第117話 ヒイロVSベイル

「けっ! 無駄なことを⋯⋯ヒイロが俺に勝つことなんて100%ありえないのにな」


 ベイルは余裕綽々の顔で減らず口をたたく。


「そういうお前は、応援する声が1つもないじゃないか、ラーカス村の時と同じようにクラスメートから嫌われているんじゃないか」

「き、貴様!」


 図星をつかれたようで、ベイルは怒りの表情をあらわにする。


「2人共、はじめますよ」

「大丈夫です」

「さっさとはじめやがれ」


 お前は先生に対してもそんな口の利き方なのか。

 ネネ先生は少しムッとした顔で試合開始の合図をする。


「はじめ」


 俺もベイルも互いの動きを見るため、様子をうかがっている。


「どうしたヒイロ、来ないのか」

「ベイルこそどうした。さっきグレイに速攻でやられて慎重になっているのか」

「このやろう!」


 どうやって勝つか。

 また難癖をつけられても腹が立つから、完膚なきまでに叩き潰してやる。


 俺は持っている剣を捨てる。

 その行為にベイルをはじめ、この場にいる全員が驚きの表情を浮かべる。


「ヒイロ、何やってるんだ!」


 グレイから疑問の声が上がる。確かに戦いの最中に武器を捨てるなんて正気の沙汰じゃない。


「戦って恥をかくのが嫌だから降参か? だがそんなことは許さねえ。お前はこの剣でボコボコにしてやる」


 何を言ってるんだ?

 ベイルは見当違いのことを口にする。


「これから右の拳でお前の顔面を殴る」

「はっ?」


 ベイルは予想できない言葉に、思わず聞き返してしまう。


「お前バカか? そうやって隙を作ろうって魂胆か」


 そんなことはしない⋯⋯する必要がない!



「おい、グレイ、ルーナ。ヒイロはあんなことを言っているが大丈夫なのか?」


 クラスメートが不安のあまり、ヒイロと仲が良い2人に問いかける。


「さっきは取り乱しちまったが、ヒイロなら余裕だろ」

「大丈夫ですよ。ヒイロくんなら必ず勝ちます」


 さすが2人はよくわかってる。俺が負けるはずがないということを。


「それじゃあ3秒後に攻撃するぞ」

「そんな嘘に騙されるか!」


 口では嘘だと言っているベイルだが、攻撃に備え身構える。


「3⋯⋯2⋯⋯1⋯⋯0」


 予告した3秒が立った瞬間、俺は疾風のごとくスピードでベイルに迫り、右拳で顔面をぶちのめす。


「ひでぶぅ!」


 そしてベイルは30メートル先の花壇まで吹き飛ぶ。


「ズカシャン!」


 ⋯⋯シーン。


 信じられない出来事に、この場にいる者達は声を失う。

 先程のグレイの時も驚いたが、今はそれ以上の光景に驚愕し、夢ではないかと頬をつねる者もいる。


「先生俺の勝ちですね」


 呆然としているネネ先生に向かって俺は言葉をかける。


「は、はい! ヒイロくんの⋯⋯勝ちです」


 わあぁぁ!


 先生の試合終了の合図と共に、歓声が沸き起こる。


「すげえなんて言葉じゃ表せねえ」

「私、Fクラスに配属されて、自分は冒険者として落第なんだって思ったけど、ヒイロくんとグレイくんを見てがんばれば何とかなるんだって思えるようになってきた」

「「「ヒイロくんカッコいい」」」


 女子達から俺に対する黄色い声援が飛んでくる。こ、これは⋯⋯やっと俺にもモテ期が到来か。


「ふふ⋯⋯ヒイロくん良かったですね」


 ルーナは笑顔で良かったといってくれているが、目が笑っていない。俺はそんなルーナが怖くて、見ない振りをすることにした。


「そ、それよりベイルの奴死んだんじゃないか」


 それはない。さすがに殺してしまったら罪になるので手加減はしている。

 拳が顔面に当たる瞬間一度止めて、吹き飛ばすように押し出したから見た目ほどダメージは負っていないはずだ。


「う⋯⋯うぅ⋯⋯」


 予想通り、ベイルはヨロヨロとゆっくりと立ち上がる。


「お、俺は負けたのか⋯⋯ヒイロごときに⋯⋯ありえない」


 ベイルは自分が負けたことを受け入れられないようだ。


「俺が⋯⋯俺が⋯⋯ありえ⋯⋯俺が⋯⋯」


 そしてブツブツと何かを呟きながら、ヨタヨタと歩き、学校の外へと立ち去っていく。


「ちょ、ちょっと待ちなさい。みなさん、先生はベイルくんを追いかけるので自習してて下さい」


 ネネ先生はベイルを追いかけて、この場から離れていく。


「なんだよあいつ。負けて逃げ出すなんてだっせーな」

「プライドが山より高いから奴だからな」


 これで少しはまともになってほしい。だがベーレの村の件で、憲兵が動いているから、ベイルが逮捕されるのは時間の問題だろう。


 俺はなぜだかわからないがこの時、ベイルとは2度と会えない予感がした。



「実習っていっても何をすればいいんだ? それより早く美人シスター来ねえかなあ」


 激しく同意。こんなに授業が楽しみなのは久しぶりだ。


「死になさい!」


 突如聞こえてきた声と同時に、無数の氷柱が俺に向かって飛んできた。

 完全なる不意打ちだったが、声をかけたのが失敗だったな。

 俺は「死になさい」という言葉を聞いたことで、反射的にこの場から離れ、氷柱をかわすことができた。


 それにしても、昼間の学校で攻撃を仕掛けてくるなんてどこのどいつだ。


「あ、あなたは!」


 声がする方に視線を向けると、そこにはシスターの服を着た1人のエルフがいた。

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