第62話ー⑤ しおんの帰省
翌日。しおんはあやめと共に、あやめの所属している芸能事務所へと向かった。
しおんたちは何回か電車を乗り換え、2時間半もかけて事務所のある渋谷駅に到着した。
「じゃあ案内するね」
そう言うあやめの後ろをついて歩くしおん。
「ここが渋谷か……すげえ」
「そんなに上を向いて歩いたら、田舎者だってばれちゃうよ」
そう言ってクスクス笑うあやめ。
「え!? だってよお!!」
「これから頻繁に通うようになる場所なんだから、そんなにまじまじ見ない方がいいよ? 少しずつここを知っていったらいいんだからさ」
そう言って颯爽と歩くあやめ。
「そう、だな。なんだかそう言えるあやめってかっこいいな。東京に染まっているっていうか……都会人っぽい!」
しおんが少し興奮気味にそう言うと、
「何それ!! 兄さんもそのうち同じこと言うようになるから! ……いや、もっとドヤりそうだな」
あやめはそう言って顎に手を当てて、真剣な表情した。
「それ、ちょっと馬鹿にしてるだろ!」
「そんなことないよ! ハハハ」
そう言ってさっさと歩いて行ってしまうあやめ。
「って、おい!」
しおんはそう言ってあやめを追いかける。そして、
「あ、事務所ついたよ」
あやめはそう言ってビルの前で立ち止まった。
「え……もしかして、ここか……?」
「え? うん!」
「なんだか思っていたのと違う」
ドラマでよく観る大きなビルを想像していたしおんは、目の前にあるオンボロビルを前に驚愕していた。
「1階は喫茶店になっていて、2階が事務所。3階がレッスンスタジオだよ!」
「なあ、もしかして『
しおんはそう言ってあやめの方を見ると、
「失礼な!! アルバムのランキング見たでしょ?」
あやめは少しむっとしながらそう言った。
「あ、ああ……でも――」
「そのうち移転するんだよ。今はちょっとバタバタして余裕がないだけ!! 事務員さんが2人とマネージャーが1人。あとは社長と僕たち『ASTER』だけの個人事務所だからね!」
自信満々にそう言うあやめ。
「へ、へえ。そっか……」
世界を目指すとか言ったけど、大丈夫かな――
そんなことを思いながら、切ない表情でしおんは目の前にあるオンボロビルを見つめた。
「ちょっと不安になってない!?」
「そ、そんなことないさ! ささ、行こうぜ!」
そしてしおんとあやめは2階の事務所に向かった。
――事務所内。
「おはようございます」
「失礼しまーす」
あやめに続いてしおんも中に入った。
「あやめくん! おはよう。えっと、そっちの子は……?」
しおんを見ながら、首をかしげる女性。
「あ! 僕の兄さんで『はちみつとジンジャー』のギターをやっている鳴海しおんです!」
「はじめまして、鳴海しおんです」
しおんはそう言って頭を下げた。
「それでこちらのお姉さんは、事務員の鈴木さん! いつも笑顔で迎えてくれる優しいお姉さんです!」
「あら、あやめ君! 嬉しいことを言ってくれるわね! うふふ。よろしくね、しおん君」
鈴木はそう言って微笑んだ。
本当に優しそうな人だな――と思いながら、笑顔の鈴木を見つめるしおん。
「そういえば鈴木さん、今日のことって社長から聞いていますか?」
「ええ、もちろん。社長とのアポイントよね? 応接室が空いているから、そこで待っていて」
「はい! じゃあ行こう、兄さん!」
「あ、ああ」
しおんは大人と普通に会話をしているあやめを見て、以前のあやめよりずっと大きく成長しているんだなと思って驚いていた。
――応接室にて。
しおんはあやめと共に社長が来るのを待っていた。
「俺だけでよかったのかな……やっぱり真一もいたほうが」
「でも外出許可が出なかったんでしょ? それじゃ、仕方ないよ。それに4月になったら、真一さんもここへ来れるわけだし! 大丈夫だよ」
「けどさあ……」
そう言いながらそわそわするしおん。
「もしかして一人じゃ怖い、とか?」
「ち、ちがっ――」
「まあ、真一さんって頼りになりそうだもんね!」
その言葉にむっとするしおん。
「悪かったな! 頼りにならなさそうな兄貴で!!」
「それが兄さんの良いところだからいいの」
あやめは楽しそうにそう言った。
「それ、褒めてんのか……?」
「褒めてる褒めてる!」
しおんたちが楽しく話していると、扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
「入るよー」
そう言ってスーツを着た40代くらいの男性が部屋に入ってきた。
「お疲れ様です、社長!」
あやめはそう言って立ち上がり、頭を下げる。
この人が、社長。俺たちをこの事務所に呼んでくれた人――
そしてしおんも立ち上がると、
「初めまして、鳴海しおんです! この度はお誘いいただきありがとうました!!」
そう言って深々と頭を下げた。
「いやいや。こちらこそありがとう。君たち『はちみつとジンジャー』がうちに来てくれて嬉しいよ! 君たちはこれから大きくなる。私はその可能性を感じたから、君たちを呼んだんだ」
そう言って優しく微笑む社長。
「ありがとうございます! 本当に、本当にありがとうございます!」
「4月からよろしく頼むよ? じゃあ今後の話をしようか」
「はい!!」
それからしおんたちは所属に向けての話を始めたのだった――。
1時間後――。
「こんな流れだけど、大丈夫かい?」
「はい! 住むところまで用意していただけるなんて。本当にありがたいです」
「真一君の話は聞いていたからね。きっと住むところが困るだろうと思って。『ASTER』の何人かと共同生活になるけど、そこは問題ないかな?」
社長のその問いにしおんは少し考えて、
「……大丈夫だと思います!」
と笑顔で答えた。
俺はきっと問題ないけど、真一はどう思うかな。あいつ、あまり他人を受け入れないところがあるし……まあ、俺も一緒にいるから大丈夫だ! きっと!!
しおんはそう思いながら、一人静かに頷いた。
「あ、もう時間が……僕、そろそろ行きますね」
あやめはそう言って立ち上がる。
「ああ。……あっ、そうだ! しおん君、まだ時間はあるかい?」
「え?」
「『ASTER』の仕事ぶりを近くで見てみたらいい。きっと参考になるから」
社長はそう言って微笑む。
『ASTER』の仕事ぶり――?
「あの、それって……」
「あやめ君、今日の野外イベントにしおん君も連れて行ってあげなさい。先輩として、いろいろと教えてあげてくれ」
「わかりました! じゃあ、行こうか兄さん!!」
「あ、はい!」
イベントって……俺、本当にいいのかな――
そしてしおんはあやめと共にイベント会場に向かったのだった。
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