第149話 魔装ラーグリア
ええっと……そうだ。
ピジャンと戦っているときに、あの邪鬼眼の術者――アーニャが言ってたっけな。
確か……
「魔法や身体能力とは違った、特殊な能力、だっけ?」
「そうです。リモールの第一王子、ズファール様は、『未来を見通す』異能の持ち主なのです。ズファール様は、レニエル様が魔王討伐に行くことで、肉体的にも、精神的にも大きく成長し、いずれは、誰も扱うことのできなかった魔装ルミオラの力を解き放つと予知し、アルザラ様に、進言したのです」
「ふぅーむ、じゃ、あんたはこう言うわけだ。レニエルの父ちゃんも兄ちゃんも、本当はレニエルのことを考えてて、命に危険はないと分かってたから、魔王討伐に送り出したと」
「その通りです」
一切の迷いなく頷くフロリアン。
レニエルは、ずっと黙って、真剣に話を聞いている。
俺は、一度息を深く吸い、長く、そして大きく吐いた。
「あんたの言ってることが、本当だって証拠は?」
フロリアンは立ち上がり、腰の剣を抜いた。
えっ、うそっ、なにっ? 怒っちゃった?
確かに、ちょっとキツイ問いかけだったけど、刃物抜くことないじゃないの。
俺が一人で慌ててわたわたしていると、フロリアンはコップの水を指さして、言った。
「これは紅茶です」
「はっ? 何言ってんの……?」
次の瞬間だった。
フロリアンの美しい顔。
その頬に、突然音を立てて裂傷ができた。
真っ赤な血のラインが、一つ、二つ、白い肌を流れ落ちていく。
「この剣は、魔装ラーグリア。私の知る限り、全世界でも五本の指に入る名剣です。ただ、この剣の所持者には、言動に対し、大きな制約がかかります」
「制約?」
「ええ。『決して嘘を述べてはならない』という制約がね。今、私はただの水を紅茶だと言いました。このように、たわいのない、悪意もない、誰にも迷惑をかけない嘘なら、自分の頬が切れる程度の傷で済みますが、もっと、重大で悪質な嘘をついた場合は、即座に私の首が飛びます。……以前のこの剣の持ち主は、いったいどんな嘘をついたのでしょうか、ラーグリアの力によって、全身八つ裂きになって命果てたそうです」
「そ、そんな危ない剣、溶鉱炉にでも放り込んじゃったほうがいいんじゃないの?」
力強く、フロリアンは首を左右に振る。
「私は騎士として、どんな人に対しても、誠実であるべきだと思っています。そして、誠実とはつまり、偽らぬこと――嘘をつかないことだと考えます。それでも、まだまだ未熟者ですから、時には、偽りを述べたくなることもあります。だから、このラーグリアは、そんな私の弱い心を戒めてくれる、最高の剣なのですよ」
「は、はぁ、そうですか……」
ご立派なことだが、誠実さもここまでくると、ある意味ちょっぴり狂気だな。
あれ、何の話、してたんだっけ。
あ、そうだ。
フロリアンの言ってることが、本当かどうかの証拠はどこにあるって話だったな。
今の、魔装ラーグリアの制約を見る限り、フロリアン自身が嘘をついていないのは分かったが、でもそれだけじゃ、レニエルの父ちゃんと兄ちゃんが、本当はどんな気持ちでレニエルを魔王討伐に向かわせたのかは分からんよなあ。
そんな俺の気持ちを表情から察したのか、フロリアンは柔らかく微笑み、話を再開する。頬の血は、もう止まっていた。
「アルザラ様とズファール様の、レニエル様に対する想いを表す証拠は、あの魔装ルミオラです。……私は、魔装ルミオラの力が解き放たれた際の、強大な魔力の波動を頼りに、ここにやって来ました。レニエル様が、魔装ルミオラを使ったのなら、あれが、われわれの想像を絶する力を秘めた神器であることを、理解しているはずです」
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