第17話 君の好きな格好くらいはしてもいい。
待ち合わせの後。電車で一時間かけて街に出る。
都会というほど華やかではないが、買い物には困らない程に賑やかな港町だ。
駅から降りた後、咲耶が言う。
「……ねえ、ずっと気になってたんだけど。あんたのそのTシャツ、何? なんで無人駅って書いてんの?」
「無人駅は夏の季語だ」
「知らないのよ」
眉をひそめてこちらを品定めする視線。
「忘れてたわ。あなたのセンスがアレってこと……」
「季語なのに!?」
「脳味噌平安時代か?」
辞世の句とか憧れるよな。
咲耶は無言で考え込む。
俺はその隙に辞世の句を考えるが、文学的センスがゼロなことを思い出してやめた。
「ねえ、今日の先攻はわたしよね? 予定を変更して、ちょっとあなたで遊んでもいいかしら」
「? 別にいいけど……」
にんまりと微笑んだ。
「よし。それじゃあ、買い物に行きましょうか!」
◇
行き先はごくありふれた
「折角だから、わたしだって余所行きっぽい服装の飛鳥が見たいじゃない?」
とのことで、真っ先に洒落た服屋に連れ込まれた。
目を白黒させているうちに「サイズは? アウターもいる? どっちの色がいい?」などと質問ぜめにされながら、「はいこれ着てみて」と試着室に放り込まれる。
俺で「遊ぶ」と言った意味を理解し、了承したからには言われるがままに付き合う。
真っ向から素直に頼まれたならば、断る理由はないのだ。
すごい。咲耶がちゃんと会話をしてくれる。
最近の咲耶は素直でいい。
ずっとこうならいい、と思ったし、多分ずっとこうだとも思う。
お互い、喧嘩をする理由はもうないのだ。
「うん、完璧! 思った通りの仕上がりだわ。やっぱり素材は悪くないのよね。ちょっと顔色と目付きが悪いだけで」
試着室から出ると、咲耶は満足そうに頷く。
「褒めてんのか貶されてんのか微妙だな」
「褒めてるわ。それとこれとは別に『ちゃんと寝ろ』って言ってる」
「はい」
なんで説教されてるんだろう……。
咲耶は「食事はともかく睡眠は管理できないものね……あ、一緒に寝る?」とか怖いことを言っている。
怖いので無視した。
あれは独り言、そうに違いない。
……最近、咲耶は妙に大胆というか極端というか、恥じらいなく考えたことをぽろっと口に出すようになった気がする。
どうしてそうなる。
素直で嬉しいとは思ったが、流石に振れ幅がおかしいだろこれは。
え、おまえ実はそんなこと考えてたの? 怖い……。
「あ、もう元の服に着替えていいわよ。わたしが試しに着せてみたかっただけだし。趣味を押し付ける気はないから。うん、付き合ってくれてありがと。雰囲気を味わって満足したわ」
あっさり咲耶は妥協した。
俺も「露出高い服を着るな」とは言わないので、その辺はお互い様だ。
ようやく鏡を自分でも確認する。
似合っているのかどうかはよくわからないが、抵抗や違和感はない。
咲耶の選んだ服はなんとなく、学校や喫茶店の制服に雰囲気が近かった。
堅苦しすぎず、きちんとしているというか。
「こういうのが、おまえの好みなのか?」
「……そうだけど?」
……ああ、『一生制服着てればいいのに』ってそういうことか。
「わかった。覚えておく」
驚いたように俺を見る。
「なんだよ。たまにはおまえの好きな格好くらいするよ」
服はともかく髪は結構気にするし、そういうことにまったく興味がないわけではない。
今は鏡を見るのが好きじゃないので、あまりやる気がないだけだ。
でも咲耶が喜んでくれるなら、まあ真面目にやってもいい。
咲耶は頬を緩ませる。
「え、えー? そんな贅沢なことあっていいのかしら」
「贅沢って何が……」
と試着した服の値札を確認し、硬直する。
「……悪い。予算オーバーだ」
完全に買うつもりで返事をしたので、我ながら格好悪い。
ちゃんと今日は多めに持ってきたんだけどな。
「わたしが買ってくるわね!」
「待て待て」
咲耶を慌てて引き止める。
「なんで止めるの?」
「止めるだろ! 正当性がない」
「あるわよ?」
「? 言ってみ」
咲耶は胸に手を当て、目を見開いた。
「──好きな人に貢ぐのは、常識でしょう!?」
「違うよ」
違うよ。
「百歩譲っても『貢ぐ』とか言っちゃいけないと俺は思う」
目をかっ開いたまま首を傾げる咲耶。怖い。
「……? 貢いではいけない……?
