第4話ー⑧ 夢、叶うまで

 ――全国ツアー初日。


「凛子、来るかな」


 真一はまだ誰もいない観客席を見て、そう呟いた。


「――絶対に、来る」

「しおんがそう言うのなら、そうかもね」


 真一はやれやれと言った顔をしてそう言った。


知立ちりゅうさん、楽屋入りしました!」


 しおんたちにそう知らせるイベントスタッフ。


「……しおん、行ってきなよ」

「真一はいいのか?」

「僕は後でいい。まずは2人で話して来たら?」

「ありがとう……助かる」


 それからしおんは、凛子のいる楽屋へ向かった。


 凛子のいる楽屋の前に着いたしおんは、


「ここ、だな」


 扉を前にそう呟いた。


 しおんがその扉をノックすると、


「どうぞ」


 と中から凛子の声がした。


 そしてしおんはその扉を開け、部屋にいた凛子の方を見る。


「お疲れ様……」

「お疲れ様、です」


 それからしおんは楽屋に入り、その扉をそっと閉めた。


「一人で来たの?」

「ああ」

「そっか」


 小さな声で凛子はそう言った。


 やっぱり元気がない。あの時の明るい声はやっぱり無理をしていたんだな――


 しおんはそう思いながら、凛子を見つめた。


「あ、あのさ――今日はありがとな。大変なのに、来てくれて嬉しいよ」


 しおんがそう言うと、凛子は立ち上がってしおんの正面に立つと、


「私こそ、ありがとう。そしてごめんなさい」


 そう言って頭を下げた。


「な、なんだよ!! なんで頭なんて――」

「私がこのライブに出ることで、もしかしたら『はちみつとジンジャー』に迷惑をかけることになるから……だから先に」


 凛子は頭を下げたまま、しおんにそう言った。


「ならねえよ。なるわけないだろ!」

「しおん君は優しいね。そんな気休め言ってくれるなんて」

「気休めなんかじゃねえ……それと、これ――」

 

 しおんはそう言って凛子にCDを差し出す。


 そして凛子はゆっくりと顔を上げて、

 

