第6話

 どうやら僕は、この家の全てが見える所に“置かれている”ようです。そして、相変わらず、色んな女の人や、たまに奥様が来ては激しく愛し合ったり、女の人同士が鉢合わせて喧嘩して、それを先生は大声を上げて嬉しそうに笑って見ている毎日です。


 先生の身体には、何か女の人達にはない模様の様な物が沢山ありました。女の人達は、いつもその模様に愛おしそうにキスをしたり、その模様を撫でていました。特に背中の模様はとても大きくて、それらの“模様”は刃物や拳銃の玉で出来た“傷痕”というものらしいです。


「スゥ。見せたい物がある。」


 先生は、本棚の中から、一冊の本を持ってきました。しかし、それは本ではなく、本の形をした箱で、中から拳銃と小ぶりで宝石のついたブートニエールが入っていました。


「スゥ。この拳銃もブートニエールも綺麗だと思わないか?」


 先生は、拳銃を自分の口に加えて、涙を流しながらガタガタと震えだしました。そして拳銃を口から外し、声にならないかすれた声を出して泣き崩れました。

 

「何故……僕は、生きているんだ。あぁ……スゥ。教えてくれ!スゥ。」


 先生はその晩ずーっと泣いていました。そのまま泣き疲れたのか、先生は床で眠ってしまいました。朝になり、またお酒を瓶から飲んでいるとし、また僕にキスを優しくして、抱きしめてくれました。


 そのままソファへ僕は連れて行かれ、先生はソファに座り、僕の“頭”かもしれない部分を優しく撫でながら、唇を小さく開き、まるで絵本を読み聞かせる様な優しい口調で、ゆっくりと、そして優しく語りだしました。


 先生、初めて僕を部屋の中で動かしてくれましたね。僕、なんだか、とても嬉しいです。


「スゥ。戦争を知っているかい?

 僕は、かつて兵士として戦争へ行った。沢山の戦場へ行ったんだ。子供の頃から戦争が正しいと教育され、戦場で敵の兵士を沢山殺し、国に尽くして、国の為に戦い、偉くなって……。

 狂ってる考え方だよ。全く……。沢山の兵士が目の前で死んでいった。僕は、沢山の兵士だけじゃない。罪の無い現地の人を殺した。女性や子供には、本当に酷い事……酷たらしい事をしてから殺した。仲間も殺した。使えないと思ったり……僕の出世の為に戦死に見せかける為にも殺した。

 だからね……僕にある日天罰が落ちたんだ。

 本当に酷い戦だった。僕には背中に大きな傷があるだろう?これはね、その戦で敵兵に切られた傷なんだ。この傷のおかげで僕は、その戦で唯一生き残って生還した兵士となった。味方は僕が殺されたかと思って……敵も僕が死んだと思って放置されていた。初めて恐怖で敵に背を向け逃げ出そうとしたら切られたんだ。初めての痛み、床に倒れた時にどんどん血が流れて……。血が温かくて、恐怖からか脈が早くなっていって身体はどんどん寒くなって。そして、その内意識が途絶えた。僕も……死んだ、と思った。焼き払われた家や死体の匂いには慣れたつもりだった。

 でも、目が覚めてしまった時に見えた光景は酷かった。死体の匂いがいつもと違う匂いに感じた。僕は、背中の傷を自分で焼いて傷が塞がるまで……そこに居た。少しずつ動ける様になり、草や虫を食べながら生活をして、山の中を這いつくばって、とにかく人か村を探した。途中で現地人の小さな少女に出逢った気がするけれども……今思えば、僕の幻想だったのかもしれない。 

 川辺に出た時に、冒険家が居て彼が僕を見つけて助けてくれたんだ。奇跡だよな。でも僕にとってはある意味、“悲劇”さ。……生き残ってしまったのだから。」


 先生はため息をついて、声を大きくしてまた語りだしました。


 「人々は言う。“奇跡の生還の英雄!”。“生き凝った裏切り者!”。

 僕の身体はボロボロだからね。兵士としてはもう戦場に行けないんだ。だからそれなりの地位と戦略を考える部署に配属された。

 でも、戦争には疲れてしまって……。軍から引退したら、今度は政治活動やら講演会やら、本を書かさせられたり。息抜きで描いた絵には“生き残った人間の芸術だ”と、格が付き……。単なる人殺しの人間が、過剰なまでに評価と批判をされる。

 ……忘れられない。

 殺した人々の目。死んでゆく人々の目。評価してくれる人の目。批判してくる人の目。

 ……スゥ。僕が君を誰よりも愛しているのはね……そう。その“目”だよ。なんの感情も光もない。でも僕が見つめれば必ず見つめ合える。

 沢山の声を聴いてきた。罵声……悲鳴……命乞い……喜び……偽り……嫉み……。

 どんな言葉にしたって、感情は皆同じなんだ。言葉なんて意味ないんだ。だからスゥ……君は話さないだろ?声を出さないだろ?……だから……愛おしい。」


 先生は、お酒を一口飲んで、僕をいつもの場所に置きました。

 そして部屋の真ん中に立ち、キャンパスを持ってきて、両手を広げました。


「スゥ……。論理とはなんだ?芸術とはなんだ?……答えはないな。正解も間違いもない。だってそうだろ?皆、自分が正しいと“信じるか”……例え間違っていても“信じるしか”ないじゃないか。“正義”とはなんだ?“悪”とはなんだ?誰かの為にが“正義”なのか?自分の為も“正義”だろ?……わからない。全てが紙一重だな。

 ……僕が“英雄”?“裏切り者”?“生き残った恥晒し”?

 ……“先生”と皆が僕の事を呼ぶが、僕は、なんの“先生”なんだ?誰の“先生”なんだ?……わからない。

 はははっ。……スゥ。見ていてくれ!これが……僕の……“正義”であり、“論理”であり、“芸術”であり……最後の作品だ!」


 先生は、拳銃を持ち、僕を見つめました。


 そして、今までで一番穏やかで優しい眼差しで“僕”を見つめて、こう言いました。


「スゥ……。愛しているよ。ありがとう。」


 銃声が……部屋中に響きました。


 

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