第64話 決闘開始

「そういうもんかな……」

「そういうものだ。さあ、おしゃべりはもうこのあたりでいいだろう。決闘を始めるぞ。おい、そこの子供。タルカス殿があっちを向いている以上、立会人はお前にしてもらうぞ。ステージに上がれ」


『そこの子供』とは、レニエルのことだ。

 イングリッドは、彼がリモール王国第二王子、レニエル・クランだとは夢にも思っていないらしい。


 レニエルは、静かに頷いて、ステージに上がってくる。

 それから、俺に一度、心配そうな視線を向けるが、俺が力強くブイサインを作ると、強張っていた顔が少し緩んだ。


「さて……と、最後に決闘のルールを説明しておく。前に言った通り、どちらかが戦闘不能になるまでのデスマッチだ。ギブアップや引き分けはない。後は、特に禁止事項はないが……そうだな、目つぶしや噛みつき攻撃は禁止にしておくか。あまりに見苦しい戦いとなるからな」


 イングリッドの説明が終わると、頭の中で『ちっ』と小さな舌打ちが聞こえた。

 ジガルガがやったのだろう。

 俺は、心の声で理由を尋ねてみる。


『おい、どうした?』

『いや、目つぶしが禁止になったのは痛いと思ってな。オーラに差があっても、眼球のような場所は誰にとっても弱点だ。だから、まっさきに奴の両眼を潰してやろうと思っていたのだが……』


 おいおいおい……発想が怖いなこいつ。

 さすが、人類抹殺のために作られただけはある。

 俺の内心を悟ってか悟らずか、ジガルガは淡々と話しを続ける。


『まあ、それでも我にまかせておけ。なんとかしてみせる。ほら、早くぬしの体の操縦権を渡すのだ』


『それなんだけどさ。最初は、ちょっとだけ、俺の力だけでやらせてくれない?』


『なんだと? 自分で戦うということか? 勝ち目はないぞ?』


『うん、だから、やばくなったらお前にバトンタッチするからさ。……勝ち目がないなりに、ちょっとイングリッドと戦ってみたくなったんだ』


『わけが分からん。そんなことに、何の意味がある』


 何の意味があると聞かれるとこちらも困るのだが、なんとなく、そうしたいと思ったとしか答えようがない。


 恐らくだが、お互いに不得手な格闘戦での決闘を望んだイングリッドの真摯さや、自身の練習着を気前よく貸してくれた心意気に、少しだけでも応えたいと、俺は思ってしまったのだ。


 これまでの態度で、最初に会った時より、随分と彼女に対する印象は変わっていた。我ながら、相当にちょろい性格だと思うが、まあ、イングリッドも格闘は大して得意じゃないのなら、案外俺の力だけでも何とかなる気がしてきた。


 いや、俺だって格闘技に精通しているわけではないが、身のこなしや柔軟性に関しては、普通の人間よりはるかに優れている自信がある。なんたって、元シルバーメタルゼリーだし。


 パンチなりキックなりを、いい感じに急所に当てれば、思ったよりあっさり勝っちゃったりして。


 そんなことを考えているおめでたい俺の頭に、「それでは決闘開始だ」というイングリッドの声が飛んできた。

 その声から、数テンポ遅れて、彼女の拳も飛んでくる。

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