第32話 脅威の洞察力

 俺は馬車の陰からギード達を観察する。


「出来たぜ。ちょっと不格好だが味は悪くねえはずだ」


 ギードから野菜と肉が入ったスープが提供された。

 本人がいうように野菜の形は不揃いで、お世辞にも旨そうには見えない。


「ヒイロが来てねえな。まあ先に食べておくか」

「い、いや待て、やっぱこういうのは皆で食べるから上手いんだ。ちょっとくらい待ってやろうぜ」


 グレイの提案にギードが反対する。それもそうだ、もし俺が戻ってきた時に全員寝ていたらさすがに怪しいと思う。

 しかしいつまでもここで待っていられない。戻るのが遅くなればそれだけ警戒される。

 とりあえずギードを戦闘不能にするか。ただそうするとグレイが仲間だった時、仲間かどうかわからない。

 一層いっそのこと2人とも捕まえてしまうか。そうすれば俺達が襲われることはなくなる。けどその場合、もしグレイがギードとは関係なかったら怒るだろうな。

 お詫びに娼館に連れていけと言われるかもしれない。

 う~ん、考えても結論が出ない。

 そういえばギードが料理に入れていた薬は【ドリーム睡眠薬】ってやつだったよな。

 確か、飲むと3分以内で効果が現れ、睡眠の状態異常がかかるって【鑑定魔法ライブラ】が教えてくれた。

 睡眠の状態異常か⋯⋯状態異常ならなんとかなるかもしれない。


 俺はどう対応するか決断して、ルーナ達の所へ戻った。


「おっ! もうご飯が出来たんですね」


 とりあえず今戻ってきたように装う。


「やっときたか、もう待ちきれなくて先に食べようかと思ったぞ」


 グレイが腹を押さえて空腹なことをアピールする。できればそのまま食べてくれれば良かったのに。それで寝てくれればグレイは白だと判断できた。


「ごめんごめん」


 俺は遅れたことを詫びルーナの隣に座る。


「じゃあ材料を提供してくれたエドワードさんと、料理作ってくれたザッシュさんに感謝して食べよう」

「頂きます」


 食事の挨拶を行い、全員スプーンを取って一斉にスープを口に含む。

 いや、1人だけ食べなかった奴がいる。

 ギードだ。


「あれ? ギードさん食べないの?」


 グレイがスープを飲まないことを不思議に思い、聞いてみる。


「実はスープを作ってるときに腹が減って、先に食べちまったんだ」

「なんだよザッシュさんつまみ食いをしていたのか。通りで遅いと思ったよ」


 ギードは苦笑いを浮かべて、グレイの問いを切り抜けた。

 今ここで、グレイがギードさんにスープを口にしていないことを聞いたということは、2人は仲間じゃない可能性が高くなったな。

 だが、グレイは一筋縄で行かなそうだからこれも演技の可能性がある。


 しかし今はそんなことより、薬が効いてくる前に何とかしないと。


 俺は急に、ルーナの方に寄りかかってしまう。


「ごめんルーナ。何だか急に眠くなってきて⋯⋯」

「ヒイロくん大丈夫ですか? 馬車に行って横になりますか?」

「そ、そうだな。けどうまく歩けないから肩を貸してもらってもいいか」

「わかりました」


 俺はルーナの肩を借りて馬車まで向かう。


「どうしたんだあいつ」

「旅の疲れが出たんじゃねえか。まあ坊主のことは嬢ちゃんに任せて、俺達は飯を食おうぜ」

「そうですね」


 エドワードとグレイはヒイロのことを特に気にせず、そのまま食事を続ける。


 そして2分後。

 ギード以外の4人は地面に横たわっていた。



「くっくっく」


 ギードは目の前の2人がドリーム睡眠薬で寝る姿を見て、思わず笑いの声が漏れてしまう。


「いや、まだ油断するな。馬車の方に行った坊主と嬢ちゃんも確認してからだ」


 念のため、警戒しながらゆっくりと馬車へと足を運ぶと、エドワードとグレイ同様、2人も地面に横たわっていた。


「これで作戦成功だな。後はかしら達が来るのを待つだけだ」


 ギードはやはり盗賊達の回し者として来たスパイだった。

 襲撃した際、盗賊達は取り決めを行っており、プランAが倒せそうだったらそのまま宝石を強奪。もし援軍が来たらプランBに変更して、ギードがエドワード達の所にうまく潜入し睡眠薬で眠らせることとなっている。


「まずはこいつを脅して異空間にある宝石を奪う。嬢ちゃんや坊主達は3人共顔立ちがいいから奴隷として売ることになるだろうな。ただ、嬢ちゃんは先に楽しませてもらわねえと」


