第32話ー⑦ 新学期

 その日の夕食時。腹を空かせた暁は食堂に来ていた。


 するとそこには、凛子と部屋を案内していたマリアと結衣、そして織姫の姿があった。


 暁は集まっているマリアたちの元へ行き、マリアの隣にいる織姫の方を見ながら、


「お揃いみたいだな。織姫もマリアたちに部屋の案内をしてもらったのか?」


 笑顔でそう問いかけたが、


「……」


 織姫はぷいっとそっぽを向いて、暁からのその問いに答えることはなかった。


 そんな織姫を見たマリアはやれやれといった表情をして、


「凛子の部屋に行く途中で偶然見つけたの。だから二人とも、部屋と施設の中は大体案内したかな」


 織姫の代わりに暁にそう答えた。


「あはは。そうか! マリアも結衣もありがとな」


 申し訳なさそうにそういった暁に、


「いえいえ。お安い御用ですぞ、先生!」


 結衣は笑顔でそう答えた。


 するとそんな暁たちの会話を聞いていた織姫は、急に鋭い瞳で暁を睨みつける。


「織姫、なんだか怖いぞ……」


 織姫からの視線に気が付いた暁はそう言って、苦笑いをした。


「女性なら、誰でもよろしいのですね。やはりあなたは信用ならない野蛮人ですわ。なんであなたなんかを……」


 最後の方は聞き取れなかったけど、たぶん俺への不満なんだろうな――と暁は織姫の言葉からそんなことを思っていた。


 そして暁は先ほどの奏多との会話をふと思い出し、


「あー、そういえばさっき奏多から聞いたけど、織姫は奏多の従妹なんだってな」


 と笑顔で織姫にそう告げた。


 するとそれを聞いた織姫は、顔を真っ赤にして急に怒り出す。



「だからなんだっていいますの! 私が奏多ちゃんの従妹だからって、あなたには何の関係もない話でしょう? まさか私をいいように使って、神宮寺家に取り入ろうなんて考えているんじゃなくて? そんなこと絶対にさせませんから!」


「そ、そんなことはないって! ただ奏多からそう言う連絡があったぞってことを言いたかっただけで!」



 暁は興奮する織姫に身振り手振りをつけて、自分の発言は織姫の思っているような意味はないという事を必死に伝えた。


「へえ。そうですか」


 しかし暁の必死の行為もむなしく、織姫は暁を信じるつもりはないようだった。


(俺の言葉に聞く耳を持つ気はない、か。この先が思いやられるな……)


 そんなことを思い、暁は「はあ」とため息をついた。


「織姫、先生はそんな人じゃない。きっと織姫もそれがいつかわかる日が来るから。今は信じられなくてもいいから、少しずつ先生のことを知っていって」


 マリアは優しく織姫に告げた。


 しかし織姫はマリアのその言葉にも聞く耳を持つこともなく、食事用のトレーに食べ物をのせると、何も言わずに食堂を出て行ってしまった。


 そして織姫が出て行った方を結衣、マリア、暁が静かに見つめていた。


「あらら……」

「織姫も手がかかりそうなタイプかも」


 結衣とマリアは困った顔でそう告げて、


「ははは……」と暁は苦笑いをした。


「ここの食べ物っておいしいですねえ。ふふふ、幸せですう」


 そしてその場にいたはずの凛子は一連のやり取りを気にすることもなく、一人で食事を楽しんでいたのだった。




 夕食後、暁は自室でこれからのことについて考えていた。


 新しい生徒の加入、そして今までの生徒たちの進級や進路のこと。


「マリアは進路をどうするんだろうな」


 今年高校3年生になるマリアは、今後のことをどう考えているのだろう。能力の問題もあるだろうから、きっとすぐに答えは出ないだろうな。


 今度、俺からマリアに進路のことを聞いてみよう。もしかしたら、俺の知らないところでやりたいことが決まっていることだってあるかもしれないから。


 それと今日来た3人。凛子やしおんはなんとかうまくやっていけそうに思えたけれど、織姫とはすぐに距離を詰めるのは難しいかもしれない。少しずつ俺のことを理解していってもらうしかないかもな――。


 そんなことを考えつつ、暁は「ふっ」と笑った。


「まあ先は長いだろうけど、でも俺は俺にしかできないことをやっていくだけだ!」


(そう。それが俺のスタイルだから)


 そして暁はこれから始まる新たな1年を楽しむことにしたのだった。

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