第69話ー⑤ 捕らわれの獣たち 前編

 龍海と黒服の男はエレベーターに乗り、12階にやってきた。


「どういうつもりだ! 私だけ、優香たちと別室なんて――」


 龍海は目の前にいる黒服の男を睨みながらそう告げる。


「あなたのお帰りをお待ちの方がいるという事です。さあこちらへ」


 龍海がそう言われて入った部屋には、一人の男がいた。


「おかえり、龍海。僕の可愛い愛娘」

「お前は……」

「おやおや。飼い主のことを忘れてしまったのかい?」


 ニヤリと笑いながら龍海にそういう男。


「忘れはしないさ。隼人はやと……よくも私を騙してくれたな」

「騙すなんて人聞きの悪い! でも、湖畔の時は悪かったね。まさか研究所の連中に捕まるなんてさ」


 そう言って鼻で笑う隼人。


「捕まったんじゃない、優香たちに助けてもらったのだ! それに命の恩人である魔女様にならともかく……もう私はお前に従う義理はないぞ!」


 龍海の言葉を聞いた隼人は深い溜息を吐くと、


「……そうか。あいつらに余計なことを吹き込まれたようだな、龍海。まったく野良犬は、躾からちゃんとしてやらないといけないな。ああ。野良犬じゃなくて、野良ドラゴンか――?」


 そう言いながら龍海に歩み寄る。そして隼人は龍海の前で立ち止まると、龍海の首をゆっくりと掴み、その首を強く握る。


「お前、な、にを――」

「龍化しなければ、お前はただの非力な少女だよなあ、龍海ぃ?」


 狂気じみた視線を龍海に注ぎながら、ゆっくりと静かにそう告げる隼人。


「お前には選択肢が2つある。ここで死ぬか、それとも僕に従うか。そのどっちかだ。さあ、どうする?」

「あ、わた、しは――」


 龍海はそう言いながら、隼人を睨んだままだった。


「そうか、そうか。お前はここで死にたいのか」


 そう言って龍海の首を絞めている手の力をさらに強める隼人。


「ああゔぅぅ……」

「隼人様、それはやりすぎかと」


 黒服の男は静かにそう告げる。


「何? もしかして、僕に逆らう気?? お前も恵里菜にしか従えないとかいうわけ??」


 隼人は龍海の首を強く握りしめたまま、黒服の男に顔を向ける。


「そういうわけでは……ただ、ここでその少女を殺めてしまえば、『グリム』の連中に弱みを握られかねません」

「弱み……?」


 そう言って黒服の男の方へ顔を向ける隼人。


「ええ。その少女がどれほど我々のことを話したのかわかりかねます。もしあなたのことを既に知り得ているのだとしたら、我々に不利な状況が生まれるかもしれません」


 隼人は苦しそうな龍海の顔を見ながら、「ふーん」と呟く。


「少女殺害を公表され、そして総理の座から降ろされてしまえば、あなたの計画に支障が出るのではないですか?」


 黒服の言葉を聞き、少し下を向いて考える隼人。そして、


「それもそうだな……はあ。捕まる前に龍海を回収すべきだったよ。まったく、ほたるはそういうところの機転が利かなくて困るね」


 そう言って龍海を握っていた手を放す隼人。


「げっほ、げっほ――」


 龍海は息苦しそうにせき込み、そして深呼吸をした。


「よかったね、龍海。君は命拾いをした。でも――」


 隼人は龍海の顔面をじっと見つめて微笑むと、


「僕に従えないというのなら、君に自由はない」


 冷酷にそう告げた。


「連れていけ。こいつは特別ルームに監禁だ」

「はい……」


 そして黒服の男は龍海を抱き上げて、部屋の外へ出て行った。


「すまないね。でも仕方がないんだ。もう、恵里菜様はいないんだから――」


 そう呟き、黒服の男は龍海を特別ルームへ運んでいった。

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