけじゃないんだが。

 話せばわかってくれるかな……?


 逃げちゃダメな空気なのが気になるけど!


「来ないというならこちらが出向こう」


 モタモタしているうちにクラインが中央区画ステージを離れて俺たちのもとへ飛んできた。

 『飛んできた』というのは急いで走ってきたという意味ではなく、文字通りここまでジャンプしてきたのだ。凄まじい脚力である。


「ユージは知っているか知らんが、俺は毎週末ここに来て対戦者を募っている。しかしなかなか骨のある奴がいなくてな……。どうだ、軽く決闘していかないか?」


「すまないが、今日はそのつもりで来たんじゃないんだ」


「用もなく決闘場に来たのか? ユージならもはやここで他人から盗めるものなどもうないはずだが……」


「そうじゃなくて、付き添いでな」


 背後に控えているリーナとリリアに目を向けた。


「なるほど、そういうことだったか。む、新しいメンバーが増えているな」


「さすがはギルドマスター、鋭いな。パーティにリリアを新しく迎えたんだが、休みだというのに身体を動かしたいっていうもんだから、出かけるついでについてきたって感じだ。……ということで、今日は決闘をやる気は——」


「なら、話は早い! リリアと言ったな?」


 クラインは俺の言葉を遮ってリリアに熱い眼差しを向けた。


「え、ええ……。それが何か……?」


「ユージが目を付けたということは、タダモノじゃないということだろう。よく見ると、確かにユージに似たオーラが見える……見えるぞ。どうだ、俺と一勝負していかないか?」


「ええええ!? ギルドマスターと私が!?」


「いや、ギルドマスター、リリアに才能があるのは事実だが、現時点ではまだまだ足りてない。その辺のSランク冒険者と戦ってもコテンパンにされるレベルだ」


「いやユージ、それは比較対象がちょっとおかしいぞ!? Sランクの連中は滅多にここに来ないからな。成長途中……いいじゃないか、実戦してみて気づくこともあるだろう。リリアにも意義あることだと思うが、どうだ?」


 まあ、確かに一理ある。

 昨日は俺と戦ったことで自分の実力を認識したリリアだが、完封という形で幕を閉じてしまった。

 さすがにクラインに勝つということはないはずだが、少しは戦えるという自信を持たせることも同時に必要かもしれない。


 しかしメリットがある一方で二連敗して変にネガティブに陥ってしまうリスクもあるのだが……ん?


 遠くにいた二人組の冒険者がたまたま見えたのだが、見覚えがあった。

 確か、リリアの元パーティメンバー。


 ……なるほど、条件は揃っているし、アリだな。


 ついでにリリアの中でモヤモヤしていたことも解消できそうだ。


「わかった、リリアが受けるっていうなら俺は止めない」


「さすがはユージだ! あとはリリアの返事待ちだな」


「やるなら強化魔法は私に任せてくださいね!」


「ええ……引き受けた方が良いのかしら?」


 突然のことなので無理もないが、リリアはちょっと困惑しているみたいだ。

 ちょっと背中を押しておこう。


「初めに断っておくが、絶対に今のリリアでは勝てない。でも良い経験になると思うぞ。俺も前に戦ってみてヒントになったことがあったしな」


「ユージがそう言うなら絶対そうだよー」


「そっか……そうよね。やってみるわ!」


「おお、そう来なくっちゃな! じゃあこっちに来てくれ!」


 そう言って、中央区画に戻るクライン。


「強化魔法の付与は終わりました! 頑張ってくださいね、リリア」


「ありがとう。ユージは勝てないって言ったけど、勝つつもりで頑張るわ」


 気を引き締め、リリアはクラインのもとへ向かった。


 さて、俺も移動するか。


「あれ? ユージどこに行くんですか?」


「まあ、ちょっとな。ついてくるなら来ても良いぞ。ちょっと面白いかもしれない」


「ついていきます!」


「シロもついていくー」

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