第76話ー① 結び

 職員室にて――


『じゃあこのあたりのことは暁君に任せてしまっても大丈夫かい?』

「はい!」


 暁はモニターに映る所長と新設予定の学校についてのミーティングを行っていた。


『――そういえば』

「どうしたんですか? もしかして何か書類の不備でも見つかったとか……」

『あ、いや。そうじゃない! クラス制度を撤廃するという事は、君もSS級じゃなくなるってことだろう? そうしたら、自由に外の世界にいけるなあと思って』

「確かに……」


 今まで研究所かこの施設でしか過ごしてこなかった暁は、もしも本当にそうなったら――とそんな未来を想像した。


 兄妹たちに会ったり、学生時代の友人と酒を飲みかわしたり、あとは――


「もっと奏多に会えるようになるのかもしれないな……」

『ははは。君もそろそろそういうお年頃ってことだね!』


 笑いながら楽しそうにそう言う所長。


「口に出していましたか!? す、すみません!」


 そう言っておろおろする暁。


 無意識とはいえ、ちょっと恥ずかしいな――


『ははは! 謝る必要なんてないだろう。ゆくゆくは、君だって……ね?』

「あははは……そうだったらいいですけどね。でも、今は目の前のことに集中しないと! 俺のことはその後です!!」

『まったく、暁君は真面目だなあ』


 所長はやれやれと言った顔でそう言った。


「そんなことは――!」

『おっと、そろそろ会議みたいだ! じゃあ、続きはまた今度だね』


 暁の言葉を遮るようにそう言った所長は、少し申し訳なさそうな顔をしていた。


「あ、はい! 今日もお忙しい中、ありがとうございます!」

『いいんだよ! 君の夢の手伝いができるんだから、嬉しい限りさ! あ、それと』

「はい?」

『自分のことを後回しに、なんて思わなくてもいいんじゃないか? 君は君のしたいときにしたいことをしたらいい。後悔のないようにね』


 そう言って所長はニコッと微笑み、画面は暗くなった。


「自分のことを後回しにしなくてもいい、か……」


 そして頬杖を突く暁。


 奏多はどう思っているんだろうな。前に弦太から、奏多が家を出るつもりってことは聞いているけどさ――


 暁はそう思いながら、ふと奏多の顔を思い浮かべた。


「確かまだ海外コンサートの最中だよな……そういえば、初めて奏多の演奏会をした日の夜に約束したっけ」


『大きなホールで超満員の中、先生に今以上の幸せな音色を届けます。今度は私の後ろではなく、正面で――!』


「本当にその約束を実現できるかもしれないな」


 そう思って微笑む暁。


「所長はああ言ってくれたけど、でも今はまだだ。俺は俺にできることをして、それの片が付いたら――」


 そして暁はPCに目を向けて、報告書の作成を始めたのだった。




 数日後――


 奏多から帰国したという連絡を受け取る暁。


「帰ってからまだ少しやることがあるので、すぐ会いに行けません、か……まあでもこうして連絡をくれるだけでもありがたいな」


 それから暁は奏多のメッセージに答える。


『忙しいとこ、連絡ありがとな! でも無理しなくてもいいぞ。またいつでも会える時に会おう。またその時にコンサートの話を聞かせてくれよ!』


「よしっと……」


 そして暁はスマホを机に置き、先日話したお礼のことを思い出す。


「東京に行こうって話だったよな……ただ行くだけじゃ、いつものデートと変わりないしな……」


 そう言って頭を悩ます暁。


「――そうだ! 何か贈り物をしよう。何か、特別なものを! そうと決まれば!!」


 それから暁は奏多への贈り物を探すため、PCやスマホで女性に人気の商品を探し始めたのだった。


 ――数時間後。


「ダメだ、全然わからない……」


 あれもこれもとは思う暁だったが、そもそも日本のトップ企業のご令嬢である奏多がほしいと思ったものを手に入れられないはずもないだろうとそう思ってしまい、なかなか贈り物を決めきれずにいた。


「こういう時は本人に聞いた方がいいのか? でもせっかくなら、サプライズにしたいしな……うーん」


 そして暁はある方法を思いつく。


「弦太に聞いてもらおう。そうしたら、確実だ!!」


 こんな画期的な方法があったなんてな――! そう思いながら、ニヤニヤと笑う暁。しかし――


「しまった、そういえば俺は弦太の連絡先を知らない……」


 そう言って両手を机につけながら、肩を落とす。


「振り出しか……俺よりも奏多のことを知っている人物って他に――あ、そうか! 織姫だ! 織姫なら、わかるかもしれない!!」


 それから暁は織姫の元へと向かおうと立ち上がるが、織姫がきっと自室にいるだろうと気が付く。


「仕方ない、夕食の時に聞こう」


 それから暁は残った仕事を片付け始めたのだった。

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