第2章 王都への道

第22話 聖約とイカれたシスター

 宿泊所から出発した後、俺達は王都ルファリアへ行くため、街の北区画へと向かっていた。


「ヒイロくん。この借りたお金は必ず、お返しいたします」


 ルーナは昨日盗賊達に襲われた時、お金を全て盗まれてしまったから、俺は銀貨10枚を貸していた。


「文無しなんだから、そのお金はあげるよ」

「いえ、だめです。ヒイロくんだって余分にお金は持っていないでしょ? 友達だからこそお金のことはしっかりしないと――」


 さっきからこう言って、もらってくれない。

 僧侶の紋章を持っているから、こういうことはしっかりしているのかな?


「けど、ルーナに返す当てはあるの?」

「そ、それは⋯⋯」


 冒険者学校に入学することができれば、無料で寮に入ることができ、冒険者で一番下のFランクの資格をもらえる。

 ランクをもらうことができれば、ギルドで依頼を行えるため、お金を稼ぐことができる。


 つまり、冒険者学校の試験に落ちればルーナは、泊まる場所もなく、お金を稼ぐことができず、路頭に迷うこととなる。


「必ず冒険者学校に合格して見せますから大丈夫です」


 本来ルーナは僧侶の紋章を持っているため推薦で入学できるが、出会った時に言っていたように、今年は呪いを解くことに専念し、来年受験するつもりだったため、推薦がとれず、一般の入試を受けるしかなくなってしまった。


「その目は信じていないのですね。それでしたら教会で聖約をしましょうか? もし1ヶ月以内に返せなければ、私はヒイロくんの奴隷になります」


 奴隷? 何を言っているんだこの娘は。


「さあ、行きましょう」


 俺はルーナに手を引かれ、教会へと向かう。


【聖約】とは教会の祭壇で結ぶことができる契約のことを言う。

 僧侶系の紋章を持つ者が間に入り、両者合意のもとで【聖約】を結ぶと神様に認められる。

 ここで神様が出てくるのが重要な所で、もしこの【聖約】が守られなかった場合は、無条件で相手の奴隷になることが決定される。

 しかし気をつけなければならないのが、弱い立場の者、今回でいうとルーナが、1ヶ月以内に返済することに納得がいっていないのに【聖約】を行うと、俺が神様から天罰がもらう。

 天罰の内容はその【聖約】の内容によって様々だが、酷いものになると、死亡することや再起不能になることがあるらしい。

 そのため、【聖約】に関してはどちらもリスクを負うので、気軽にできないものとなっている。


 教会の扉を開くと一人のシスターが祈りを捧げていた。


「何か御用でしょうか?」


 20歳くらいの若いシスターが微笑んで迎えてくれた。耳をみると人族より少し長いから、この方はエルフ族のようだ。

 シスターは白い肌にエルフ特有の神秘さ、そしてこの場所が生み出す神々しさも相まって聖職者としての威厳を感じる。


「【聖約】を結びたいのですが」


 ルーナが伝えるとシスターの笑顔が一瞬で凍りつき、俺をゴキブリを見るような視線を送ってきた。


「無理矢理達成できない【聖約】を結ばせ、このあどけないわがままボディの娘を奴隷にするつもりですか」


 シスターが鬼の形相で迫ってくる。さっき微笑んでくれた人と同一人物には見えないぞ。


「ち、違います! ヒイロくんではなくて、私が言い出したこと何です」


 ルーナがシスターの勘違いを訂正してくれた。

 頼むぞ、俺の誤解を解いてくれ。先ほどの豹変ぶりを見ると俺はシスターに殺されるかもしれん。


「そちらの方の見た目は優しそうですが、内面には悪魔を、いえ魔王を飼っている気がします」


 こ、このシスター鋭いな。

 まさか昨日、俺の中の魔王が出現したことまで見破っているのか。


「ヒイロくんはそんな人じゃありません」


 ルーナはきっぱりとシスターの意見を否定する。

 いいぞ、がんばれルーナ!


