第9話ー④ 俺らしく

 ――授業後。


 学園に迎えに来ていた母親の元へはなを送った暁は、学園長室に戻っていた。


 その部屋の中央にあるソファでは、講義レポートに感想を書き込んでいる優香がおり、暁はそんな優香の正面に座る。


 楽しそうにレポートを読みながら感想を書き込む優香を見て、ふと先ほどの講義であった優香の行動を暁は思い返していた。


『――私が宿していた力、それは『蜘蛛』です』


 優香のその機転があったから、はなは変われたのかもしれないな――と自身の能力を打ち明けてから、楽しげにしていたはなの顔が浮かんだ。


「――今日は本当にありがとな優香。優香が講師じゃなかったら、きっとはなは自分の能力を打ち明けられずにいたままだったかもしれない」


 暁はほっとした顔でそう言った。


「ふふ、ありがとうございます。しかし、きっと三谷学園長でも同じ結果になったのではと思いますが」


 優香はバインダーに挟まれた講義のレポートに感想を書き込みながら、笑顔で答えた。


「それは買いかぶりすぎだろ。優香の言う通り、俺は甘々なのかなあ」


 と肩を落とす暁。


「まあそういうところが好きなんじゃないですか? キリヤ君も他の生徒たちも」


 手を止めた優香はそう言って顔を上げ、ニコッと微笑んだ。


「そう言ってくれると、嬉しいな。ありがとう」

「いえいえ。それで、あの子はどうなるんです?」


 優香は感想を書き終えた講義レポートが挟まったバインダーを机に置き、真剣な表情で暁に尋ねた。


「ああ、帰りに少しだけ話したけど、夜明学園に通いたいってさ。今は小学5年だから、中学生になってからがいいってことになったけれど、入学するまでは『ゼンシンノウリョクシャ』の講義だけは顔を出すって」


 暁が笑顔でそう答えると、


「そうですか。よかったです」


 優香は安堵の表情でそう呟いた。


 きっと自分と同じ未来を辿ってほしくないと、優香は感じていたのかもしれないな――と優香を見ながら、暁はそんなことを思った。


「そういえば、優香先生の授業をもっと受けたいからとも言っていたぞ?」

「あらら。それはもったいないお言葉ですね」


 優香はそう言って嬉しそうに笑った。


 生徒たちからの人気もあり、授業もわかりやすい。そして自分の辿った過去から、生徒たちに未来への道筋を示すことができる優香。


 優香みたいな先生のもとで学べる生徒たちの方が、きっと幸せなのかもしれないな――


 そんな考えが頭をよぎり、ふと感傷的になる暁。


「やっぱり、俺が担当している日も優香に任せた方がいいのかなあ」


 暁がぽつりとつぶやくと、


「それはダメです!」


 と優香はぴしゃりとそう言った。


「でも、優香の方が授業進行は上手じゃないか? 今回みたいなこともこれから多くなるだろうし」


 同じ場面に直面しても、自分は優香のように機転を利かせた行動が取れないことを、暁はなんとなく分かっていた。


 だから俺は、『甘々』なんだ、と。


「そうですけれど、それでも三谷学園長にしかできないことだってあるじゃないですか。私は私にできることをしますが、できないことだってあると思うんですよ。だから――三谷学園長は三谷学園長でいてください」


 優香はそう言って暁の顔をまっすぐに見つめる。


 俺は俺でいろ、か。昔、同じことを言われたっけ。それに、俺らしくいることが生徒たちを救う、なんて言われたこともあったな――


 その時のことを懐かしく思いながら、暁は小さく笑った。


「ああ……そうだな!」

「それに。所長が病気で倒れたこともあって、これから研究所もバタつきますからね。もしかしたら、講義に行けない日とかもあるかもしれないですし」

「そうだったな……」


 かつてキリヤから所長が病気をすることを聞いていた暁は、その未来に少しの不安を抱く。


 いや。きっと、この世界は大丈夫だ――と自分に言い聞かせて、笑顔を作った。


「もしそうなったら、俺が頑張るよ。俺だって教師なんだから、教師らしいこともしないとだしな!」

「ええ。頼りにしています」


 それから優香は仕事があるからと言って、研究所へと戻って行った。


 暁は1人になった学園長室の窓から外を眺めていた。


 誰もいないグラウンドを見つめ、S級施設で生徒たちとグラウンドで駆け回っていた時の自分の姿をなんとなく思い出す暁。


 記憶に残っている生徒たちの笑い声が聞こえた気がして、暁は微笑んだ。


「いろいろと不安もあるけどさ。でも――俺らしく、か。そうだよな!」


 確かに生徒との時間は減ってしまったけれど、今までのことがなくなるわけでも、変わってしまうわけでもない――


「これからも俺は俺らしく、俺にしかできないことをしていったらいいんだよな!」


 それから暁は学園長室を後にしたのだった。


 そして職員室で遅くまで体育祭の準備頑張っている教師たちに激励の言葉を伝え、帰宅した。




 ――三谷家にて。


「ただいまぁ」

「暁さん、おかえりなさい!」


 奏多はそう言ってリビングから顔を出し、暁を出迎える。


「わざわざここまで顔を出してくれなくてもいいんだぞ? 奏多だって忙しいんだから」


 暁はそう言いながら、奏多の元まで歩み寄る。


「いえいえ。私がそうしたいからそうしているのですよ。いつも暁さんがそう言っているじゃないですか? 自分のやりたいことをやれ、と」


 そう言って、ニコッと微笑む奏多。


「さすがに、いつもは言ってないよ」


 暁が笑いながらそう言うと、


「言ってなくても体現しているからいいのです!」


 奏多は誇らしげにそう言った。



「はは。なんだよ、それ! でも、ありがとな」


「うふふ。さあさ、早く手を洗って着替えてきてくださいな! 今日は水蓮と一緒にハンバーグを作ったんですから!」


「へえ、水蓮と。それは楽しみだ!!」



 それから暁は部屋着に着替え、家族と共に夕食を楽しんだのだった。



 * * *



 俺らしくあること。それはこれから先も変わらない。環境や立場が変わっても、俺は俺であり続ける。


 それで誰かの未来を明るく照らしていけるのであれば――。


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