アフターストーリー

第1話ー① 決着

 S級施設の解体を知ってから数日後。


 研究所に戻ったキリヤは部屋の整理をしていた。


「うん、こんなもんかな!」


 そう言いながら、部屋を見渡すキリヤ。


「未来から帰って一度も掃除していなかったし、結構汚れていたな……」


 キリヤは手荷物雑巾が真っ黒になっているのを見て、そんなことを呟いていた。


「そういえば、スマホの受信トレイもひどいことになっていたような」


 そして帰ったばかりの時のことをふと思い出す。


 優香からの着信がほとんどだったけど、メールもなかなかだったな――


「はあ、雑巾を片付けたら、今度はそっちを何とかしないとね」


 そう言って、キリヤは雑巾を洗うべく、部屋を出たのだった。




 数分後、部屋に戻ったキリヤは机にあるスマホを手に取る。


「……わあ。562件って」


 メールマガジンなども含まれていたが、『グリム』のメンバーやS級クラスのクラスメイト、最愛の妹マリアからのメールがあることを知る。


「マリア、勉強頑張っているんだな……そろそろ顔を見たいなあ」


 そしてキリヤは卒業してから一度もマリアの顔を見ていないことに気が付く。


「会いたい……そのためには、家に帰らないといけないんだよね」


 俯きながら、そう呟くキリヤ。


 あの人がいる家に、僕は帰れるだろうか――


 そして別世界にいた時のことをふと思い出すキリヤ。


 別世界のキリヤは、朝食時には家族4人で和気あいあいと楽しみ、休日には2人で釣り堀へ行ったり、晩酌をしていた。


 あの世界の僕はあの人……義父とうさんとうまくやっていたんだよな――


「だったら、僕も同じようにできるんじゃないか」


 もし、うまくいかなかったら――?


 キリヤはそう思い、なかなか一歩を踏み出せずにいた。


 もう会うこともないんだし、いっそこのままでもいいんじゃないかとキリヤはそんなことを思う。


 そしてキリヤははっとすると、首を横に振った。


「……今、変わりたいと僕は思った。だったら、今行動しないと!」


 それからキリヤは、マリアに一通のメールを送る。


「――これで、よし。休みが取れるよう、白銀さんに相談しないとな」


 そう言ってほっとした顔をするキリヤ。


 これで僕も一歩を踏み出せたのかな――


 そんなことを思いながら、キリヤは微笑んだ。


「じゃあメールボックスの整理を続けよう――」


 それからキリヤは溜まっていたメールを全て確認していった。そして確認し終え、昔のことを思い返すようにメールを確認していると、ある名前が目に留まる。


「これ、慎太しんたからの初メールだ……」


『キリヤ君。今日はありがとう。楽しかったよ! またバーガー、一緒に食べようね! おやすみなさい』


「……慎太。僕は、償えたかな。罪滅ぼしが、できたかな」


 そんなことを呟いて、キリヤは俯く。


 慎太――破道はどう慎太しんたはかつて、キリヤが『グリム』の任務に出た時に救助をすることができなかった『ポイズン・アップル』の被害者であり、キリヤの友人だった。


 まだ僕はちゃんと、慎太の両親と話せてないな。僕が慎太を……死なせてしまってことを――


 そして、


「うん、慎太の家にいこう。そして謝らなくちゃ。僕があの時、慎太を……」


 そう言って両手の拳を強く握るキリヤ。


 それから数日後。キリヤは休暇をもらい、研究所を出た。


 すべてのことに、決着をつけるために――。




「ごめんね、優香。せっかくの休みに付き合ってもらって」


 キリヤは歩道を歩きながら、優香に申し訳なさそうな顔を向けてそう言った。


「いいよ。だって、慎太君のご両親に挨拶に行くんでしょ? 私もあの事件には関わっていたわけだし、挨拶に行くのは当然だよ」


 そう言って微笑む優香。


「ありがとう、優香。心強いよ」


 キリヤがそう言うと、優香は頬を赤く染めて嬉しそうに笑う。


「さあ、早く行こうキリヤ君! 約束の時間になっちゃうよ」

「あ、うん!」


 それからキリヤと優香は、所長から事前に調べてもらっていた慎太の実家の住所を頼りにその場所を目指した。そして、


「ここ、だね」

「ええ、そうね」


 キリヤたちは『破道はどう』と書かれた表札がかかる家の前に到着する。


 ここ、慎太の両親が――そう思いながら、息を呑むキリヤ。


「大丈夫……?」


 優香が不安そうな顔でキリヤの顔を覗き込む。


「大丈夫! って前の僕なら強がったけど……でも、今は正直怖いって思ってる」


 キリヤは家を見つめながら、そう呟いた。すると、


「え!? ちょっと、優香!?」


 急に繋がれた手に驚くキリヤ。


「これで少しは安心するでしょ」


 そう言って優香は微笑む。


 まったく、もう――そう思いつつ、キリヤはほっとしていた。


「じゃあ、行こうか」

「ええ!」

「その前に、手は放してもらっていい?」

「えぇ……」


 残念そうな顔をして、手を放す優香。


「気を取り直して。行こう!」

「うん!」


 そしてキリヤはインターホンを押す。すると、『はい』と女性の声がした。


「あの……今日、ご挨拶に参りました。桑島と申します」

『……今、そちらに向かいます』


 女性はそれだけ言って、インターホンが切れた。


「なんだか冷たいような……やっぱり僕のことはよく思っていないんじゃ……」


 キリヤが肩を落としてそう言うと、優香はキリヤの顔を覗き込む。


「ネガティブね! そもそもキリヤ君のことを母親に話しているかなんてわからないでしょ? 初対面の人に手厚い歓迎をする方が怪しいから!」

「そうなの……?」

「そうなの!」


 キリヤたちがそんな会話をしているうちに、女性が家の中から顔を出した。


「お待たせしました」


 そう言って申し訳なさそうな顔をする女性。


「いえ! 今回はお忙しい中、ありがとうございます」


 キリヤはそう言って頭を下げて、優香もそれに続いた。


「いえいえ。それはこちらのお言葉です。それではここではなんですので、中へどうぞ」


 女性は微笑みながらそう言った。


「お邪魔します」


 そう言ってキリヤは慎太の実家に足を踏み入れたのだった。

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