第175話 マーサとのデート後編

 ヒイロside


 中央通りに到着すると今日は休日ということもあり、多くの人で賑わいを見せていた。


「すごい人ですね」


 マーサちゃんがそう言葉を漏らすのも無理はない。

 メルビアの領土はルーンフォレストと比べると十分の一ほどしかないが、人の密度に関してはむしろこっちの方が多いのかもしれない。

 それだけメルビアの方が良い国だと思っている人がたくさんいるのだろう。


「きゃっ!」

「おっと、ごめんよ」


 向かいから歩いてきた男とマーサちゃんがぶつかってしまい、小さな悲鳴を上げる。


「大丈夫?」

「は、はい⋯⋯少しこの人の多さに圧倒されてぼーっとしちゃいました」


 マーサちゃんの身体はそんなに大きくないから、このままだとまた同じようなことが起きるかもしれない。それなら⋯⋯。


「はい」


 俺は左手をマーサちゃんに差し出す。


「えっ?」

「はぐれたら大変だから手を繋いで行こうか」


 マーサちゃんは一瞬キョトンとしていたけど、直ぐ様笑顔になって俺の手を取った。


「はい! ありがとうございます」


 リアナside


「でたぁぁぁ! 女の子が人混みに押されて男の子が手を差し伸べる。これはデートの時彼氏にやってほしいランキング上位の行動ですよ」

「何だかティアちゃん楽しそうだね」

「そ、そんなことないです⋯⋯お兄ちゃんとマーサがデートして嫉妬していますよ⋯⋯でもマーサは友達だからこのデートが上手く行ってほしい気持ちもあります」


 その想いはリアナとルーナにもあり、2人で顔を合わせると笑いが込み上げてきた。


「そうだね」

「そうですね」

「と、とにかく今はお兄ちゃん達を追いかけましょう。また先程のように見失わないためにも」


 本音を話して少し恥ずかしくなったのか、ティアは早口で捲し立て急ぎヒイロ達を追うのであった。


 ヒイロside


「ほらこれなんてヒイロさんに似合うと思いますよ」


 マーサちゃんからの要望があり、今俺達はブティックで洋服を見ていた。

 互いの服を選んでいたりすると何だか本当に恋人同士になったかのように思えてくる。


「マーサちゃんにはこれなんてどうかな?」


 夏物の薄い黄色のワンピースが出ていたので、マーサちゃんに進めてみる。


「そうですか? ではちょっと着てみますね⋯⋯すみませ~ん」


 店員さんを呼び、マーサちゃんは奥の更衣室へと消えていく。


 ここは女性の服が展示されているゾーンのため、男の俺としては1人取り残されると何だか恥ずかしい気持ちになってくる。


 マーサちゃん早く来ないかなあ。

 実際にはまだ2、3分しか経っていないが、俺にとってこの時間はとても長く感じる。


「お、お待たせしました⋯⋯」


 カーテンの奥から少し照れた表情でマーサちゃんが出てきた。


「とてもお似合いですよ」


 店員さんはワンピース姿のマーサちゃんを見て、感嘆の声を上げる。


 確かに可愛い⋯⋯定員さんの表情もお世辞を言っているようには見えない。

 笑顔が素敵で可愛らしいマーサちゃんのイメージを崩さず、ワンピースからスラッと伸びる健康的な手足が眩しい。

 ただ⋯⋯。


「ちょっとスカートの丈が短いですよね」


 マーサちゃんもそのことに気がついたのか、身体をクネクネしながら恥ずかしそうにしている。


 う~ん太ももがとても眩しいぞ。

 少し屈んだだけでスカートの中身が見えてしまいそうだ。


「マーサちゃんはどう? 気に入った?」

「そうですね⋯⋯ですが⋯⋯」

「それじゃあ店員さんこれを下さい」


 マーサちゃんの否定の言葉が出る前に俺は購入を決意する。


「そ、そんな悪いですよ」

「いいのいいの。ほら今日は初デートなんだからプレゼントさせてよ」


 初デートのプレゼント⋯⋯その言葉を聞くとマーサは断ることが出来ず頷くしかなかった。



 リアナside


「あっ! 2人が出てきましたよ」

「マーサちゃんの服装が⋯⋯違いますね」

「何あれ凄く可愛い~⋯⋯そして少しエッチだね」

「おそらくあれはお兄ちゃんのチョイスで、プレゼントされたようですね」


 三人はマーサの服に目を奪われ、羨ましそうな表情を浮かべる。


「もう立派な恋人同士に見えますね」


 ティアリーズは嬉しそうな、そして寂しそうな何ともいえない表情をする。


「そうかなあ⋯⋯私は少し違うと思うけどなあ」


 リアナはティアリーズの考えとは少し違うようだった。



 ヒイロside


「お兄ちゃん今日はありがとう」


 夕暮れ時、エールの宿屋への帰り道、今日のお礼をマーサちゃんから伝えられる。


「俺も楽しかったよ」


 マーサちゃんは微笑むと静かに歩き始める。

 無言だけど特に何か話さなければという思いに駆られることはない。

 出会ってからそんなに時間は経っていないが、濃密な時間を過ごしてきたからか、この時間も心地よい。


「ヒイロさん⋯⋯」


 そんな静寂の中マーサちゃん、ポツリと話しかけてきた。


「なんだい」


 何か言いづらいことなのか、その後が続いてこない。

 俺は焦らずにその言葉を待つ。


「ヒイロさんが私をとして見ていないのはわかっています」


 女の子として見ていない?


「だけどいつか妹から女の子になって見せますから」


 そしてマーサちゃんが俺に近づき、頬に熱いものを感じた。


 キ⋯⋯ス⋯⋯⁉️


「じゃあねヒイロさん⋯⋯バイバイ」


 そう言葉を残しマーサちゃんはこの場から立ち去っていった。


「妹⋯⋯か⋯⋯」


 だから言葉がなくても焦ることがなく居心地が良かったのか。


「ちゃんと向き合って上げてね」

「リアナ⋯⋯」


 今のやり取りを見ていたのか、後ろからリアナ、ルーナ、ティアの3人が現れた。


 確かにマーサちゃんのことを妹のように感じている部分はあるけど、それ以外の感情もあると思う。

 ワンピースの姿やキスにはドキッとしたし⋯⋯けれど上手く言葉にするのが難しい。

 ただ今はそれより⋯⋯。


「3人共今日俺達を着けていただろ」

「「「えっ!」」」


 探知魔法を使わなくてもバレバレだ。あれだけ騒いでいればな。


「そ、それじゃあ私達も帰るね」

「ヒイロくん失礼します」

「バイバイお兄ちゃん」


 そう言って3人は王城へ逃げ出すように走り出した。


「たくっ!」


 デートを覗くなんて、後でお仕置きだな。


 俺は今日のマーサちゃんとのデート、そして帰り道での出来事を思い出しながらメルビア王城へと戻った。

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