第219話 姫の情報
翌日早朝にて
日が明るくなり始めた頃、俺達はメルビア城から出発して、現在アルスバーン帝国へと続く街道をグレイが運転する馬車で進んでいる。
一応俺も馬車を動かすことができるがグレイから、もし襲撃があった場合、ヒイロの手が空いていた方がティアちゃんを護れる確率が高いと言われたため、基本グレイが運転することになった。
「ヒイロ⋯⋯お前エルミアちゃんにめちゃくちゃ好かれてるな」
突然、馬車を巧みに動かしているグレイから問いかけられる。
「本当ですよ⋯⋯今日ヒイロくんを起こしに行ったら、エルミアさんがベットにいて驚きました。それに先程も見送りに来て頂いて、すごく泣いてましたよ⋯⋯」
グレイに同調するかのようにルーナからも話しかけられる。
「いや、俺も一緒に寝るのはどうかと思ったけど、暗い所にいるとゼヴェルの中にいたことを思いだして怖いみたいだ」
あんな小さな子が、人やエルフを殺害している様を見せつけられたら、普通精神がおかしくなってしまうだろう。
それじゃあ何故エルミアちゃんが心を保つことができたのか⋯⋯あくまで推測だが、1人ではなかったからだと思う。
先に初代巫女のアリエルがゼヴェルの中に一緒にいたから、エルミアちゃんの心は崩壊しなかった。だからエルミアちゃんはアリエルに懐いているのだろう。
そうでなければ、天使の心を持ったエルミアちゃんが悪魔の心を持つアリエルを信頼するはずがない。
「ラナがすごくうらやましがってたよ」
「キュッ!」
ティアの言葉の中にラナさんの名前があったため、クロが驚き、怯えた表情をする。
「はは⋯⋯クロはラナが苦手だから。私が不在の間、ラナがクロの面倒を見るって言ったから、クロがどうしてもアルスバーンへ着いていきたいって⋯⋯」
「だからクロちゃんがここにいるんだね」
ラナさん⋯⋯可哀想な娘。
エルミアちゃんに振られ、クロにも振られる。
今頃、可愛いもの好きのラナさんは傷心しているだろう。
しばらくみんなと話ながら進んで行くと、分かれ道に差し掛かかった。
看板には西、ガライの村。直進、中立都市シズリアと書かれている。
「それじゃあ真っ直ぐ行くぜ」
グレイは行き先を確認するよう声を出し、馬車を動かしていく。
「ヒイロちゃん⋯⋯今看板に
リアナは中立という言葉に疑問を持ったのか、質問をしてくる。
「シズリアはメルビア、アルスバーン、ルーンフォレストの3つの国の境にある都市で、どの国にも属してないんだ」
「ふ~ん⋯⋯だから中立都市って言うんだね」
「一応シズリアに関しては、軍や兵を派遣しないって三国で決められているんだ」
しかしこれから戦争が始まるから、約束を破る所があるかもしれないけど。
「えっ⁉️ そうなると都市の治安ってどうなっているの? 普通はその国の兵隊さんが守ってるよね?」
「おっ⁉️ 良いところに気づいたな。どうなってると思う?」
「う~ん⋯⋯それぞれの国から兵隊さんを出しているとか?」
「残念⋯⋯さっき兵は派遣しないって言ったろ?」
「冒険者ギルドが行っています」
背後からティアが、リアナの代わりに答える。
「正解」
さすがはティアだな。王族だから中立国やアルスバーンの現状を勉強しているのだろう。
「だから他の地域に比べて冒険者ギルドの権力が極めて強い。シズリアに行った時には冒険者に目をつけられないよう気をつけないとな」
「わかった」
まあこのメンバーなら早々問題を起こすようなことはないと思うが⋯⋯だがリアナが勇者だと知られると騒ぎになるだろうから、紋章は絶対に隠さないといけない。
アルスバーンへの第一歩であるシズリアで、いきなり足止めをされるなんて嫌だからな。この旅はなるべく目立たず速やかに行いたいものだ。
「シズリアから後は、どういう風に行くのかな?」
再度リアナから質問がくる。
「え~と⋯⋯シズリアを北東方面に抜けて、山岳沿いにある街道を進みます。平坦な道を行くこともできるのですが、アルスバーン帝国の首都バールシュバインを迂回することになってしまいますので」