 予め用意していた縄を取り出し、ヒイロを縛ろうと近づいてくる。

 一歩一歩と近づき、縄をかけようとしたその時。


「盗賊さんよぉ、そこまでにしときな」


 ギードの背後から太太ふてぶてしい声が聞こえてくる。


「だ、誰だ!」


 想定外の事態にギードは混乱をきたす。

 振り向いて、誰が声をかけてきたか確認すると、そこにはグレイの姿があった。


「グ、グレイ、どうしたんだ? 盗賊って誰のことだ?」


 まだ、完全にバレていない可能性があるので、惚けることを選択した。最悪盗賊だと見破られていたとしても、仲間が来るまで時間が稼げればいい。


「見苦しいぜザッシュさんよ。その縄はなんだ」

「これはただ手に持っていただけでヒイロくんを縛ろうなんて思っていない。俺が盗賊? なんのことだかさっぱりわからねえぜ」

「別に俺は今回のことで決めつけているわけじゃない」

「なんだと!」


 グレイは確信めいた瞳でギードを見据える。


「まず盗賊の襲撃があった時にあんたも戦っていたが、手を抜いているのがバレバレだ。それに木の上にいた射手は、ヒイロよりあんたの方が近くにいたのに狙う素振りがまるでなかった」

「俺は剣が得意じゃねえんだ。手を抜いていたわけじゃねえ」

  「それなら尚更おかしい。隙だらけの弱いあんたをなんで射手は狙わなかったんだ。それにさっきの食事を取らなかったこと、今縄で縛ろうとしていること、紋章をみせられないこと、他にもいくつかあるが、これ以上言う必要があるか?」


 グレイの言うことはあまりに的確でギードは恐怖を覚えた。


「くっくっく、バレちゃしょうがねえな。しかしは貴様1人でどうする。仲間はこっちに向かってきているんだぞ」

「他の奴らはまた後で考えるとして、とりあえずお前だけ戦闘不能にしておくわ」


 グレイがゆっくりと向かってきた時、ギードは突然横たわっているルーナに向かって剣を突きつける。


「う、動くんじゃねえ! この嬢ちゃんがどうなってもいいのか!」


 グレイは動きを止め、代わりに口を開く。


「やはりそういう手を使ってきたか。ちなみにお前が盗賊だと見破っているのは俺だけじゃないからな」

「へっ? それはどういう⋯⋯ごばぁっ!」


 ギードは言葉を全て言う前に、横たわっている俺から顔面に蹴りを食らい、そのまま意識が闇の中に落ちていった。


 俺は視線をグレイに向ける。


「いつからが起きていると気づいていた」


 事が終わったため、ルーナも目を開けて立ち上がる。


「いつからか⋯⋯ヒイロがトイレに行った時に違和感を感じて、その後馬車に戻ってこちらを見ていた時だな」


 俺が見ていたことに気づいていたのか。


「それとヒイロだけ睡眠薬が効くのが早すぎた。もうちょっと観察力があるやつだったら気づかれているぞ」


 今の話とさっきのギードとのやり取りを見て、グレイは相当頭が切れる奴だと思った。


「けど一つだけわからないことが――。俺はザッシュの飯をマジックを使って、食べた振りをして切り抜けたが、ヒイロ達はどうやって睡眠を回避することが出来たんだ」


 俺はグレイにもわからないことがあって少しだけ安心した。

 さすがに全てを見破られていたら、凄すぎて恐怖を感じてしまいそうだ。


「それじゃあ種明かしをするからエドワードさんの所に行こう」


 その前にギードを縛っておく。ちょうど縄もあることだし。

 グレイも俺の行動を見て察し、手伝ってくれた。



「ルーナは大丈夫だったか」


 エドワードさんの所に向かいながら、先程剣でギードに脅されたことを聞く。


「剣を突きつけられて少し怖かったけど、ヒイロくんのことを信じていましたから」


 俺を上目遣いで見て、信頼の眼差しを向けてくれる。


「はいはい、いいですね2人は仲がよろしくて」


 グレイは呆れ顔をしてこちらを見てきた。


「恋人同士ですから」


 もうルーナの演技がパーフェクト過ぎて俺は何も言えなかった。


 食事をしていた所に着くと、エドワードさんはぐっすりと寝て夢の中にいた。


「で? どうするんだ」

「こうするんだよ」


 俺はエドワードさんに向かって魔法を唱える。


浄化魔法クリア


 青白い光がエドワードさんを包むと次第に瞼が開いてくる。


「ここは?」


 突然眠らされたことで、どうやら記憶が定かじゃないようだ。


「なるほどな。2人は食事を取った後眠くなる前に状態回復魔法を使ったって訳か」


 ご名答。


「えっ? えっ? 一体どういうことですか?」


 エドワードさんは状況が飲み込めていない中、夜は段々と更けていった。

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