第7話ー⑤ 僕(『織姫と彦星』狂司視点)

 帰省して数日。施設関連の人からこちらに連絡があったようですが、何かを察したのか、母はうまくごまかしてくれたようです。何ともありがたい話でした。


「今日は何をしようか……」


 ベッドに寝転がりながら、僕はそんなことを呟きます。


 S級の保護施設を無断で抜け出している僕は、現在絶賛暇人です。つまりニートになったわけですね。


 ドクターたちとの約束を反故にしたようで心は痛いですが、また5月になった時にちゃんと高校には入るので問題ないでしょう。学力には自信がありますので。


 そんなこんな(母にどこへ行くのかと聞かれて、渋りながらもちゃんと最終的には、兄さんへ会いに行くと伝えるやりとりがあった)で僕は、眠ったままの兄さんがいる施設へとやってきました。


 能力者関連施設への立ち入り時に、個人情報を記入しなくてはならないので、ここへ来たことはきっと暁先生たちの元へと伝達されることでしょう。


 母の頑張りもむなしくというわけです。母さん、すみません。


「205号室は――ここですね」


 ネームプレートを見て、兄の部屋と確認すると、僕はその部屋に入りました。特に鍵などはかかっていないので、割と出入り自由らしいです。


 少し前までは政府の極秘実験の対象者だったため、面会には来られなかったそうですが、例の『安藤あんどう征夫ゆきお』の事件が解決してからは、自由になったそうです。暁先生と『グリム』には感謝をしなくてはですね。


 そして僕はベッド近くに椅子に座ります。


「兄さん、久しぶり」


 返答がないことをわかっていながら、僕は眠ったままの兄さんにそう話しかけます。


 ずっと眠ったままの兄さんは、すっかりと痩せこけていて、このまま死んでしまうのではないかと不安にさえ思いました。


 しかし繋がれた複数の管から栄養補給はされているようなので、かろうじて機械に生かされている感じです。


「会うのは何年振りでしょうね」

「……」

「僕、もうすぐ高校3年生なんですよ」

「……」

「大学に進学しようとも考えていてですね!」

「……」

「そして――」


 その先は、どうする……?


 僕の視線はいつの間にか、兄さんの寝顔ではなく、自分の太ももの方に向けていました。


 周りが見てわかるように、僕は俯いているのだと思います。


 今の僕はこれから先のことを考え、迷いが生じているのでしょう。


 本当にこのまま普通に就職をするという決断を出していいのか――いえ。織姫さんとのあのプロジェクトから手を引いていいのかということに。



「ねえ、兄さん。僕、わからなくなってしまって。今まで要領よく、冷静にできていたんですよ」


「……」


「でも、なぜか僕は僕がわからなくなった。要領の良さを考えて、冷静に判断すれば、簡単な答えなのに、その答えを無意識に否定しているんです」


「……」


「それがどうしてなのか、わからなくて……ずっとその感覚でやってこられたことが、出来なくて――」


「……」



 こんなことを兄さんに言ったって、何も答えは返ってこないのに。


 たぶん僕は、昔のように兄さんが助けてくれるのではないかと無意識に思ってしまっているのかもしれません。


 二度と目を覚まさないと言われた兄さんに、そんなことができるはずがないのに。


 僕は自然と両手の拳を握りしめていました。


「それでも頼ってしまうのは、僕が兄さんにしかうまく頼れないからなのかもしれませんね」



 * * *



『狂司。何か困ったら、いつでも兄ちゃんに言うんだぞ? 兄ちゃんは狂司の兄ちゃんなんだから!』


 そう言ってそっと狂司の頭を撫でる兄。


『うん、わかったよ! ありがとう、兄さん!!』


 狂司は笑顔で兄にそう返したのだった。



 * * *



「僕はいつも、兄さんの後ろに着いて歩いていたっけ……それに、僕が寂しがらないようにと思っていたのか、自分のことは後回しでいつも僕のことを見ていてくれましたね」


 まゆお君が兄さんに似ていると思ったのは、面倒見の良さや優しい強さみたいなものがあったから、なんでしょうね。


「――じゃあ、僕はそろそろ帰ります。あまり長居をするのは、良くないと思うので」


 それから僕は兄さんの部屋を出ました。すると、何という偶然でしょう。


「狂司……?」


 深緑のパーカーを着た青年、三谷みたにかける先輩と紺色のスーツを着た男性、ドクターこと桐谷きりたに篤志あつしさんと鉢合わせたのです。


「翔先輩……それに、ドクターも。お久しぶりです」


 そう言って僕は二人に頭を下げます。しかし僕ははっとしました。


 二人と躱した約束を、僕は破っていたことを思い出したからです。


 それから僕は頭を上げ、


「えっと、これは……」


 なんとか誤魔化そうと考えを働かせます。ですが、気が動転しているのか、うまい嘘が思いつきませんでした。


「何か、あったのかい?」


 ドクターはいつもの優しい口調で僕にそう言います。なんだか懐かしいです。


「……」


 しかし、何から話せばいいのかわからず、僕は沈黙してしまいます。


 そんな僕を見たドクターは少し困り顔をしたのち、


「ついてきなさい」


 そう言って歩き出しました。


「はい」


 それから僕は、ドクターと翔先輩に着いていきました。


 そして歩きながら、ドクターはなぜあの場にいたのかを僕に説明してくれました。


 どうやら『ポイズン・アップル』の被害にあった子供たちの様子を見に来たそうです。事件が解決後、ああして定期的に様子を見に来ているんだとか。


 それからドクターは僕に言いました。


「私はこうすることでしか償えないからね」


 そう言うドクターの顔はとても悲しげでした。


 きっと僕の兄さんのことを申し訳ないと思ってくれているのかもしれません。


 僕はそんなドクターに何も返すことができませんでした。


 何を言っても悲しい顔をさせてしまうと思ったからです。


「どこへ向かっているのでしょうね」


 そんなことをぽつりと呟いて、僕は言われるがままドクターたちの後について歩いていくのでした。

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