第172話 女神の息吹き

「仮面の騎士様⋯⋯父さんと母さんが⋯⋯」


 そうラナさんは言うと、後ろに30歳くらいの夫婦が姿を見せた。


「2人共語りかけてもしゃべらないの」


 おそらく奴隷の制約で話すことを禁じられているのだろう。


「わかった。俺に任せろ」


 兵士達に捕らわれ、俺に殴られたことで意識がないサブルに向かって魔法をかける。


「【水回復魔法アクアヒール】」


 青い光がサブルを包み込み左頬の傷を治していくと、ゆっくりと目を開けたので、俺は水回復魔法アクアヒールをやめる。

 こいつを完全に治してやる義理はない。


「おい!」

「⋯⋯ひぃ!」


 目を開けた瞬間に自分が殴られ、気絶させられた男が目の前にいてさぞ驚いただろう。


「ここにいる方達の主は誰になる」

「しらな⋯⋯」

「おっと言葉には気をつけろよ。もし嘘だと判断したらその舌を斬りとるからな」


 俺は翼の剣を抜きちらつかせると、サブルの顔が真っ青になり、命だけはと懇願してくる。


「わ、わかった! 言う!」

「言う⁉️」


 サブルの口の聞き方が気に入らなかったので、目にも止まらぬスピードで剣を一回素振りをする。


「い、いえ⋯⋯言わせて頂きます」


 初めからそう言え。


「ス、ステラ商会の本店の伝で来た奴隷商人です。3日後にはまたここに来ることになっていますが、おそらくもうここには来ません」


 ここには来ない⋯⋯だと⋯⋯。


「なぜだ」

「もし私が捕まり、奴隷がいることがバレたら、自分が捕縛されないためにもここに来ることは二度とないでしょう」


 今この場には騒ぎを聞き付けた野次馬がたくさんいるため、話が外に伝わってしまう。

 人の噂はすぐに広がる。今からサブルのことを秘匿するのは難しいだろう。


「私をここから逃がして頂ければ、奴隷商人の方から接触してくるかもしれません。ですから⋯⋯」


 ガシッ!


 俺は持っていた翼の剣を地面に突き刺す。


「今何か言ったか?」

「い、いえ何も言ってません!」


 だが現実問題としてどうするか。俺はそいつの顔を知らないし探知魔法で探すこともできない。

 それにしてもステラ商会はかなり用心深いな。

 自分達のことがバレないように奴隷を話せないようにすることや、自分の所の奴隷商人を使用しないで外部の人間を使う⋯⋯おそらくもしもの時は切り捨てて、知らぬ存ぜぬをするためだろう。確かルーンフォレストの本店では奴隷の許可を得ているから間違いない。

 なんでそんなことを知っているかだって? それはもちろん⋯⋯秘密だ。


「仮面の騎士さん、どうしますか?」

「仮面の騎士様⋯⋯」

「こ、ここは私に任せていただければ⋯⋯このままですとこのエルフ達は一生話すことができなくなりますぞ」


 サブルに任せることは論外として、何か方法は⋯⋯魔法、魔法で何とかできる物はないか。


 俺はスキル【魔法の真理】を使用し、使える魔法がないか検索する⋯⋯あれでもないこれでもない。やはりそんな都合のいい魔法はないのか⋯⋯。


 そして諦めかけたその時⋯⋯あった! だけどこの魔法で本当に救うことができるのか。しかも魔力量を大量に消費するため、今の俺だったら1日に2回しか使うことができない。だが今日はエリウッドと戦い魔力を消費しているため、使えるのは1度だけだ。


「これから奴隷の首輪を外す」

「えっ⁉️ 仮面の騎士様は奴隷商人ではないですよね」

「ばかな⁉️ そんなことできるはずがない。そんな無駄なことをするより私を⋯⋯」

「おにい⋯⋯ううん。仮面の騎士さんならできると信じます」


 俺はラナさんのお母さんの前に立ち、魔力を高める。


「凄い魔力だわ」

「私も、肌で感じるほどの魔力を感じるのは初めてです」


 そして目に見えるほどの魔力が左手に集束し、俺は魔法を唱える。


「【女神の息吹きアルテナブレス】」


 まばゆいばかりの光の中、女性を司った粒子が、ラナさんのお母さんを抱きしめると首に着いていた首輪が一瞬で砕け散ちった。


「な、なに⁉️」

「眩しくて何も見えないです!」


 そして段々と辺りの明るさが元に戻り、目を開けたラナの前にいたのは、夢見たままの母親の姿であった。


「あっ⋯⋯声が⋯⋯でる」


 奴隷の首輪が失くなったため、主の命令に逆らい、少しずつ言葉を発することができたようだ。


「バカな! 奴隷の首輪を解除する⋯⋯だと⋯⋯」


 サブルは信じられない光景を見せられ腰を抜かし、地面に座り込んでしまう。


「お母さん!」


 母親の声が合図だったのか、ラナさんは駆け出し、その胸に飛び込む。


「ラナ! ラナぁ!」


 3年ぶりに親子の再会を無事に迎えることができ、2人は⋯⋯いやここにいるエルフ達や事情を知っているティアが涙を流す。


「お母さん、お母さん!」


 そして後ろから父親がそっと2人を抱きしめる。


「おとうさん⋯⋯」


 ラナさんはその後両親の腕の中で、まるで少女のような泣きじゃくっていた。



「それにしてもやはりすごいですねお兄ちゃんの魔法は」


 ティアが誰にも聞こえないよう顔を近づけ、小声で話してくる。


「まあ賭けではあったけどね」


 状態異常を回復する【浄化魔法クリア】。

 呪いを解呪する【解呪魔法ディスペル】。

 そして女神アルテナの力によって女神の息吹きアルテナブレス】。

 このあらゆるの中に奴隷スキルが入るのか心配だったけど、うまくいってよかった。


「仮面の騎士様⋯⋯本当にありがとうございます」

「どなたか存じませんが、助けて頂きありがとうございました」


 ラナさんとラナさんの母親、そして父親が涙を流しながらお礼を言ってくる。


「後は姉さんが見つかれば⋯⋯」


 そうだ!本当はここにラナさんのお姉さんがいるはずだったんだ。

 しかし助けたエルフの中にはそれらしき人はいなかった。

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