第26話ー② 未来へ進む路

 暁の自室を飛び出したキリヤは、優香を探していた。


 食堂、シアタールーム、グラウンドに屋上――そのどこを探してもキリヤは優香の姿を見つけられなかった。


「これだけ探していないなら、たぶん――」


 そう呟いたキリヤはとある場所へと向かったのだった。


「ここ、だよね……」


 キリヤは優香の自室の前にいた。


 本来、女子の生活エリアに男子生徒のキリヤは進入禁止だが、今はそんなことを考えている余裕もないキリヤだった。


 そしてキリヤは優香の部屋の扉をノックする。すると、


「はい。どなたですか?」


 扉越しに優香がそう言った。


「あの、僕。キリヤだけど――」


 それからキリヤの言葉を聞いた優香は、扉を勢いよく開けて、そのままキリヤの腕を掴み、自室の中に引き入れた。


「ちょっとキリヤ君、何してるの!? 女子の生活エリアは男子禁制! 忘れたの!?」


 そう言って声を荒げながら怒る優香。


「そ、そんなことは知っているよ! でも――どうしても今、優香に伝えたいことがあったから」


 キリヤは優香の顔をまっすぐに見てそう言った。


 そしてそんなキリヤを見て、


「スマホに連絡くれれば、出て行ったのに」


 優香はため息交じりにそう言った。


「た、確かに!?」


 ハッとしながらそう言うキリヤ。


「馬鹿なの?」


 優香はあきれ顔でそう言った。


「いや、あんまり急いでいたもんだから、そのことが思い浮かばなくて……ははは」


 キリヤはそう言って申し訳ないと言った顔をしながら頭を掻いた。


「はあ。でも、君らしいね。普段はクールなくせに、いざというときは感情で動いちゃうんだから」

「おっしゃる通りです」

「それで、話って何?」


 気を取り直して、そう尋ねる優香。


「そうだった! えっと、僕の進路のこと……前に、聞きたがっていたでしょ」


 キリヤの言葉を聞いた優香は俯く。


 そして優香が俯いた理由をキリヤは何となく察していた。


 優香のことだから、きっと僕の進路のことは大体予想できているんだろうね。でも優香――僕は、君にそんな顔をさせるために来たわけじゃないんだよ――


「僕は、研究所へ行くことにした」

「……うん」


 優香は悲しそうな声で小さく返事をする。


 そしてキリヤは、そんな優香に優しい声で自身の考えを告げる。


「だから、優香も一緒に来てほしい……2人で、研究所に行こう!」


 これが僕の答えだよ、優香――


 そう思いながら、俯いた優香を見つめるキリヤ。


「……そんなこと、無理に決まってるよ。だって……私はまだ、卒業できないんだよ?」

「うん。だから優香は、飛び級で卒業にしてもらうことにした。僕と一緒に研究所にいけるんだよ」


 そう言って微笑むキリヤ。


 そして優香は顔を上げると、


「と、飛び級!? そんなこと、どうやって!」


 驚いた顔をしながらキリヤにそう尋ねた。


「先生が何とかしてくれるって。だから優香、僕と一緒に――」


 そう言って優香に右手を差し出すキリヤ。すると、優香はその手を見つめ、


「私が、キリヤ君と一緒に……?」


 そう呟いた。


「うん……嫌、かな?」


 キリヤは不安な顔をしてそう言った。


 すると優香は、首を横に振る。そして目にいっぱいの涙をためて、


「嫌なはず、ないじゃない……行きたい。私もキリヤ君と! ずっと一緒にいたいよ!!」


 そう言って差し出されたキリヤの手を握った。


「じゃあ、決まりだ」


 キリヤはそう言って優香に優しく微笑んだ。それから優香は、握ったキリヤの手を自身の額に当てると、


「ありがとう、キリヤ君。私、また一人になるんじゃないかって、ずっと怖かった。本当はキリヤ君を応援したいって思っているのに、それでも自分の気持ちが勝っていて……だから、キリヤ君を困らせるようなことを……」


