僕はダメ女に捕まってしまいました

星村玲夜

第1話 ダメ女

――クラスで一番可愛い女子はクラス中の男子から人気を集める。

 

 これは高校という、思春期真っ只中の少年少女が集う社会の法則だと思う。仲良くなってあわよくば付き合えたら……と考えて、その子と連絡先を交換したがる男子が大量発生するのは、もはやお決まりの出来事となっている気がする。

 

 ただし、何事にも言えることだが、往々にして法則から逸脱したイレギュラー

な存在が現れる。

 

 例えば、僕の斜め前の席の女――名前を佐々木葵という――は、すらりとした体型で、間違いなくクラスの女子の中で一番可愛い顔をしている。でも、男子からの人気度はかなり低い。

 

 なぜなら、彼女は超が付くほどのめんどくさがりで、なおかつだらしないからだ。

 

 毎日寝癖が付いたままでブレザーの胸元のリボンは少しずれているし、襟が立っていることもある。提出物をよく忘れるし、授業中は寝てばかり。

 

 今でこそダメ女だが、入学式の日はこんな感じではなかった。

 

 長くてさらさらな黒髪は寝癖一つなく、歩く度にふわりとなびいていて、制服をきっちりと着た彼女は、誰もが美少女と認めるに違いない圧倒的なルックスだった。

 

 この日の佐々木はさっきの法則に従う存在だった。

 

 ところが、次の日からまるで人が変わったようにだらしなくなってしまった。

 

 初日のようにちゃんとしていればクラス、いや学年のアイドル的存在としてスクールカーストの最上位に君臨して、きっとイケメンと付き合って高校生活勝ち組でいられただろうに……。

 

 登校してリュックから荷物を取り出していると、自然と佐々木の後ろ姿

が目に入ってくるから、何気なく考えていた。

 

 僕がそんなことを考えているとは知る由もなく、佐々木は机に頬づき、気怠そうに窓の外を眺めていた。そして徐に僕の方を向き、僕がいることに気づくと、艶めかしい笑顔で僕に話しかけてきた。


「あ、もう来てたんだ。おはよう、雪城くん」

 

 そんな笑顔を向けられると、思わずドキっとしてしまう。


「お、おはよう」


「ねぇ、二限の古典って何か予習してこないといけなかったっけ?」


「次のところを予習してこいって言われたよ。もしかしてまた予習やってないの?」


「うん。だからお願い、見せて」

 

 予習のことを聞いてきたからもしやと思ったが、やはり佐々木はまた僕のノートを借りるつもりだったようだ。


「はいはい、分かったよ。どうぞ」


「ありがと~」

 

 今さっき机の中に入れたばかりの古典用のノートを取り出して佐々木に渡した。

 

 佐々木はノートを受け取るとすぐに、自分のノートを取り出して写し始めた。

 

 ただ写しているだけだから五分くらいで終わって、「ありがと」と言って僕にノートを返してきた。そして「疲れたぁ~」と言って机に突っ伏していた。

 

 いくらなんでも疲れるの早くない?


 心の中でツッコミを入れつつ、僕はノートを机の中にしまう前に予習し忘れたところがないか確認しておくことにした。

 

 今日の分の予習をしたページを開くと、余白に「写させてくれてありがとう♡」と、ピンク色のインクのボールペンで書かれていた。

 

 こういうのって男子同士だとやらないから、なんか新鮮で可愛いな、と思った。

 

 その時、近くにいた男子グループの誰かの声が聞こえた。


「そういえば今日の古典、ノート集めるって先生言ってたよな」

 

 あ、しまった! 

 

 完全に忘れていた。これでは僕が誰かにノートを貸して写させてあげていたのがばれてしまう。


 怒られはしないと思うが、注意されるかもしれない。

 

 修正液で消そうかと思ったけど、なんとなくそれは嫌だったから、その上に適当な紙をテープで貼って隠した。

 

 佐々木がこちらをちらりと見て微笑むのが見えた気がした。


 ***

 

 四限が終わって昼休みになった。


 僕はいつものように購買に昼食を買いに行くことにした。


 昼食は弁当を持ってくるか、食堂に行って食べるか、あるいは購買でパンや弁当を買ってくるか、の三つ選択肢があるが、弁当は仕事があって朝忙しい母に負担をかけてしまうし、食堂はいつも席がなかなか空かないから、僕は購買で買うことにしている。

 

 席を立って教室前方のドアに向かおうと歩き出したら、佐々木に袖を掴まれた。


「待って。雪城くん今から購買に行くんだよね?」


「うん、そうだよ」


「私今日弁当持ってきてなくてさ、お金渡すから何か買ってきて」


「うーん、僕佐々木の好みを知らないから、自分で買うか食堂に行った方がいいんじゃないかな」


「え~、わざわざ席を立つのめんどくさい。だからよろしく」

 

 そう言って佐々木は大胆にも財布を渡してきた。


「え、財布ごと⁈ 僕に渡しちゃって大丈夫なの?」


「大丈夫だよ。だって、雪城くんに私の財布からお金を取るような根性ないでしょ?」


「そうだけど……ま、いいか。適当に選んで買ってくるよ」


「うん、任せたよ~」

 

 結局引き受けることにした。一日に二回も頼み事を聞くのは初めてだ。


 さて、佐々木の頼み事を引き受けるのはこれで何回目になるだろうか。周りからは僕が佐々木の下僕、あるいは何か秘密を握られて、それで脅されてやむなく従っているかのように見えているかもしれない。

 

 だが、それは違う。

 

 僕は佐々木の下僕になった覚えはないし、ばれたらまずい秘密も持っていない。僕が自発的に引き受けているのであって、断ろうと思えば断ることはできる。

 

 でも、よほどのことがない限りは引き受けようと思っている。というより、少しでも佐々木の力になれるのなら喜んで引き受けたい。


 僕がそんな風に考えてしまうのは、佐々木に好意を抱いているからだ。

 

 佐々木に握られたのは秘密ではなく惚れた弱みだった。

 

 ちなみに佐々木のことを好きになった理由は、彼女のダメっぷりを見て庇護欲が湧いたから、なんかじゃない。

 

 僕は、彼女の優しいところに惹かれたんだ。

 

 



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