第11話 もはや親公認と言っていい。
「……とりあえず、俺以外の注文を伺います」
文月母は当たり障りのなくコーヒーを注文した後に、流麗な声で「プリンアラモードを二つ」と言った。
……二つ?
「あなたは何にする?」
あっ、一人で二つとも食べんの!?
厨房に戻って呼吸を整える。
どちらかというと俺は奇襲を仕掛ける側だ。
実は正面から正々堂々とか好きじゃない。
確実に勝ちたい。
つまり、なんの前触れもない襲撃と倒し方のわからない敵は苦手だった。
マスターには事情を話すとあっさり休憩を貰えた。
いや、「いってらっしゃーい」じゃねえんだよな。
さては知ってただろ、襲撃。
事前に言ってくれても良くないか、俺の客だって。
チクショウ……。
自分用のコーヒーに小豆と蜂蜜と生クリーム全部入れないとやってられない。
文月母の待つテーブルに注文を届けて、対面の椅子に座る。
二つのでかいプリンアラモードを前にした和服の妙齢の美女、という絵面は珍妙で、なのに神妙な態度で構えているものだから頭が混乱してくる。
あと胃が痛い。
が、気を引き締める。
──咲耶は確か「家に厄介払いされた」というようなことを言っていた。
穏やかに話せる相手ではないだろう。
不意の襲撃こそ許したが。
先制、切り出すのはこちらから。
「咲耶を連れ戻しに来たんですか」
単刀直入に聞く。
「どうしてそう思うのかしら」
文月琴は山ような生クリームを崩しながら静かに返す。
「常識的に考えて──」
原因不明の事件で二年失踪していた子が帰ってきた時。
果たして親は真っ当に受け入れるだろうか?
俺の家はそもそもそれどころではなかったので、気が回らなかったが。
正直、まともに考えたらあり得ない。
いくらこっちが事件については記憶喪失を装っているとはいえ。
他人が事情を深く気にしないよう魔法で認識を誤魔化しているとはいえ。
流石に家族ともなれば他人事ではないのだ。気にするに決まっている。
ましてや、文月の家は今時婚約をとりなすほどの厳格な旧家らしいのだから。
「……一緒にいなくなっていた男なんて、近付けたくないことぐらい俺でもわかります」
その辺も考えて春の頃には、これ以上咲耶に関わるまいと思っていたのだが。
なし崩しになったからと現状に甘えていたツケがここで来たな。
文月琴は鷹揚に頷く。
「ええ、まともに考えたらそうでしょうね」
はっきりとしない物言いに違和感を覚える。
楚々とした雰囲気の和服美人は、デパートの屋上みたいに賑やかなアラモードを突つきながら。
「でも知っているのよねぇ、ウチは旧家だから。神隠しが本当に起こることくらい」
そう、ふわふわとした調子で言った。
「……はい?」
いや待て。さらっと言ったけど。
え、現世……神隠し起こるの?
こわっ!?
「だから、そういう話ではないわ」
失踪云々は関係ない……?
「なら……婚約関係で連れ戻しに?」
破談になったとは聞いているが、新しい相手を用意したから身を引けとかいうアレだ。
多分きっと、古い家はそういうのがあるんだろう!
俺は庶民だからわからないが!
しかし文月琴は首を横に振る。
「いいえ。元々、娘が嫌がったら辞めるのが前提の婚約だったし、望まれない限り新しい縁談を用意するつもりはありません。今西暦何年だと思ってるの? いやだわぁ」
……あれ?
肩透かしだ。
「じゃあ、何の話をしに?」
「だぁって、大事な娘がダメ男に引っかかっているかもしれないなんて嫌だわ。そう思わない?」
「俺も嫌ですね。咲耶が変な男に引っかかっていたら」
「あらぁ、気が合うわねー」
うふふと笑う文月琴。
「だから、確かめに来たのよー」
……あっ、俺、ダメだと思われてる?
まあ思うよね。
金ないし……金以外も色々ないし……。
逆に何があるんだ取り柄。
ちょっと魔王倒せますね。
あとお宅の娘さんにマウントをとって勝てます。
……ダメじゃね?
