第18話 誤魔化すにも無理がある。

「……え、これは、何?」


 笹木が困惑した顔で聞く。


「あらまあって感じ、ですねー?」


 芽々が無表情で首を傾げた。




 想定外の連続に、思考停止で硬直する。

 当然アイツは角を生やしたままで、俺は剣を握りしめたままで。



 敗因は明らかだ。


 正直、最近あまり考えて生きてなかった。

 ちゃんと考えて生きると疲れるので。

 人間、多分あまり脳味噌使わない方が生きやすい。


 と思ってたら使わなさすぎてこのざまだ。

 人間、ちょっとは考えて生きた方がいい。




 いや、だが。

 諦めるにはまだ早い。


 咲耶と視線を交わす。

 言い訳は、あれしかない。

 以心伝心。大丈夫だ。

 俺たちは、やれる。


 笹木たちに向き直り、口を開く。



「……これは、ハロウィンの準備で」


「……これは、コミケの打ち合わせで」



 …………。


 以心伝心、無理だった。






「あぁぁ、間違えた……!」


 咲耶が膝をついた。


「コミケって何だっけ?」

「えっちな本めっちゃ売ってるとこですよ、飛鳥さん」

「寧々坂さんは歪んだ文脈吹き込まないで!」


 ガチギレだった。


「い、行ったことないから! そういうのがあるって知ってるだけだから!」

「え、なんの言い訳してんの?」


 涙目だった。


「というか、なんで答えズレるんだよ! 普通に考えて、言い訳は仮装しかないだろ!?」

「だ、だって仮装って言うよりコスプレじゃない……! 主にあんたの剣のせいで!」

「俺のせいか!?」

「あと、十月は流石に遠いし、ハロウィンってなんかパリピだし……こわいじゃない!!」


 は? 文月咲耶はパリピとか言わない。

 ではなく。


「魔女がハロウィンに怯えてどうするんだよ! おまえらの祭りだろうが!!」

「魔女って言った! 言うなよぉ!!」

「あっ、やべ」


 現世終わり。



 




「……え、つまり。どういうこと?」


 笹木と芽々は顔を見合わせる。


「マコは二人の失踪原因、神隠し説支持者でしたよね」

「うん、それが一番面白そうだから」

「まー、大体その方向性で合ってたってことでしょうか」

「えっほんとに! じゃあ、あれ全部本物?」


 何故か嬉しそうな顔をする笹木。


 芽々はこちらにスマホを向け、パシャパシャと写真を撮る。


「あー……剣も角も写真に映りませんね。これはガチです」


 確かめ方に隙がない。

 理解力が高すぎる。 


 というか、写真に映らないのか。

 初めて知った。








 咲耶がゆらりと立ち上がる。


「──記憶、消すわ」


 いつのまにか、据わった目をしていた。

 先程までの馬鹿の片鱗は、嘘のように掻き消えている。

 思い込みひとつで纏う雰囲気すら変えるのが、彼女だ。


 ……そうでなくても。

 姿を変えた時から漏れ出していた、ぴり、と肌がひりつくような嫌な気配。

 それが、隣で増していく。



「待て咲耶」

「なに?」


 返答は剣呑だ。

〝魔女〟としての低い声音と、鋭い目付き。



 ──それが、嫌だと思った。



 だから、こちらに引き摺り戻す。


「〝友達〟の記憶を弄るのは、人間としてやっていいことじゃないだろ」


 さっきまで、彼女が芽々と親しくしていたのは見ている。

 基本的に壁の厚い彼女にとって、友達、と言えるかはわからないが。

 一か八かで、魔女を引っ剥がし、別の皮を被せる。



 ──今のおまえは、ただの、文月咲耶だろ。



 彼女は鼻白んで、


「なによ、甘いこと言っちゃって……」


 二人の方へ近づこうとした足は、ただその場を踏むだけだった。







 不穏な様子を感じとった笹木が、おそるおそると手を上げる。


「……あの。おれたち、今日見たことは黙ってるよ?」

「はいはい誓います。契約しまーす」


 芽々もまた軽いノリで、同上した。


「えっ」

「えっなんで」

「なんでって、言われても」




「だってこんな面白そうなこと、忘れるのは勿体ないじゃないか」 


 口調こそ穏やかだが、表情には隠せない好奇心のようなものが滲み出ている。

 というか、なんか、あからさまにわくわくしている。


 毒気を抜かれる。


「です。あと純粋に、脳味噌弄られたくないですし」


 異常に早い飲み込みに、唖然とする。


「てゆーか、記憶が弄れるなら、口止めくらい魔法でちょちょいとなりません?」


 芽々は、物騒な言葉を口にするには能天気すぎる声で、提案する。



「え、うん、できるけど…………え?」


 咲耶が完全に素で動揺していた。






 ……どうやら。

 こいつらも大概、変な奴らだったらしい。






 ◇






 その後。


『あ、じゃあお疲れ様でーす』

『また明日ー』


 と言って、二人は普通に帰って行った。




「いや、なんでだよ」 


 変だろアイツら。

 そんなに滑らかにスルーできるか普通? 

