第29話ー⑤ 風は吹いている


 ――真一の住むアパートにて。


 真一はいつものように音楽を聴きながら、一人で叔父の帰りを待っていた。


 ふと時計に目をやると、日付が変わる寸前だという事に気が付く。


 いつもならもう家にいる時間なのに。もしかしてバイト先で何かあったのかな――?


 真一はいつもより帰りが遅い叔父に、少々疑問を抱いていた。


 そしてつけていたイヤホンを耳から外すと、窓に何か打ち付けるような音が聞こえた。気になった真一は窓の外を見てみると、外ではかなり強い雨が降っていることを知る。


「叔父さん、大丈夫かな。こんな雨の中だと、バイクは大変だよね……」


 そして真一は高確率で濡れて帰ってくると予想される叔父のために、風呂を沸かして待つことにした。


 それから数分後、玄関の方から扉をノックする音が聞こえる真一。


「はい」


 真一は返事をしてからその扉を開けると、そこには深刻な表情で立つ警察官の姿があった。


「風谷さんのお子さんですか?」

「一応そうですけど……。あの、何か?」

「実は――」


 真一はその警察官から叔父がバイクで事故にあったことを聞かされた。そして叔父は意識不明の重体で、今の医療技術ではもうどうすることもできない状態ということも。


 まさかそんなこと……何かの冗談だよね――?


 警察官の話を聞き終えた真一はしばらくの間、呆然とその場に立ち尽くした。それから警察官はまた一言二言、真一に何かを伝えていたが、当の真一は呆然としたままでその内容は全く入っていなかった。


 そして真一はその警察官に連れられて叔父が運ばれた病院へと向かったのだった。




 ――救急病院にて。


「こちらです」


 警察官にそう言われて、ICUルームの前に案内される真一。それからその部屋に入り、ICUのベッドで横たわる叔父の姿を見る。そしてそこで横たわる叔父は身体中が傷だらけで、息もほとんど聞こえない状態だった。


「そんな……なんでこんなことに」


 その後、もう蘇生の見込みがない叔父は、患者の最期を看取るための個室に移されることになった。それからしばらくして、警察から連絡を受けた親戚たちが何人か病院へやってきた。


『ミュージシャンなんてつまらないものを目指すからよ。ざまあないわね』

『すねかじりが一人減ったんだ。よかったな』


 やってきた親戚たちは誰も叔父に悲しみの言葉を掛けることはなく、代わりにそんな蔑みや喜びの感情がこもった言葉を掛けていた。


 ――僕はこの時、親戚たちの心の汚さを知る。


 叔父さんの命は今ここで終えようとしているのに、なぜこいつらはそんな言葉しか掛けられないのか。こんな汚い人間に頼って生きるくらいなら、一人で生きていく方がいい――と親戚たちの言葉を聞いた真一はそう思ったのだった。


 それから葬儀の打ち合わせがあると言って、親戚たちは真一の前から姿を消した。そして真一は横たわる叔父を見つめつつ、先ほどまでの一部始終を思い出していた。



 命が尽きようとしている人間を前に、誰も悲しみの表情をすることはなく、ただ淡々と時間を過ごしているだけだった病室。その異様な空間に、真一は様々な感情が渦巻いていた。


 あいつらは僕が死んだときも同じように悲しむどころか、蔑みや喜びの言葉をかけるだろう。少しでも血を分けていたとしても、こんな奴らを絶対に信じちゃいけない――。



 それから両手の拳を握る真一。


「許さない……。そうやってずっと僕の両親のことも」


 そんなことを呟きながら、真一は先ほどまでその場にいた親戚たちに強い憎悪を抱いたのだった。




 それから叔父の葬儀を終えた真一は親戚たちの家にはいかず、養護施設に入った。


「あんな奴らの力なんて、絶対に頼るもんか。僕は僕の力だけでも生きていけることを証明してやる」


 そして叔父の一件から親戚たちへの強い憎悪を抱くようになった真一は、今まで以上に誰かを信じることをしなくなり、養護施設でも誰かに頼ることもなく一人で過ごしていた。


 そんな真一を見ていた養護施設の教員は真一が孤立しないようにといろんな策を打ち出したが、真一はその全てを跳ねのけた。


 僕は家族も仲間も友達もいらない。他人を信じるなんて、そんな馬鹿なことも絶対にしない――


 そう思いながら、真一は養護施設で孤独に過ごした。


 そして養護施設に入ってから数年後。真一は『白雪姫症候群スノーホワイト・シンドローム』の能力が覚醒して、S級クラスの保護施設に入ることになった。


 S級クラスの保護施設に移っても、真一は『一人で生きていく』と決めたことを曲げず過ごしていた。それからS級クラスのクラスメイトたちの境遇を知ってもなお、真一は自身の考えを曲げることはなかった。


 きっとこれからも僕の考えは変わらない。だって……僕の心を変えられる人間なんているはずはないから――

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