第79話 閨

「というわけであなた。今夜、早速、ねやを共にしてもらうぞ」

「ねや? ねやって何?」


 俺の問いに、イングリッドの頬が、目に見えて赤くなるのが分かった。


「そ、それを女の口から言わせるのか。いけずな人だ。つまり、私と夫婦の営みをしてもらいたいと言っているのだ」


「あ~、ねやね。時代小説とかでそういう言葉あったあった。……? なんで俺が、あんたと夫婦の営みをしなきゃならんわけ?」


「今までの話を聞いていなかったのか! 私は心身ともに、あなたに屈服し、あなたを夫であると認めたのだ! だから、あなたの子が欲しいのだ!」


 イングリッドの顔は、もうトマトと見分けがつかないほど朱に染まっている。


 ……この人、やっぱり馬鹿じゃないの。

 女同士で、子供ができるわけないじゃん。

 俺は、呆れたようにため息をついて、自分の胸元を、軽くぽんぽんと叩く。


「ねぇ。これ見える?」

「胸? 胸がどうかしたのか?」

「うん、見えてるみたいね。これ、胸。おっぱい」

「卑猥な言い方をするな。だから、胸がどうしたというのだ?」


 はぁ~……

 いちからじゅうまで言わないと分からんのかこいつは。


「だからさぁ。俺、女なわけよ。んで、あんたも女じゃん? 子供、作れないじゃん?」


「ああ、そういうことか。心配無用だ。そういうのは、魔法でなんとかなる」


「またまたぁ。あんた、誰かに嘘を教えられて、からかわれてるんだよ。そんなこと、できるわけないじゃん」


「何を言っている。同性間での生殖行為を可能にする魔法、『ピスェロ』は、天才魔導師バトールが五年前に開発し、今では世間的に常識となっているではないか」


「マジで? うそっ? ほんとに?」


 イングリッドに抱えられたまま、俺はにょきりと首を伸ばして、俺とイングリッドの後ろを歩いていたレニエルに問いかけた。


「え、ええ。まあ、その通りです」


 マジかよ。

 すげーな魔法。

 なんでもありじゃねーか。

 驚く俺をよそに、レニエルは言葉を続ける。


「ただ、その、リモール王国は『ピスェロ』を、生命倫理に反した禁術だと断定しているので、聖騎士、それも七聖剣の一人であるイングリッドさんが使うのは、あまりにも問題が大きいかと思うのですが……」


 イングリッドが、感心したような声を上げた。


「ほう、子供、詳しいな。おっしゃる通りだ。聖騎士は、禁術を使う――あるいは、その使用にかかわるだけでも、聖騎士団を除名される。団長殿は、ルールに厳格なお方だからな」

「ふーん、じゃ、やっぱ駄目じゃん。それじゃ、このお話はおしまいってことで」


 話してるうちにますます疲れて、このまま眠りたくなってきた俺は、適当なところで話を切り上げようとする。

 そのぞんざいな態度に、イングリッドは少々むくれるが、コホンと気を取り直して俺を見つめた。


「勝手に話を終えないでくれ。先ほどから心配無用と言っているだろう。それは、全てにおいて懸念不要ということだ」

「ふぁ~あ……どゆこと?」

「あくびなんかして……、あなたの子が欲しくて、一世一代の求愛をしているというのに、つれない人だ」

「ごめん……なんかもう、疲れて疲れて、眠くってさ……」


 こうして言葉にすると、さらに眠気が倍加したような気がする。

 眠い。

 眠い。

 本当に、もう目を開けていられない。

 意識を失う間際、最後に聞こえたのは、イングリッドの声だった。


「つまり、私は聖騎士を辞めるということだ」

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