第73話ー② デビュー前の

 デビューライブの話から1か月後――


 しおんと真一は住んでいる寮から事務所まで歩いて向かっていた。


「あれからいろいろと考えてSNSで宣伝したり、新曲動画を上げてみたけどさ」

「うん。今、どうなっているんだろうね」


 しおんと真一はデビューライブの話を聞いてからすぐに話し合い、その時に決めたことを実行してきた。


 その成果があったかどうかはわからなかったが、SNSや動画へのコメントはほんの少しだけ増えたような気がするとしおんは思っていたのだった。


「社長が今日、その現状を教えてくれるんだったよな」

「そう。どれくらいチケットが売れているんだろう……」


 不安気にそう告げる真一。


「あれだけいろいろやってみたんだし、せめて30枚くらいは売れていてほしいよな」

「そう、だね」


 そして事務所に到着すると、そのまま会議室へ向かい社長の到着を待つしおんと真一。


 それから数分後――。


「ごめんね、打ち合わせで遅くなって!」


 社長はそう言って会議室にやってきた。


「「「お疲れ様です!」」

「おお、相変わらず息ぴったりだ! じゃあさっそく本題だね!」


 笑顔でそう告げる社長。


 しおんは神妙な面持ちで「はい」と言った。


「それじゃあ、しおん君。この1か月の君たちの活動を教えてくれるかな?」

「あ、はい! SNSでの宣伝と動画の投稿をしていました」

「ほう。それで、反応はどうだったかな」


 笑顔を崩さずにそう告げる社長。


「特に大きな変化はなかったです。でも少しずつ数字は伸びきています!」

「そうか――じゃあ真一君。今、君たちのチケットはどのくらい売れているかわかるかい?」

「どれくらいか、ですか? うーん……」


 そう言って考え込む真一。


「君が思う数字を言ってくれればいいよ」

「30枚、くらいでしょうか」


 真一は自信がなさそうにそう答えた。


「まあ期間が半年あるのなら、1か月はそれくらいはほしいものだよね。うんうん」

「えっと、社長?」


 しおんが首をかしげながらそう言うと、


「ああ、悪い悪い! じゃあ、結果発表!! じゃあああん!」


 社長はそう言いながら、1か月前の時のようにしおんと真一へタブレットの画面を見せた。


 そしてしおんと真一はそこに表示されている数字が『0』だという事を知る。


 何かの間違い、だよな……『0』って、1枚も売れてないってことだろ――?


 しおんはそう思いながら、呆然とタブレットの画面を見つめる。


「これが君たちの現状だよ。まあやっていることが無駄だとは思わないが、このままではきっといつまで経っても君たちは『ASTERアスター』に追いつくどころが、CDデビューすら叶わないだろう。そして『0』のままなら、当然ライブも中止だ」


 社長は今までにない真剣な顔で、しおんと真一にそう告げた。


「そん、な……」

「でも俺たち、何もしてこなかったわけじゃないんですよ! それなのに……なんで、こんな」

「でもこれが現実だ。さあ……この結果を見て、君たちはこれからどう動く?」


 社長はそう言って、少しだけ口角を上げた。


 その口ぶりから、まだ社長は自分たちのことを見捨てたわけではないことを察するしおん。


 これからどう動く、か――そう思いながら、しおんは視線をゆっくりと真一の方へ向ける。すると、真一も何かを考えているようなしぐさをしていた。


「じゃあ私はまた打ち合わせがあるから、また」


 そう言って社長は会議室を出て行った。


「なあ真一、俺たちこのままじゃ――」

「僕は、このまま何もできずに終わりたくはない!!」


 真一はそう言って、しおんの顔をまっすぐに見つめた。


 やっぱり真一もまだ諦めてなかったんだな。俺と同じで――!


