第143話 有意義な休日
それから、三日後のことである。
朝の七時。
いつもより少し早めに目が覚めた俺は、顔を洗って、歯を磨き、昨日の食べ残しのパンをかじっている。
今日は、完全な休養日だ。
冒険者には、別段決まった休日などないのだが、毎週一日は、リフレッシュのため、必ずこうして休みの日を設けることにしている(そもそも、一応生活していけるだけの金はあるから、そんなにムキになって働く必要もないし)。
イングリッドとレニエルは、どこにもいなかった。
おや、二つ書き置きがあるな。
一つは、見慣れたレニエルの文字だ。
なになに……『図書館で勉強をしてきます』か。
アルモットの図書館は、ここからかなり歩いたところにあるので、朝一番に行こうと思ったら、早めに出発しなければならない。レニエルは、寝ている俺を起こさないように、書き置きを残して、少し前に宿を出たのだろう。
あの邪鬼眼の術者――アーニャが作ってくれた魔法のパイプのおかげ……というのも少々癪だが、俺とレニエルは、四六時中くっついていなくても、互いの魂に影響が出なくなったため、最近では、こうして単独行動することも増えた。
これは、凄く良いことだと思う。
レニエルは、まだまだ子供なのだ。ずっと俺と一緒にいるより、自分だけの行動範囲を増やして、友達を作って、普通の子供らしい生活をすればいい。
もっと言うなら、あいつは気立ても外見も頭も良いのだし、危険な冒険者稼業をしているより、図書館でも、学校でもいいから、ちゃんと勉強して、学者にでもなった方が、ずっと安全で幸せな人生を送れると思うのだが、まあそれは、本人が決めることであり、余計なお世話か。
さて、もう一つの書き置きはっと……うぉっ、凄い達筆だな。
『天気がいいので、一日かけて、ランニングでアルモットを一周してくる』
署名はないが、一発でイングリッドの書いたものだと分かる。
一日で商業都市アルモットを一周できるような体力の持ち主は、俺の知る限り、あの女しかいない。
アルモットのような、それなりの規模の都市を、ぐるり一周しようと思ったら、普通の人間の脚力なら、昼夜休みなく走り続けても、まあ三日はかかるだろう。
イングリッドなら、朝に出かけて……そうだな、三時のおやつの時間には戻って来るだろう。
レニエルも、図書館に勉強に行ったら、だいたいそれくらいの時間になるまで帰ってこない。
……ということは、午後三時まで、俺はひさしぶりに、完全なる一人っきりということになるな。
はてさて、どうしようかね。
せっかくの休日だ。
何をしてもいいし、何もしなくてもいい。
でも、どうせなら有意義に時間を使いたいものだ。
そこで、俺は思い出した。
スーリアにて、ピジャンと戦っているとき、あのアーニャに、『無事にアルモットへ戻れたら、ボクシングジムにでも通うよ』と言ったのを。
べつに、特別ボクシングを習いたいというわけでもないが、あの戦いで、もう少し体力を高め、戦闘技能も身に着けなきゃいけないと感じたのは確かだ。
また、魔法が使えない状態で、ピジャンのような強敵と戦う羽目になったら、今度こそ命はないかもしれないからな。
……いや、今にして思うと、たとえ魔法が使えたとしても、あのピジャンに俺の使えるレベルの呪文が通用したかどうかは、怪しいものだ。
自分で言うのも情けないが、俺の使える魔法って、中級から上級の間くらいの呪文ばっかりだもんな。最上級クラスの呪文は、一つとして使えない。
魔法の習得は、先天的な素質が重要だから、今から一生懸命勉強しても、ちゃんとした魔導師レベルの呪文は、覚えられないだろうなあ。
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