「山道は待ち伏せや奇襲されることが多いから、あまり通りたくないぜ」
ティアの説明にグレイが異議を唱える。
「確かにバールシュバインまで向かう方は、山岳沿いの道を通らない人が多いらしいですけど、街道の道はしっかりしているので、危険は少ないと聞いています」
「まあそういうことなら仕方ないか⋯⋯今回はあまり悠長なことをしてられないから早い方が良いしな⋯⋯」
馬車の御者の件もそうだが、グレイはしっかり危機管理も考えてくれるから頼りになる。知力B+は伊達じゃないな。
「そしてバザーが有名な砂漠の街⋯⋯トルムを抜ければバールシュバインに到着します」
「ティアちゃん、教えてくれてありがとう」
「いえいえ⋯⋯だいたい一週間くらいかかりますので、それまで皆さんよろしくお願いします」
こうして俺達は周囲を警戒しながら、バールシュバインへと続く街道を進むのであった。
メルビアを出発して1日半経った頃
ここまでは問題なく旅をすることが出来ている。
普通は街道を進んでいれば、モンスターなどに襲われることはほとんどないはずなんだが、今まではゴブリンやザイドに襲撃されたりと大変だった。
頼むからこのまま何事もなくバールシュバインへと着いてくれ。たまには平穏な旅をしてみたいものだ。
「そろそろ見えてきてもおかしくないですね」
ティアが馬車を運転しているグレイの横に立ち、遠くを見渡している。
「あっ! 見えて来ましたよ!」
ティアの言葉を聞いて、馬車に乗っている全員が前方へと視線を向ける。
俺達の目には高くそびえ立つ、灰色の壁が映る。
「まだ距離があるからハッキリとは言えねえけど⋯⋯でけえな」
グレイが、驚きの表情をして声を上げる。
それもそのはず、あの灰色の壁はおそらく、メルビアの城壁より高いように感じる。
「あの高い灰色の防壁があるため、シズリアは難攻不落の都市とも呼ばれており、どの国も迂闊に手を出すことができないようです」
なるほど⋯⋯だが俺はすごいというより、危険な場所だと感じた。
もしルーンフォレストがシズリアを占領して、そこを拠点にメルビアやアルスバーンに攻めこんで来られたらたまったもんじゃない。
そして俺達は防壁の近くまで行くと、多くの人がシズリアの街の入口に並んでいていた。
「ヒイロちゃん⋯⋯すごく混んでるね」
リアナの言うとおり、あまりの人の多さにシズリアの街へはすぐに入れそうになかった。
「えっと何だ? この街はいつもこうなのか?」
「い、いえ⋯⋯私が以前お父様と来た時は、ここまで混雑はしていなかったです」
とりあえず街に入らないとアルスバーンへ行くことができないので、俺達は列の最後尾へと向かう。
「それにしてもこの行列は⋯⋯どれくらい人がいるのでしょうか」
ルーナは列に何人並んでいるか数えている。
「ひょっとしてメルビアの姫が来るのがバレているのか?」
「「メルビアの姫?」」
グレイが不意に漏らした言葉を前にいる2人の青年が聞いていたのか、こちらを振り向いてきた。
「やべ!」
すぐに迂闊な行為だと気づき、グレイは自分の口元を押さえる。
アホ⋯⋯さっき褒めたのはなしで。
「あんた何言ってんだ?」
青髪の青年がグレイをじっと見ている。
「いや⋯⋯メルビアの姫はとても可愛いらしいから、一目見てみたいと思っただけだ⋯⋯まあこんな所に来るはずないけどな」
「もうグレイさんったら⋯⋯」
今のグレイの言葉を聞いて、馬車の中でティアが身体をくねらせている。
「姫はいるではありませんか⋯⋯」
赤髪の青年は確信をもった表情で答える。
ちっ! ティアがアルスバーン帝国に向かう情報がどこからか漏れていたか。もしルーンフォレストも把握していたのなら、ティアを殺すか人質にするため、襲撃を受けるかもしれない。
「メルビアではありませんが今シズリアに、ルーンフォレスト王国とアルスバーン帝国の姫が⋯⋯」
しかし赤髪の青年は、俺の予想とは違う答えを口にした。
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