第86話 どうでした?
「
そして俺は、ベッドでグースカ寝ているイングリッドを放っておいて、レニエルに支えられながら、近所の按摩師のところへ向かった(ありがたいことに、宿から数軒先の場所だったので、あまり歩かずに済んだ)。
プロの処置は流石に凄いもので、お灸、針治療の後、入念なマッサージを受けることで、死ぬほどだった苦痛が、かなり楽になった。
按摩師に礼を言い、来た時と同じように、レニエルの肩を借りながら、帰路に就く。
いや、傍から見ると、『肩を借りながら』なんて格好の良いものではないな。
まだまだ足に力が入らないので、俺はほとんどレニエルにもたれかかりながら、生まれたての小鹿のように、フラフラと歩いている。
そこで初めて、この小柄な少年が、俺の体を、しっかりと支えてくれていることに気がついた。自然と、感心した声が出る。
「お前、けっこう
「曲がりなりにも、一ヶ月間、冒険者としてやってきましたからね。これでも、少しは鍛えているんですよ」
「なるほどね。……一ヶ月か、お前と出会ってから、随分経ったような気がしてたけど、まだそれだけなんだな。もうずっと、一緒にいるような気がするよ」
「期間にすると、たった一ヶ月ですが、色んなことがありましたからね」
しみじみと言うレニエルの金髪が、爽やかな朝の風に吹かれ、軽くそよぐ。
肩までだった髪が、一ヶ月で少し長くなったように感じる。セミロングとまではいかないが、肩よりは明らかに伸びており、より女性的な印象だ。
「髪、伸びたな」
「えっ? あっ、そういえば、そうですね。あまり、意識していませんでした」
「へえ、意外だな。お前、女っぽく見られるの、嫌なんだろ?」
「それが、自分でも不思議なんですけど、最近そういうの、あまり気にならなくなってきたんですよ」
ほう。
「もちろん、しっかり男性として扱ってもらえるのは嬉しいですが、女性と間違われても、以前のように腹が立たなくなったんです。……今にして思えば僕は、王の庶子であるという出自にコンプレックスを感じていて、誰にも侮られぬように、男として強くあらねばと、虚勢を張っていただけなのかもしれませんね」
そう言って、気恥ずかしそうに笑うレニエルの顔には、無理をしている様子も、過去の自分を
ただ純粋に、人として成長した――そんな雰囲気だ。
「ふぅん。まあお前、せっかく綺麗な髪してるんだからな。ある程度伸ばした方が、似合ってて良いと思うぞ」
「ふふっ。ナナリーさんがそう言うなら、もう少し伸ばしてみましょうか」
そこで一旦会話は切れ、宿の入り口に差し掛かったところで、レニエルはもう一度口を開いた。
「あの、ナナリーさん」
「なに?」
「昨日、僕も疲れちゃって、早く寝ちゃったんですけど」
「あー、うん。そーだったね」
「あの後、イングリッドさんとは、どうでした?」
どうでした?
なんとも抽象的な聞き方だ。
俺とイングリッドが、仲良くしてたかどうかを知りたいのか?
そこまで考えて俺は、今朝、イングリッドが俺のベッドで寝ているのを発見したレニエルの、なんとも言い難い表情を思い出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます