第73話ー① デビュー前の

 暁が施設に戻ってから数日後のこと—―


 凛子はいつものようにリモート収録のため、自室に籠っていた。


「それでは皆さん! また来週~☆」


 そう言いながら、笑顔で手を振る凛子。


『カーット! 凛子ちゃん、お疲れ様。今日も良かったよ! ありがとね!!』


 画面越しで凛子にそう告げる番組プロデューサー。


「恐縮です。こちらこそ、いつも呼んでいただきありがとうございます」

『こっちこそだよ! あ、そういえば――今度、また凛子ちゃんの企画をやりたいんだけどさ! 何か良い案はあるかい?』

「え? 良い案ですか……」


 そう言いながら凛子は少々考え込んだ。


『ああ、すぐじゃなくてもいいよ! また来週の収録後に教えてくれればいいからさ!』

「わかりました! それまでには」

『うん! じゃあ、今日はお疲れちゃん! またよろしくね!』

「はい、お疲れ様でした!!」


 そう言って深々と頭を下げる凛子。


 それから顔を上げた凛子は真っ暗になったPCの画面を見つめ、先ほど言われたことについて考えていた。


「私の企画、か……前は確か、しおん君たちの突撃取材でしたよね」


 しおん君たち元気にやっているかな。全然、活動の話を聞かないけど……もしかしてデビューできずに終わっていたり――!?


「いやいや! そんな悪いこと考えちゃダメでしょ!! でも、気になる……」


 そしてはっとする凛子。


「そうか! 気になるんなら、あぶりだせばいいじゃない!!」


 それから凛子はノートを取り出し、何かを書き始めるのだった。




 1週間後――。


『凛子ちゃん、お疲れ様! 今日もよかったよ!! それで先週のことだけど……』

「はい! そのことなんですが――」


 そして凛子はノートを取り出すと、そこに綴っていた自身の企画をプロデューサーに伝えた。


『――いいね、それ! 面白そう!!』

「ありがとうございます!」

『じゃあ先方へのオファーはこっちでやっておくから』

「よろしくお願いしますね!!」

『うん! ありがとう!! じゃあ、お疲れちゃーん!』


 そして画面が暗くなるPC。


「ふふふ。面白くなってきたじゃない」


 そう呟き、凛子は満面の笑みをしていたのだった。



 * * *



 都内の芸能事務所――


「ああ、しおん君、真一君!」


 呼び止められたしおんたちはその声の主の方に振り向くと、


「社長、お疲れ様です」

「お疲れ様です」


 そう言って頭を下げた。


「ちょうどいいタイミングだね! 今、とある番組のプロデューサーから電話があって、君たちの密着取材をしたいってオファーが来たよ! 良かったね、デビュー前の良い宣伝になりそうだ!」


 社長は嬉しそうにしおんたちにそう告げた。


「……待って、しおん。この展開、前にもあったよ」

「ああ、俺も同じことを思った」


 真一としおんは喜ぶ社長を見ながら、そんなことを呟く。


「『人気アイドルの友人の今!』っていう企画で、企画の発起人は人気アイドルの知立凛子ちゃんらしい! 実は私は昔から凛子ちゃんのファンでね!! そういえば……彼女は君たちと同じ施設にいたんだろう? いやあ、すごい偶然だ! 本当に素晴らしい!!」


 このテンションの高さ……社長は本当に凛子のファンなんだな――


 そんなことを思いながら、しおんはじっと社長を見つめた。


「それでね、放送日は来月末になるから1、2週間後くらいには収録するって!」

「はい、わかりました」

「じゃあそう言う事だから、よろしく!」


 そう言って社長は事務所を出て行った。


「凛子のやつ、またやってくれたな……」


 ため息交じりにそう言うしおん。


「まあでも、デビュー前にまたメディアで宣伝できるのはいいことでしょ? やっと掴んだデビューなんだから」

「そうだな。所属してからというもの、試練の連続だったよな……」

「そうだね……」


 そう言って遠い目をするしおんと真一。そして2人は、所属したばかりの頃を思い出していた。




 数か月前。事務所、会議室にて――。


 しおんと真一は社長と向かい合うように座って、今後のことを話し合っていた。


「じゃあ君たちには今日から頑張ってもらうわけだが――」

「いつCDは出せますか! ライブは!!?」


 しおんが目をキラキラと輝かせてそう言うと、


「まあ、待ちなさい。いいかい、CDデビューまでの道のりは遠く、そして困難なものだ」


 社長は腕を組み、諭すようにしおんにそう言った。


「は、はあ……」


 そうだよな、所属がゴールじゃないもんな――


 しおんはそう思いながら、腕を組んで静かに頷く社長の顔を見つめる。


「……君たちにとあるミッションを与えよう!」

「ミッション、ですか?」

「そうだ! これを見たまえ!」


 そう言って社長はしおんたちにタブレットを見せる。


 そこに映し出されていたのは、小さなマスに数字が振ってある何かの会場のような画像だった。


 映画館の席割りみたいにも見えるけど――


「あの。これ、は……?」


 しおんが首をかしげながらそう言うと、


「これは君たちのデビューライブをする会場だ! なんと、キャパは200人!!」


 社長は笑顔でそう言った。


「200人、ですか」


 その数が多いのか少ないのか――しおんはそれがよくわからずに、呆然と社長の話の続きを聞いていた。


「――前売りチケットのページはすでに開設済みだ! この前売りチケットを全て売り切り、そしてこのライブを成功させた暁にはCDデビューを認めよう! それができなければ、君たちはそこで終わりだ。いいね?」

「は、はい……」


 出来なければ、そこで終わり――。


 社長の言葉に息を飲むしおん。


「ライブは9月。あと半年あるが、たったの半年だ。じゃあ、気張って行こう!」


 そして社長は部屋を出て行った。


「だってさ。でも俺たちなら半年もあれば――」


 しおんがそう言いながら真一の方を向くと、真一は黙って俯いていた。


「真一、どうした?」


 心配したしおんはそう言いながら、真一の顔を覗き込む。


「しおん、これは相当難しいよ」

「え……?」


 真一の言葉にしおんは首をかしげた。


 そして真一は顔を上げて、


「だって、無名の僕たちが200人の観客を集めるってことでしょ?」


 しおんの顔を見ながらそう言った。


 そしてしおんは自分たちの動画チャンネルやSNSのことをふと思い出し、


「まあ、大丈夫だろ! たぶん!! SNSや動画の反応だって悪くないんだからさ!」


 そう言って微笑んだ。


 そんなしおんを見て、ため息を吐く真一。



「……いい? 動画やSNSは誰でも手軽に楽しめるコンテンツでしょ。だからお金も時間もかからない」


「あ、ああ」


「でもライブとなるとお金はかかるし、移動にだって時間を使う。だから本気でお金も時間もかけて、ライブを観たいって思われなくちゃダメなんだ」


「お、おう」


「人の心を動かすことが難しいことはわかっているよね、しおん」


「まあ、一応は……つまり?」



 真一はしおんに詰め寄り、


「今までみたいに何もしなければ、僕たちの道は閉ざされるってことだよ!」


 真剣な顔でそう告げた。


「はあああ? ど、どうすんだよ!!」

「それをこれから考えるんでしょ!!」


 こんなところで終わるのは、俺も嫌だ――!


 そしてしおんはポケットからスマホを取り出す。


「じゃあ、こんな時はあやめに――」

「しおんは、そのすぐあやめに頼る癖はやめなよ!」


 真一はそう言ってしおんの手を掴む。


「ええ……じゃあどうすれば」

「「うーん」」


 それから頭を悩ませるしおんと真一だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る