第151話 慰霊の旅

 俺は、ふぅっと息を吐いた。


「まったく、とんでもねー悪い奴がいたもんだな。レニエルの父ちゃんのことは残念だが、リモールがそんな悪党に牛耳られなくてよかったよ。それで、その、そんな大変な時にレニエルを迎えに来たってことは、つまり……」


 フロリアンは、頷く。


「新たなる国王となる、ズファール様のめいです。レニエル様に見聞を広めてもらうため、しばらく自由に世界を旅すればよいと、特にこれまでは迎えを出さなかったのですが、新国王が即位し、また、旧国王の慰霊のためにも、リモールに戻って、正式に第二王子となり、一緒に国を盛り立てていきたいと、ズファール様は思っておられるのです」

「おぉぉ……そうか。よかったな、レニエル。故郷に戻って、兄ちゃんと仲良く暮らせりゃ、それに越したことないもんな。……レニエル?」


 レニエルは天井を見上げ、涙を流していた。


「アルザラ様……いえ、父上は、執務が忙しく、リモールにいた時でも、あまり話すことができませんでした。……一度でいいから、父と子として、ゆっくりと、話をしてみたかった……」


 小さく震えるその体を抱きしめ、俺は背中をさする。


 残念だったな……

 本当に、残念だ……


 悪い大臣がいなけりゃ、そのうち親子水入らずで、暮らせたのにな。


 でも、辛いことがたくさんあった分、これからはきっと、幸せがいっぱいやって来るよ。

 そう伝えたくて、レニエルの背を、二度、三度、気持ちを込めるように、俺は小さく叩いたのだった。



 それから、粛々と話は進み、レニエルはリモールに戻ることを決心したようだった。


 ただ、フロリアンによると、転移魔法を使って一瞬で帰郷するというわけにはいかないらしい。


 なんでも、リモールの王族は、国王が崩御した際、それぞれ別々のルートで世界中の聖堂、寺院を回って、二ヶ月間ほど、慰霊の旅をしなくてはならないそうだ。


 しかも、慰霊の旅に同行できるのは、洗礼を受けた聖騎士一人だけであり、俺は一緒に行っちゃ駄目らしい。


 レニエルはしばらく考え、やがて、チラチラとこちらを見て、静かに口を開いた。


「その、慰霊の旅が終わったら、ナナリーさんも、リモールに住みませんか? あの、分魂の法の距離制限がなくなったので、同じ地域に住む必要はないのかもしれませんが、でも、その、やっぱり色々なトラブルが起こることを想定して……」

「何モゴモゴ言ってんだよ。行くに決まってんだろ。別に俺、アルモットに住むことに、特別こだわってるわけじゃないし」

「そ、そうですか、よかった」


 ほっとしたように、水を飲むレニエル。


 ふふふ、そうか。

 そんなに俺と別れたくなかったのか。

 い奴め。


「っていうか、もともと、安全で快適な暮らしを求めて旅に出たんだしな。そうだ。正式にリモールの王子様になるんだから、俺に、なんかいい感じの仕事くれよ。なんならおめかけさんでもいいからさ」


 飲みかけの水を、レニエルは盛大に吐き出した。


「何言ってるんですか! ナナリーさんを妾なんかにするわけないでしょう! 馬鹿も休み休み言ってください!」


 馬鹿も休み休みって……そこまで言うか。

 自分で言うのもなんだけど、俺、外見だけなら、王子様の妾くらい務まると思うんだけどなあ。


「じゃあ、お前直属の親衛隊長とかでいいや。かっこいいし」


 そこで、今までニコニコと話を見守っていたフロリアンが会話に入る。


「リモール王国に親衛隊のようなものはありません。代替する役職は、王族直属の聖騎士……ということになりますね」

「へえ、じゃあ、俺がレニエル直属の聖騎士になったら、フロリアンさんは、聖騎士団長だから、俺の上司になるってわけか。あんたなら優しそうだから、安心だな」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る