「未満だからな。課金って言うな。なんか今、変なこと言わなかった? あと咲耶、目が怖い」
焦点が合ってないんだよ。
助けてくれ芽々。
「おまえ、今日……ちょっとおかしいな……?」
「そんなこと、ない、わよ?」
言動が地に足付いていなかった。
どうやら申告どおり、本当に余裕ぶっているだけだったらしい。
いや、判明の仕方が微妙すぎる。
もっとかわいい隙の出し方しろよ。
突然バグるな。怖いから。
「……あー、ほら。別に見るだけでも面白いし。折角だから、色々教えてくれよ。来月買いに来るからさ」
と言えば、渋々と頷いた咲耶だったのだが。
店内にて品物を物色したその数分後──少し目を離した隙に、隣からいなくなっていた。
「……!?」
気付いた時には既にレジの前、「お買い上げありがとうございます」と、店員から大きな紙袋を受け取っている最中だった。
げ、やられた。
あいつ、足音を消すくらいはできるんだった。
くるりと振り返る犯行後の咲耶は、開き直ったようにつかつかとヒールの音を立てて、こちらに戻ってくる。
「はい、これ。誕生日プレゼントの代わりだから。三ヶ月遅れたけど!」
紙袋をぐい、と押し付ける。中身はさっきのひと揃いであることは、見なくてもわかる。
俺を出し抜いたからか満面の笑みだ。
「まさか祝われておいてモノだけ突き返す、なんてことはしないわよね?」
確かにそれは、失礼だけども。
「勘違いしないで、あなたのためじゃないわ。わたしが贈りたかっただけなんだから!」
嘘つけ……いや、嘘ではないのか?
贈り物ってちょっとエゴだしな。
「わたしのために、好きな格好……してくれるんでしょう?」
じっと期待するような眼差しで、咲耶は取ったばかりの言質を振りかざす。
……それは、ずるだろ。
「あー、もうしょうがねーなー!」
もう一回着替えてきた。
「ふふ、勝った……!」
「いや、なんの勝負だよ」
「受け取らせたら勝ちだから。勝利条件はこっちが決めるもの、でしょう?」
「なるほど負けを認めよう」
「あら殊勝」
「俺は往生際がいい」
「自分で言うな」
「そういや礼は言ったっけ?」
「言った言った。三回ぐらい」
「ありがとう」
「どーいたしましてー」
妙に機嫌の良い咲耶と気の抜けた会話をして、そのままモールを冷やかす。
「あ」
咲耶が何やら店の前で立ち止まる。
視線の先を確認して、俺は全力で目を背けた。
下着屋だった。
「……どうした?」
どうしてこんなところで立ち止まった?
「この前、お風呂上がりに鉢合わせちゃったでしょ?」
「……そうだね」
記憶を消したあれのことだ。
光景こそ覚えていないが、事実として何があったかは記憶している。
……咲耶の下着が弾けたこととか。
「あの時、ホックが壊れちゃって」
「……うん」
「わたし、サイズが大きいから近所じゃかわいいのが買えな……」
「あーあーもういい! もうわかったから! はよ行ってこい!」
みなまで言わせずに背中を押すと、咲耶はきょとんとこちらを見ていた。
「……まさか店に連れて行くつもりだったのか?」
拷問だろそれは。
気不味い、いたたまれない、赤っ恥。
三拍子揃った精神的拷問だ。効率的とすら言える。
「え? ああ、なるほどね」
咲耶は平然と、そして合点がいったように頷く。
思えば、彼女は裸を見られてさえ『構わない』と豪語していた。
「……あなたってもしや」
こいつ、まさか……。
「──
──黙れ痴女!!
……とは、衆目の前で叫べない。クソが!
「あはは、なんだ。わたしのが見苦しかったわけじゃないのね」
否定も肯定もできない。無言。
いやちょっと覚えてないから何もわからないな。
「うん、わたし一人で行ってくるから。待ってて、すぐ戻るわ」
と、一歩踏み出した後に。
首だけでこちらを振り向き、
「……何色がいーい?」
咲耶は口元を意地悪く、吊り上げた。
ばっっ、おまっっ、
「恥を知れ!!!」
けらけら笑いながら背中を向けて、目に毒毒しい店の中に入っていく。
頭痛がした。
……今の何? おかしいだろ。
やっていいことと悪いことがある。品性がないのは悪だ。
……あ、でもあいつは悪いやつだから品性がなくて合ってるのか。
は? 文月咲耶は品性がない振る舞いをしたりしないんだが。
俺は咲耶に(というか昔の文月に)清楚なイメージを持っていたので、そういうことをされるとあまりの温度差に風邪を引く。
……いや、イメージの押しつけはよくないな。
わかってるけども。
それはそれとして覚えてろよ……。
頭の中で文句と説教を延々と並べ立てながら、逃げるように階下に向かう。
あの店の前で待つとか無理だ。
いたたまれなくて死ぬ。
階下、休日のモールはそれなりに人がいる。
さてどこで咲耶を待とうか、と辺りを見回して。
ふとある店に目が止まった。
その店の前で、考える。
……さっきからやられっぱなしは、癪だよな。
今度はこっちが不意打ちを返すくらいは、許されるだろう。
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