「これ、は……?」


 そう言って目を丸くしながらしおんからCDを受け取った。


「できたから、凛子の曲」

「そっか。ありがとう。でも、発表する前にアイドル卒業しちゃうかもしれないからなあ。せっかく作ってもらったのに、残念だな……」


 悲しそうにしおんから渡されたCDを見つめる凛子。


「その曲はお蔵入りにはさせないし、凛子はちゃんと春のドームライブまでアイドルだ!」

「え……?」

「そのために、今日凛子はここに来たんだからさ!」


 そう言って微笑むしおん。そして凛子はそんなしおんを怪訝な顔で見つめたのだった。




 それから紆余曲折あり、無事にリハーサルを終え、『はちみつとジンジャー』の全国ツアーは幕を開けた。


「――サンキュー! んじゃ、ここで少し箸休めだな!!」

「うん」


 しおんは持っていたアコースティックギターをギタースタンドに立てかけて、マイクを手に持った。


「さて、今回のツアーにはなんと、豪華なゲストを呼んでるぜ!」

「今回はしおんがどうしても呼びたくてしょうがなかった人、なんだよね?」


 真一が意地悪な顔をして、しおんにそう言うと、


「そ、そうじゃねえって! 俺じゃなく、社長が呼びたがってたんだよ!!」


 しおんは狼狽えながら、そう言った。


「あー、はいはい。じゃあ、さっそく呼ぼうか!」

「またそうやって――!」


 しおんと真一のやり取りを見ていた観客たちは楽しそうに笑っていた。


「はあ。じゃあいつまでも待たせても悪いからな。――スペシャルゲスト、カモーン!!」


 しおんがそう言うと、凛子は上手かみての舞台袖から静かに登場した。


「おいおい、今をときめく人気アイドルがそんなしょぼくれた顔で出てくんなよな~」


 しおんはからかいながらそう言った。


「しょ、しょぼくれてなんて――」


『ねえ、あれって……』『うっわ、知立ちりゅう凛子じゃん』『よく出てこれたよね』


「あ、あの……」


 観客を見つめ、硬直する凛子。


 そんな凛子の隣に立ったしおんは、凛子の頬を「えいっ」と言ってつつく。


「うわあああああ!? 何するんですか!! 変態ですか!? ええ、そうですよね!?」


 凛子は触られた頬を手で押さえて、飛び退すさった。


「いや……前から思ってたけど、凛子の肌って綺麗だなと思ってさ! さすがは、なんちゃってアイドルだな!!」


 しおんはそう言ってニッと笑った。


「なんちゃっては余計ですよっ! 私はちゃんとアイドルです!!」


 凛子は顔を近づけながらそう言って、頬を膨らませて怒る。


「ははは、さっきまであんなに暗い顔してたやつがアイドル? いやいや、そんなわけないだろ! アイドルって、人を笑顔にするやつのことを言うんだろ?」


 そんなしおんの言葉にはっとする凛子。


「――そう、でしたね」

「おう!」


 しおんがそう言って微笑むと、


「皆さーん、こんばんは! りんりんこと、知立凛子、ここに見参です☆ 今日は楽しんでいきましょー!!」


 凛子は満面の笑みでそう言った。


『……』『……』


 しかし凛子の笑顔とは裏腹に、静まり返る観客席。


「あ、あれぇ。げ、元気が、ないのかな……」


 そう言いながら、俯く凛子。


「ぷっ。あははは! ダダ滑りしてんじゃねえか!! だいたいここにいんのはさ、音楽が好きな人間なんだよ! だからさ、そんな作った言葉なんかじゃなくて、凛子の想いを音楽に乗せようぜ!」


 しおんはそう言って、アコースティックギターを手に取る。


「……わかりました。私の想いを、届けます!」


 凛子はマイクを握り、観客席を見つめた。


 そしてしおんのギターの音が、イントロを奏で始める。


「実は未発表なんですが、『はちみつとジンジャー』の鳴海なるみしおんさんに楽曲提供をしていただきました。聞いてください、『HAPPY TIME』――」


 それから凛子はしおんのギターに声を乗せていく。




  ときめきを感じたあの日に 私が Startしたんだよ


  それは奇跡みたいな現実だった


  うまくいかず 悩み もがき


  時に 深く 沈んでいた


  もうダメだと 諦めていた 君に出会う までは


  HAPPY TIME それは 一瞬のことなんだけど でも


  たくさんの ときめきを 私にくれた 時間


  LUCKY COME 出会えて ほんとによかった ありがと!


  夢を 追える今 幸せな 時間なんだよ




 初舞台で体験した初めて得た感覚、そしてアイドルを始めた頃の苦悩。S級施設での日々――その思いに始まり、それから今の自分がいるという事がその歌詞には込められていた。


 歌い終えた凛子が、ゆっくりと観客席に視線を向けると――


『りんりん、良かったよ!』『もっと歌って!!』


 そう言って嬉しそうに笑う人たちの姿が目に入った。


「あ、ありがとうございました!!」


 凛子はそう言って、深々と頭を下げる。そして、顔を上げるとそのまま言葉を続けた。


「今、世間を騒がしている一連の報道があって、正直このステージに上がっていいのかってすごく悩みました」


 凛子は苦しそうな顔でそう言って、視線を下に向ける。

 

「――でも、鳴海さん……いいえ、しおん君が『出ろ』ってそう言ってくれなかったら、私はここにいなかったかもしれません」


 そう言いながら凛子は顔を上げて、観客席をまっすぐに見つめる。


「だから。こんなに素敵な曲と、この素晴らしい空間を用意してくれたしおん君には、本当に感謝しています!」


 そして凛子はしおんの方を向いて、


「ありがとう!」


 と目に涙を溜めながら、満面の笑みでそう言ったのだった。


「おう」


 しおんはそれだけ凛子に返すと、マイクを持ってステージの前方へ向かった。そして、ゆっくりと口を開く。


「さっき凛子が言った、一連の報道には偽りがあります。凛子はあの日、六本木には言っていません。俺と一緒に、今披露した『HAPPY TIME』を制作していたからです」


 しおんがそう言うと、観客席はざわつき始めた。


「凛子はプロ意識の高い奴です。だからこそ、俺のライバルであり、そして大切な友人の一人です。今の音楽を聴いた皆さんならきっとわかってくれるって俺は思っています! 凛子の想いは、みんなに届いたって俺は思うから」


 しおんがそう言って、微笑むと観客席からは大きな拍手が起こった。


『しおんの言うことを信じるよ!』『りんりんの想い、伝わった!!』『2人共、ビッグになってね!!』


 観客席からはそんな温かい言葉が飛び交ったのだった。


「ありがとうございます! ほら、凛子も!」


 しおんがそう言って、凛子の方を見ると、


「――今日はこの場を貸してくださって、こんな私のことも受け入れてくださって、本当にありがとうございました!!」


 そう言って凛子は笑顔で頭を下げた。そして、


「それじゃ、皆さん! まだまだいけますか――!」


 観客席に向かって凛子がそう叫ぶと、その言葉に応えるように、『おおお!!』と観客席からは大きな歓声が上がった。


「良いですねえ☆ じゃあ、もう一曲いきますよ、しおん君!」


 凛子もミュージシャンのライブってのが、分かってきたみたいだな――!


 しおんはそう思いながら、


「おう!」


 と大きく頷いてそう言った。


 それからステージの袖にはけていた真一を呼び戻すと、しおんと凛子は真一を含めて、当初予定していた曲を披露したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る