 そう思い、しおんは満面の笑みをする。


「そうだな! 俺たちが今できることをやろう! まだやれることはあるはずだからな!」

「うん!」


 そしてそれからの数か月間、しおんと真一は路上ライブやチラシ配り、そしてライブバーなどで演奏を行なっていったのだった。




 ――デビューライブ当日。


「チケットのこと、最初の1か月だけは教えてくれたけどさ。結局、その後は聞いても教えてくれなかったよね」


 真一は控室の椅子に座りながら、不安な顔でしおんにそう言った。


「だな……もしかして、売れなかったのかな」


 ため息交じりにそう言うしおん。


「でもSNSでは『ライブ楽しみです』ってコメントをチラチラ見たよ」

「半分も売れてなかったりしてな――」

「そんな怖いこと言うなよ!」

「だって、実際はわからないだろ」


 そう、最初の1か月目に聞いた時は『0』だった。これまでにやれることはやったつもりだけど、実際はどうなったなんて――


 しおんは俯いたまま、そんなことを思っていた。



「でも最近ライブバーで演奏した時は、ほとんどが僕たち目当てのお客さんばかりだったでしょ? だからきっと半分くらいは売れているはずだよ……」


「そうだといいけどな。――ああ、もうこんなこと考えるのやめようぜ! だって今日は俺たちのデビューライブなんだ! もう何人が来たとか、何人足らなかったとかいいんだよ! 俺たちは音楽を楽しもうぜ!! な?」


「ふふ。そうだね。たとえ観に来ている人が1人だったとしても、その1人のために僕たちの音を届けよう」


「おう!!」



 それからライブスタッフがしおんたちの控室を訪れた。


「じゃあそろそろ開演です! スタンバイお願いします!」

「はい!」「わかりました」

「じゃあ思いっきり楽しもうぜ? 初めてのワンマンライブ!」


 しおんはそう言って真一に微笑んだ。


「うん!」


 そして真一も笑顔で返し、2人は舞台裏に移動する。


「すごく静かだね。やっぱりお客さん、いないんじゃ――」

「さっき気にするなって言ったのはしおんだろ? そういうのはもういいんだって。僕たちは音楽を楽しめば」

「あはは、そうだったな」


 そして舞台袖につき、2人は顔を見合わせる。


「じゃあ、時間です! 開園します!!」


 スタッフにそう言われた2人はステージに向かって歩き出した。


 すると――


「わあああ!」「きゃあああ!!」


 突然聞こえた大きな歓声に、しおんと真一は目を丸くする。それから2人はステージから客席をゆっくりと見渡した。


「これって――」

「やったな、真一! 満席だ!!」


 そう言って、2人はお互いの顔を見合わせて頷く。


「今日は俺たちのライブに来てくれてありがとう! 最高に盛り上げていくぜ!!」

「じゃあ最初の曲は、僕たちが初めて作った歌。『風音のプレリュード』!」


 それから2人は大歓声の中、演奏を始めたのだった――




 ――そして現在。


「あの頃が懐かしいな」

「そうだね。あれからとんとん拍子にCDの制作が決まって、収録もしてさ」

「来月、ようやくCDデビューするんだよな」


 そう言いながら、しおんと真一は感慨深い表情をしていた。


「良い番組になるといいね!」

「まあでも、凛子だぞ? 何かサプライズを仕掛けてきそうだな」

「あはは! しおんはアドリブが苦手だしね。まあそれが面白いんだろうけどさ」


 そう言って楽しそうに笑う真一。


「そういう時は、面白がってないで助けろよ!!」

「うーん。どうしようかな」

「悩むなって!!」

「あはは! でも、楽しみだね。CDデビューもそうだけど、また凛子と一緒に番組をできるのがさ」


 真一が笑顔でそう言うと、


「ま、まあ。それは、そうだな」


 恥ずかしそうにしおんはそう言った。


「凛子に会えなくて、しおんはずっと寂しそうだったもんね」


 真一はそう言ってニヤニヤと笑う。


「はあ? 寂しくなんかねえよ! むしろ、せいせいしてたし!!」

「あー、はいはい」

「おいっ!」

「じゃあ、僕はこれからボイトレがあるからまた寮でね!」


 そう言って真一は事務所から出て行った。


「からかいやがって――でも、まあ……ほんの少しくらいは、楽しみかもしれないな」


 それからしおんはバイト先のライブバーに向かったのだった。

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