どう考えてもダメだった。
俺はダメです。
「……やっぱり連れ戻しに来たのでは?」
「そうねえ、あなたの答え次第かしら」
微笑んでいるが、目が笑っていなかった。
「──お付き合い、なさってるの?」
……なんと答えるべきか。
俺は知っている。
こういう時、嘘は有用ではないのだ。
姿勢を正す。
「咲耶さんとは、健全な友人関係を結ばせていただいています。──生涯を前提に」
文月母は豆鉄砲を食らった鳩のように目を瞬き、そのまま吹き出した。
「……あっはっは! ほら、やっぱり変な子だった!」
それは淑やかな外見に反して、割合プリンだのなんだのが似合う、とっつきやすい笑みだった。
「やっぱり、って?」
「娘はきっと男の趣味が悪いだろうなと思っていたのよ。当たったわぁ」
……俺にも咲耶にも失礼だ。
悲しくなってくる。
そっか……咲耶は趣味が悪いから俺のこと好きだったんだ……そっかー……。
「でも悪い子じゃないみたいね。調べ通り、生真面目で実直だこと。安心したわ」
……そう? 俺は結構不誠実で適当だと思うけどな。昔から。
というかどこまで調べられているんだろうか。
めちゃくちゃ怖い。
くすくすと笑うのをようやくやめた文月母は、穏やかな目でこちらを真っ直ぐに見た。
「あの子を、よろしくね」
返事は迷わない。
「はい」
文月母は満足したように頷き、会話は途切れた。
…………あれ?
これで終わりなのだろうか?
まだ何かあるんじゃないかと身構えていたが、特に何も言われないままだ。
視線の先は俺ではなく、皿に移っている。
敵襲はどうやら乗り越えたらしい。
……なんか、なんとかなったなこれ!
完!!
現世もカスだなんだと言ってきたけど、現実はそこまで厳しくなかったようだ。
これはもはや、親公認の仲と言っても過言ではないのでは!?
頭の中、全力でガッツポーズをかました後。
急激に冷静になる。
……いや、そもそも付き合ってなかったわ。
一番大事なことを忘れていた。
さっきの質問から考えて、文月母はどうやら勘違いしているようなので、とりあえずその辺の誤解を解くことにする。
「あら、恋人ではないの? 友人関係というのはただの建前ではなくって? ……え、本当に? 生涯を誓ってるのに??」
「その辺は、まあ、学業とか諸々を優先して云々」などとクソ真面目な言い訳をする。
本当のことは言っていないが嘘ではない。
「あと現状。何故か咲耶にはフラれてますしね」
「どうして??」
おい咲耶。
母親すら困惑しているぞ。
流石にこれは俺のせいじゃないだろ。
あとなんか親と不仲っぽい雰囲気出してたけど、多分誤解かすれ違いだと思うぞ。
話した方がいいよこれ。ちゃんと。
空になったアラモードのガラス皿(ひとつ目)を脇に除けて、文月琴は僅かに身を乗り出した。
「ちょっと詳しく聞いてもいいかしら」
「むしろ聞いてください、お義母さん」
「あなたにお義母さんと呼ばれる筋合いはありません! なんてね。ウフフ」
「小芝居、お好きだと思いました。……琴さん」
仲良くなった。
ことのあらましをぼんやりと説明する。
そして気付いたのは、文月母あらため琴さんと俺の間でそもそも「咲耶」への認識がズレていることだった。
咲耶の猫被りはどうやら筋金入りで、家族すら完璧な優等生の顔しか知らなかったようだ。
嘘だろ。
なので、まずその辺をバラす。
許せ咲耶。
おまえが面倒くさいのが悪いんだ。
「まず、俺の知る咲耶は思い込みが激しくて、極論を唱えがちで、最終手段に踏み切るまでが異様に早い、危ないやつなんですが」
「…………ええ?」
「努力家で根性があって、それはすごくいいところなんですが、でも発揮する方向性が大体明後日なんで。結果、人を巻き込んで盛大によく転けます」
「…………えぇ」
琴さんは沈痛に額を押さえた。
同じような反応、普段の咲耶でもめちゃくちゃ見るなと思った。
血が繋がっていないので当然顔は似てないのだが、喋り方や所作がよく似ている。
咲耶も将来こんなふうになるんだろうか。いいな。
……と思って、このままだとそんな未来がないことに気付いて少しイラッとする。
俺の話した散々な咲耶の評価に、琴さんは眉を寄せて聞いた。
「本当に、うちの娘のことが好きなの……? 大丈夫なの?」
おい咲耶。言われてんぞ咲耶。反省しろ咲耶。
なんで俺が引かれてるみたいになってるんだよ。
「大丈夫というか。言うなれば呉越同舟の乗り掛かった泥舟って感じですかね」
「……それは、出来れば別れることをお勧めするわぁ」
「はは。心配されているのが咲耶じゃなくて俺になりましたね!」
娘がダメ男に引っかかってないか心配した親が、自分の娘のダメ加減を知ってしまう……まったくひどい話である。
「日南君、悪い女に騙されちゃダメよ」
今更だった。
まあ、泥舟だろうが船頭が誰だろうが、俺は山の頂上まで登りきるのだが。
「ところで。……なんでいきなり俺に会いに来たんですか?」
「だって。娘に恋人について聞くのはデリカシーがないとは思わなくて? 嫌われちゃうわ」
「だからって直接相手に会いに行くのはもっとどうなんですかね!」
「……?」
「?」じゃないんだが。
素行調査とかいう最終手段をいきなり使うな。
聞けよ、咲耶に直接。
まず対話しろよ!