 悲し気な声でそう言った。


 僕は、知らず知らずのうちに、優香を悩ませてしまっていたんだな――


「ううん、いいんだ。それに、僕のことを応援したいって思ってくれていたんだね。嬉しいよ、ありがとう」

「うん」


 それからしばらく優香は泣き続けた。そしてキリヤはそんな優香のそばで寄り添っていたのだった。


「――ごめんね、また付き合わせちゃって」


 涙を拭いながらそう言う優香。


「大丈夫、もう慣れたよ。じゃあ、僕はそろそろ部屋に戻るね! また、食堂で」


 キリヤが微笑みながらそう言うと、優香は満面の笑みで「うん!」と返したのだった。


 そしてキリヤは優香の部屋を後にした。


 さて、先生の方はどうなったのかな。うまくいっていますように――


 キリヤはそんなことを願いながら、自室に戻っていった。



 ***



 ――暁の自室にて。


「お疲れ様です、暁です。所長、今よろしいですか?」


 キリヤが部屋を飛び出した後、暁は所長と優香の件で連絡を取っていた。


『お疲れ様。どうしたんだい?』

「実は、所長にお願いしたいことがありまして……」

『ほう。珍しいね。君がお願いなんて』


 所長は少し嬉しそうにそう言った。


「そうですか? まあそんなことはともかく……実はお願いっていうのは、キリヤのことなんですけど――」


 キリヤとあんな約束してしまったが、うまくいく保証なんてない……でも、俺は俺にできることをやるだけだ――!


 そう思いながら暁は、優香の飛び級と研究所の所属の話を所長にした。


『なるほど』

「無理、でしょうか」


 確かめるようにそう言う暁。


『君はなぜ、そうしたいと思ったんだい? 優香君が飛び級したとして、研究所へ所属することになれば危険が待っている。担任教師として、生徒の身の安全を願うのが普通じゃないのか?』


 所長は淡々とそう言った。


 確かに、所長の言う通りだと思う――


 暁はそう思いながら、自分の考えがそこにまで至らなかったことを反省した。


 研究所に所属すれば、『ポイズン・アップル』の時のような危険な事件に巻き込まれることになる。そしてそうなった時、自分は2人を守ってやることはできないだろう、と。


 でも……それでも、俺は――


「俺は、キリヤたちがやりたいと思うことをやらせてあげたいんです。人生は一度しかない。だったら、キリヤたちがやりたいと思うことに挑戦させてあげるのが、担任教師の役目だと思ったんです」


 暁ははっきりと所長にそう告げた。


 すると、沈黙していた所長は急に笑い出す。


『――うん、実に君らしい答えだ! 君が教師になりたいってそう言ったときのことを思い出すよ……よし、話はわかった。優香君の飛び級を認めよう。そのことは私から政府に連絡しておく』


 嬉しそうにそう言う所長。


「あ、ありがとうございます!!」


 暁はそう言って深々と頭を下げた。所長にその姿が見えていないことはわかっていながら。


『暁君、君は本当にいい教師になったね。君があの子たち――S級保護施設の教師でよかった。ありがとう』


 その言葉に胸がぐっと熱くなる暁。


 研究所で過ごしていた時の俺はただ、教師になりたいって気持ちだけだった。そんな俺にそのチャンスをくれたのは……あなたですよ、所長――



「所長が俺に希望を与えてくれたから、今の俺があるんです。だから、お礼を言わなきゃいけないのは俺の方です。本当に、ありがとうございます」


『そう言ってくれると私も嬉しいよ。でも――それは君の思いの強さが引き寄せた希望さ。だからこれからも生徒たちのことを頼んだよ』


「はい!」



 暁は満面の笑みでそう答える。


 それから通話を終えた暁は、優香のことをいち早く伝えるべく、キリヤの元へと向かったのだった。

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