「そ、そうですか。それは失礼しました」


 シスターはルーナの気迫に押されたのか、謝罪の言葉を紡ぐ。

 ここで終われば良かったのだけれど、この後ルーナがいらない一言を言う。


「昨日も同じ布団で一緒に寝ましたけど、何もされていません」

「えっ?」


 ルーナさん、それを言っちゃだめでしょ。


「一緒の布団? 二人っきりで?」

「はい」


 嫌な予感がする。


「死になさい。【氷柱槍魔法アイシクルスピア】」


 シスターの形相がまた鬼へと変化し、水魔法で攻撃してきた。

 俺はルーナが答えると同時に、後方へバックステップをしていたので、シスターの氷柱の槍をなんとかかわすことができた。


「ちょ、ちょっと! 今避けなかったら確実に死んでましたよ」


 シスターはウジ虫を見るような目で俺を捉える。


「有害な害虫一匹を踏み潰すのに、誰かの許可が必要ですか?」


 害虫にだって、悪さをしないでいいことするやつもいる。

 そう突っ込みたいけど、そんなことを言ったら火に油を注ぎそうだからやめておく。


「や、やめてください」


 ルーナがシスターの暴挙を止めるために俺の前に入り、両手を広げ立ち塞がる。


「これは本当に私から言い出したことなんです」

「神様の前で嘘をつくことはいけませんよ。あなたはこの害虫に騙されているのです」


 この人本当にシスターか? 言葉遣いといい、さっきの攻撃といい、暗殺者にでも転職した方がいい気がしてきた。


「それに必ず1ヶ月でお金を返しますから、心配しないでください」

「で、ですが銀貨10枚で、わざわざ【聖約】を結ぶほどではないと思いますが――」


 確かにシスターの言う通りだ、なんでルーナはこんなことをしようと思ったんだ?


「⋯⋯私に対する戒めです。ヒイロくんは優しいからこのまま甘えてしまいそうで――」


 やりすぎだと思ったが、真面目なルーナらしいとも思った。


 シスターは俺とルーナに視線を向け、ため息をつく。


「わかりました。しかしもし奴隷になってしまった場合は、私に連絡してくださいね」

「ありがとうございます」


 こうして、シスターは納得していないが、俺とルーナは聖約を結ぶことになった。


 俺達はシスターに祭壇の前まで案内され、そしてひざまずく。


「あの、俺【聖約】なんて結んだことがないから、作法がわかりません」


 シスターは、そんなこともわからないのですか的な目で俺を見る。


「あなたは、はい、と言うだけです。ただし、やましいことを考えていると天罰が下るので注意してください」


 死ぬか再起不能の天罰が下りてきたら最悪だ。今だけは俺の脳内の魔王にはご退場願おう。


「では始めます」


 シスターの雰囲気が、初めて会った時のような神々しさに戻る。

 とても先ほど殺人を犯そうとした人と同じには見えない。


「女神アルテナの名の下に、汝、ヒイロより銀貨10枚を借入れ、1ヶ月以内に返金することで相違ないか」


「はい」


「そしてヒイロ。汝も今のルーナとの聖約に間違いはないと認めるか」


「はい」


「双方の承認により、これにて聖約が結ばれる」


 シスターが神様に祈りを捧げると、天から俺とルーナに光が注がれてきた。

 なんだこれ、眩しい。

 徐々に光が収まり、教会に静けさが戻る。


「これで終わりになります」


 これで終わり? 特に変わったことはないが。

 俺が自分の体を確かめていると、ルーナが話しかけてきた。


「ヒイロくん。首ですよ」

「首?」


 首を曲げたりして、一生懸命見ようとするが、しかし自分の首の状態を確認することができない。

 そんな様子をみて、ルーナはクスクスと笑っている。


「私の首を見てください」


 俺はルーナの首元を凝視する。


「白い肌に綺麗な首だね」

「ち、違うよ。でもありがとう」


 思わず前と同じセリフを言ってしまった。

 よく見ないとわからないが、ルーナの首を見ると薄い線が入っている。


「ヒイロくんにもこの線があるからね」


 けどこの線はなんだろう。


「ルーナさんは約束が守れなかったら、害虫はルーナさんの行動を邪魔するとその線が奴隷の腕輪に変わります」


 シスターは、俺が疑問に思っていることを教えてくれた。


「腕輪? 首輪ではないのですか?」


無知はこれだから手がかかって困りますね。という目でシスターは俺を見てくる。


「初めは首に聖約の線がありますけど、期限が近づくに連れて最終的に左手首に移行し、腕輪になるんです」

「えへへ、お揃いみたいだね」


 ルーナは無邪気に答えるが、奴隷の腕輪になるものだから、そんな可愛らしいものじゃないと思う。


 こうして図らずも、俺とルーナは【聖約】が結ばれることになった。


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