……もしやズレてんなこの人も?
ズレ方が親子そっくりかよ。
……さて、ここまでぶっちゃけた理由はシンプルだ。
娘の演技に気付かなかったとはいえ、琴さんは俺なんかよりも咲耶のずっと知っているはずだ。
──あんなことを言った理由も、わかるかもしれない。
悩ましい形相で二つ目のプリンを崩していた琴さんは予想通り、原因を口にする。
「……心当たりがあるわ。あの子の呪いの正体に」
そして聞かされたのは、咲耶の実の母親の話だった。
……その話は思ったより胃もたれした。
やっぱりこれ、直接本人には聞けねえよ。
直接どころか、
「それ、俺が聞いていい話だったんですかね……」
「そうね、話してはいけない話だったかもしれないわね」
それでも聞かせたのは、「そうすべきだ」と考えたからだろう。
「『好きに生きなさい』と言ったつもりだったのに、少しも伝わっていなかったなんて」
どうやらそれが『家に放り出された』の真相だったらしい。
琴さんは深々と溜息を吐く。
「まさか、婚約を受け入れたのも『恋をすると不幸になる』と思い込んでいるから『好きじゃない相手と結婚しよう』なんて歪んだ思考に走っていただとか……わからなかったのは、私が所詮他人だからかしらね」
「いや、それは多分誰もわからないです」
わかんねえよ。
むしろ琴さんが今、簡潔に言ったから「あ、そういうこと!?」と俺はようやく理解したくらいだ。なんなら聞いてもよくわからん。
……まあ、それは昔の
『絶対に告白が玉砕する高嶺の花』の噂の実態が、まさかこんなものだとは。
……あいつ、昔から面倒くさかったんだな。
むしろ昔の文月の方が難しかったのかもしれない。
それを思うと今は随分と素直でわかりやすい方だ。
やりやすくて助かる。
勝ったら大人しくなるし。
咲耶当人の意に反するだろうと分かっていて、咲耶の過去を聞かせた琴さんは、俺を品定めするように目尻を下げた。
「──あの子の呪いを、解いて欲しいの。頼めるかしら」
姿勢を正す。見つめ返す。
「俺は間違えません」
買い文句の返答に、「あら生意気」ところころ笑った。
「ひとつ、いいですか」
さっきの言葉が、少し引っかかっていた。
「所詮他人とか言ってましたけど。……よく似てますよ。咲耶は、あなたに」
この人はきっと、咲耶とどこかでボタンをかけ違ってしまったのだろう。
そう思ってしまったから、差し出がましいと理解していて、言わずにはいられなかった。
咲耶は普段どれだけ残念なことを言っていても、節々の所作に品が滲み出ている。
あまり育ちがいいとは言えない彼女の振る舞いは、後天的で意識的なものだろう。
演じるとは多分、真似ることだ。
……手本は、身近な琴さんだったに違いない。
咲耶がどう思っているかは本人に聞かないとわからないが。
きっと──嫌いな人間の真似は、しないのだ。
少なくとも、俺はそう思う。
拙いながらに言葉を選んで、そう伝えると。
琴さんは驚いたように目を丸くして、静かに「ありがとう」と言って笑う。
やはり、似ていると思った。
……なんかいい感じに和解できるといいよな。
「あと、いきなり喧嘩腰で来るあたりもめちゃくちゃ似てますね!」
「一言多いわぁ」と怒られた。
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