第18話:回復術師は困惑する

 ちなみに、この冒険者を俺は知らない。


「いや、劣等紋だよ」


 俺は左手を上げて、紋章を皆に見せた。

 あまり目立つのは好きじゃないんだが、時と場合によっては隠すより見せたほうが良いこともある。

 今は劣等紋だからとバカにされるような状況じゃないので、見せても問題ないと思う。


「本当に劣等紋だ……ありえねえ!」


「コイツ……確かちょっと前にゼネストさんのパーティにいた回復術師じゃないか……? 勿体ないことしたなぁ」


「回復術師だと!? ってことは隣のお嬢ちゃんがガーゴイルをやったってことか!?」


 なんか、いつの間にか俺よりリーナが注目されていた。

 これはこれで面白いので放っておこうかと思っていたのだが——


「あ、あの……! 私も劣等紋ですから!」


 という一言でさらに盛り上がってしまう。


「なんだと……! 劣等紋二人でレイドを……嘘に決まっている!」


「こんなの、俺が知ってる劣等紋じゃねえ!」


「よく見たら隣の嬢ちゃん可愛すぎだろ……爆発しろっ!」


 なんか、途中から私怨混じってないか……?

 まあ、これだけ注目されれば劣等紋の名誉を回復させて、バカにしてきた者たちを見返すという目標には一歩近づいたといった感じだろう。


 ここには十数人ほどの人しかいないが、噂が噂を呼ぶ相乗効果で広まっていけば——

 まあ、最初のうちは噂を聞いても信じられないだろうから、俺たちが活躍して証拠を見せつけていけばいい。


 それはともかく。


「な、なあ……お前ユージだったよな? 俺、覚えてる? ほら、ちょっと前にギルドの前ですれ違っただろ?」


「いや……覚えていないが」


「よう兄弟、久しぶりだな。元気にしてたか?」


「元気にはしてたが、お前のことは知らないぞ」


「あのー、ユージよね! あー良かった! 久しぶりの再会ね!」


「初対面なんだが……」


 今まで冒険者には無視されていて知り合いなんてほとんどいなかったはずなんだが……なんで急に知り合いが生えてくるんだ……?


「……と、まあそういう感じだから、俺たちは失礼する。リーナ、行こう」


「あっ、はい!」


 注目されている間に受付嬢が依頼報酬を用意してくれていたので、サッと回収してアイテムボックスに放り込むことを忘れない。


 俺は無意識のうちにリーナの手を握って、ギルドの外へ出た。


 ◇


 ギルドから歩いて離れること約5分。

 どこかを目指していたわけじゃないが、商業地区の方へ進んでいた。


「あっ、ごめん……いつの間にか手を握ってて……」


 あの場から離れるとき、特に考えることなくリーナの手を取ったのだが、そのままずっと手を繋いでしまっていた。


「い、いえ……とんでもないです! ユージから握ってくれるなんて、嬉しかったです」


 なぜだか分からないが、顔を赤らめて恥ずかしそうに言ってくる。

 まさか、これは……!


 俺と手を繋いでいるところを周りに見られたのが恥ずかしかったんだろうな……。

 悪いことをしてしまった。


「どうしたんですか……? ユージ?」


「い、いやなんでもない……。これから気をつけるよ」


「……なにをですか?」


 不思議そうな顔で俺を見上げてくるリーナ。とんでもないことをしてしまったのに、俺を気遣う素振りを見せてくれるとは……なんてできた子なんだ!


「ところで、もうすぐ商業地区ですけど……何か買い物があるんでしょうか?」


「いや、特にこれといってなかったんだが、せっかくだし消耗品とか買っておくか」


 回復術師はパーティメンバーの生命力と魔力を管理するのが仕事だが、それには原資となる魔力の存在が不可欠になる。魔力が枯渇した回復術師はなんの役にも立てない。


 だから魔力ポーションを使って魔力を足す必要があるわけだ。

 せいぜい1個あたり銀貨1枚程度とそれほど高くはないのだが、それすら買うお金がなかったのが昨日までだった。


 数日後にはガーゴイル関係の褒賞金でまとまったお金が入るので今はお金を使わないという手もあるのだが、せっかく来たので買っておくことにしよう。


 商業地区までポーションのためだけに来るのはさすがに面倒くさい。


「えーと、雑貨屋は確か……向こうだな」


 何度か買いにいったことがあるのでなんとなく道は覚えている。

 早速向かおうとしたのだが——


「ん、リーナどうした?」


「あっ、すみません……なんでもないです」


 なんでもないと言いつつ、何かを隠そうとしていることが分かった。

 リーナは嘘をつくのが下手だな。


「どうしても言いたくないことがあるなら詮索はしないが……話せない内容なのか?」


「いえ、そういうわけでは……。ただ、前のパーティメンバーがそこにいるのでちょっと通りにくいなって思っちゃって」


「ああ、なるほどな……」


 確かに、抜けたパーティのメンバーと会いたくない気持ちはよくわかる。

 俺だってさっきギルドにいると知っていたら時間をズラしていたと思う。


 円満に脱退したならともかく、リーナによれば追い出されたって話だしな。


 でも、俺としてはこんな優秀な人材をみすみす手放した元パーティメンバーのアホ顔も一度見ておきたいところだが。

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