 どういう神経してるんだよ。 


「……普通の高校生ってなんだっけな」


 最近の若者は怖いな。



 しかし解決したのだろうか、これは。

 セーフか? いや、アウトじゃない?


 もう何もわからない。

 帰って寝たい。

 



 ……眠れるだろうか、今夜。



 ひとまずコレをどうにかしないといけない。


 目撃の二の舞は繰り返さないように、喫茶店の裏口から離れ、更に裏路地の奥へ行く。

 遠くに車の走行音が聞こえるだけになった、静かな物陰。


 装飾らしい装飾もない、無駄に大きい両手剣。

 嫌というほど見た異世界むこうの聖剣は、どちらかというとファンタジー的というよりは近未来的な見た目をしていて、心底趣味が合わない。


 絶対に切腹しにくいと思う。

 刀しか格好良いと思わない。

 異世界のセンスは最悪。



 渋々と、異世界の言葉──もう二度と使うことはないと思っていた言語で、『戻れ』と命じる。

 剣は、右腕の中に収まるようにして消えた。


 右腕は、生身のそれではなかった。

 ブリキのような、よくわからない金属で出来ていて、それは剣とまったく同じ質のもの──というか。

 単純に。


 右腕は・・・剣だった・・・・



 聖剣は使用者に合わせて形を変えるのだという。

 だから、向こうで腕を失くした時からこうだった。 


 ……いや。剣そのものというより、中に仕舞われているという点では、『鞘』とでもいうのが正しいだろうか。

 その辺あまり深く考えたことはないし、今となってはどうでもいい話だ。


 大事なのは、聖剣ほんたいは、現世こっちに帰ってから今まで、出そうと思っても出せなかったということで。

 それが何故か、今になって起動したということ。



 起動の衝撃か、彼女と触れた時の火花のせいか、巻いてあった包帯は解けている。

 仕方なくバイト中に使っていた手袋を嵌める。

 だが、手袋と袖の隙間から。

 ちらちらと光に反射する鈍色が見えている。


 顔をしかめて、袖をぐっと伸ばす。

 制服のシャツに伸縮性はないので、行いには特に意味がなかった。

 






 振り返ると、咲耶の方も始末を終えていた。

 角は消えているし、魔女特有の〝嫌な気配〟も、もうない。


 だが、彼女はこちらと距離を取ったまま。

 近付こうとはしなかった。



「咲耶」


 呼ぶと、彼女はびくりと肩を震わせる。


 ああ、うん。

 今、声低かったな。

 間違えた。

 

 眉間を揉んでしわを消す。

 取り繕って明るい声を出す。


「さっきのやばかったな。いや、何がやばいって一番は笹木と芽々の反応だけど。明日どんな顔して会えばいいんだよコレ。あいつらすげえな。素面で帰っていったぞ」


「でもまさか、こんなことになるとは。ほら、アレ。なんだっけ。現世こっちに帰った時にさ、おまえ言ってたじゃん。現世は魔力だか幻想だかの、濃度が低い、だっけ? 世界のルールが違うから、たいした魔法は使えない、とかなんとか。仮説立てたのにな」


「あれかな、やっぱり。おまえが魔法使ってる最中にうでに触れたのがまずかったのか? 例外的な防衛反応というか、天敵に反応してみたいな……」


 ──そうか。


 こうしてお互いの身体が反応した以上。

 自分たちがどう認識しようと、関係の実態は。

 

 ──〝敵〟のまま、ということか。



「あー、なんだ、その……」



 咲耶は青ざめたまま、黙りこくっていた。

 

 溜息を飲み込む。

 さっきまで馬鹿を言ってられたのは、何かを言わなければあの時は誤魔化せなかったからだ。

 本来、俺も彼女もよく喋る方ではない。


 何も言う必要がなくなれば、あとは滑り落ちるだけ。

 糠に釘だ。どんな言葉も刺さらない。


「……ごめん。俺ひとりで喋って」


 返答は、不揃いの瞳が揺れるだけ。



 ──まずい。

 どこにも『正解』が見当たらなかった。

 時間はたっぷりとあるのに、脳も脊髄もろくな答えを寄越さない。


 『もう全部終わった』と思っていたのに。

 そうじゃなかった、と突然ひっくり返されてしまったせいか。


 『何者』として言葉を発すればいいのか、わからなくなっている。

 見失いそうになる。



 ──いや、大丈夫だ。迷う余地はない。



 そのために、定義したのだ。

 関係の名を。

 今の立ち位置を。

 それを今更、見誤ることは、ない。



 だから。



「帰ろうぜ」


 なんでもないように背を向けて。

 自然な程度に距離を取って。

 先に歩き出そうとして。



 彼女の手が、俺の左袖を、力なく引いた。



「お願い……」


 

 か細い声。

 足を、止める。




「──今夜は、一緒にいて」




 振り返らない。

 彼女の顔を見る自信がない。


 明日も学校があるだろ、とか。

 そんなこと男友達に言うなよ、とか。


 正論はいくらでもあって、けれど。

 正しいだけのすべてになんの価値もないから。



 間違えないように、ただひと言。


「わかった」


 と、応える。




 それが正解かどうかは、わからなかった。

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