第93話 罠

 私は手紙に従って本校舎の隣の区画にある第2校庭へと向かう。

 何かしらの罠の可能性が高いけど、仮面の騎士様の情報が入るかもしれないと思うと心が踊ってしまう。


「ダメよラナ。落ち着きなさい」


 いけない、いけない。

 油断しているとどこかの誰かさんみたいに、あっさりやられてしまうから気を引き締めなきゃ。


 第2校庭の近くに到着すると辺りは紅く染まり、いつのまにか夕方の時間になっていた。

 私はまず周囲に索敵をかけると、ここには何の気配も感じられない。

 待ち伏せの可能性はなくなったけれど、誰もいないということは襲われても助けはすぐにはこないということだ。


 とりあえず校庭の中心まで行き、手紙の主が来るのを待つ。

 1分⋯⋯2分⋯⋯しかしまだ誰かがくる気配はない。

 やっばりただのイタズラかしら。

 入学早々、Aクラスの人達に仮面の騎士様のことを聞いて回ったから、誰もいないところに私を呼び出すという悪ふざけをしているのかもしれない。


「【氷槍魔法アイスランス】」


 私は帰ろうか考えていた時に、背後から気配がし、何かが速いスピードで飛んできた。


 くっ!


 私は向かってきたものに対して体を捻り、何とか左腕にかすり傷を負う程度に抑える。


「今の不意討ちをかわすとは⋯⋯本当に忌々しい奴だな」


 声がする方を振り向くとそこには、明確な殺意を持ったダードがいた。


「何? まさか先程の実技授業の仕返しかしら」

「そうだ。お前と仮面の騎士は、直接手を下さないと俺の気が済まん」


 悔しいけどここは一度引きましょう。今こいつと戦うことは得策じゃないわ。

 私はダードのいる方とは逆方向に向けて駆け走る。

 もう少しで第2校庭の外だ。そこから林を抜け、一分ほど進んで行けば、リアナ達がいる校門へ行くことができる。

 後ろを振り返ると何故かダードは追いかけてこない。

 私にかすり傷を負わせて満足したの? いえ、あいつはそんな奴じゃないわ。徹底的に相手を叩き潰さないと気が済まないタイプだ。


 ダードの行動を不気味に感じていたその時、突然第2校庭を中心に黒いドーム状の光が展開される。


「何これ!」


 黒い光は第2校庭全体を包み、まるで私を閉じ込めるかのように拡がっている。


「バカめが! そう簡単に逃がすはずがないだろう」


 私はダードの言うことを無視して、黒い光に向かって拳を突き立てる。


「ハア!」


 ガギン!


 いったああ! でもここで声を上げるとダードが勝ち誇った顔をしそうだから私は痛みを我慢する。


「侯爵家に眠っていた結界魔道具だ。破れるはずがなかろう」


 結界? 魔道具?


 まずいわね。普通に戦ったら、あいつの方が実力は上。何とか時間を稼がないと。そうすればリアナがここに来てくれる。


「たかが生徒に負けたくらいで器が小さいわね。それに仮面の騎士様に貴方は絶対に勝てないわ。身の程をしりなさい」

「き、貴様!」


 しまった! つい思っていることをそのまま言っちゃったわ。

 けれどしょうがないわよね。だって本当のことだから。


「全てを凍てつかせる氷よ。眼前の敵を打ち倒す剣となれ! 【氷の剣アイスソード】」


 ダードの手からショートソードくらいの氷の剣が形成された。


 いきなり全力モードね。私が言ったことが図星だったのかしら。


「死ねぇぇぇ!」


 怒りのオーラを纏い、一直線にこちらへと向かってくる。


 速い! やっぱり通常時の私よりスピードが上だわ。


【風神】


 素早さをワンランク上げ、一定の距離を保ちつつ後方へと逃げる。発動時間は短いけれど今の私は風を切るように動くことができるため、ダードより速く動けるはず。


「くそっ! なんだ今の動きは! 授業の時も思ったがスキルか何かか!」

「おじ様に教わったのよ⋯⋯勇者パーティーのマグナスおじ様にね」


 人族だけど私が尊敬する人。目の前にいる奴とは強さも、心も、ついでに見た目も、全てにおいて雲泥の差だわ。


「あの糞やろうか! 勇者パーティーだかなんだかしらねえけど過去の栄光にしがみついて、冒険者学校の理事長に納まりやがって! そんな奴が俺より上の地位にいることに腹が立つんだよ!」

「何言ってるの貴方は! むしろあんたみたいなのが部下で、おじ様が可愛そうよ」


 私が貶されるのもイライラするけど、おじ様がバカにされるともっとイライラする!


「弟子のお前が敵を前にして逃げ回ってるんだ。どうせ師匠のマグナスもたかがしれてるんだろ」


 怒っちゃだめよ、私。怒らせて自分の方に向かって来させるのがあいつの作戦なんだから。


「なるほど。マグナスは今のお前みたいに戦わず、逃げ回って生き延びたから勇者パーティーで尊敬されるようになったんだな。紋章を逃走士に変えたらどうだ! ヒャッハッハ!」


 言いたいことはそれだけ? もう無理。こいつだけは絶対に許さない!

 ダードが一直線に向かってくる。

 今のこいつは私を追いかけることに集中して、防御が疎かになっている。

 私は今まで通り【風神】を使って背を向け、逃げる振りするが、逆にダードに向かって突撃をかける。


「へっ?」


 模擬戦の時のように声を上げ、間抜け面をしている顔面に向かっておもいっきり拳を突き立てる。


「ひでぶ!」


 ダードは校庭を転げ回るように吹き飛ばされ、地面にうずくまる。

 このまま起き上がらなければいいけど⋯⋯。


 しかし私の願いは虚しく、ダードはゆっくりと起き上がる。


「貴様! 一度ならず二度までもこの高貴な顔を殴りおって!」

「同じ事を二度もやられるなんて、貴族は反省するってことができない生き物なのね」


 私の言葉に怒り狂って、突撃をしてくるかと思ったけど、下を向いて何か呟いている。


「クックック。お前は俺を怒らせた」

「さっきから怒っているように見えたけど、私の勘違いだったのかしら」

「減らず口を聞けるのもここまでだ!」


 そう言ってダードは懐から何かを取り出し口する。


 何なのあれは?


 少し距離があったから何を食べたのかわからなかったけど、時間的にもうすぐリアナが来る頃だから、逃げることだけを考えればいい。


 私は【風神】を使ってダードから距離を取るため、後ろへと駆け走る。


「遅い!」

「えっ? がぁっ!」


 誰かの声が聞こえた瞬間、私は先ほどのダードのように転げ回るように吹き飛ばされた。


「げほっ! げほっ! な、何今のは」


 私は口から吐血し、地面に倒れる。

【風神】を使った私に追い付くなんて⋯⋯さっき口にしたやつの影響なの。


 私は何とか立ち上がりダードの姿を探すが、あいつはどこにも見当たらない。代わりにそこの場所には、角を生やした異形な者がいた。

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