第25話(3) 料理店にて

「和やがな!」


「……中ですよ」


 武と趙が静かに睨み合う。鈴森が慌てる。


「あ、あのせっかくの食事の場なんすから……仲良くしましょうよ」


「仲良くする⁉ 無理な話っちゅうもんやで、エミリア!」


「ひ、ひぃ!」


 武の迫力に鈴森が圧される。


「ここで退くわけにはいかない!」


「う、うわっ⁉」


 趙の気迫に鈴森がたじろぐ。


「ふふふっ! お二人の意気込み、大変結構なことですわ! どんどんお互いの心の火花を散らせると良いでしょう!」


 伊達仁が腕を組んで高らかに笑う。


「だ、伊達仁さん!」


「あら、なにかしらエムスさん?」


「対立を煽るようなことさしてもらっては困ります!」


「そうかしら?」


「そうでがす!」


 伊達仁が首を傾げる。


「対立が生まれると何か不都合がありまして?」


「チーム内に不和が生じてしまいかねません!」


「ふむ……なるほど、おっしゃりたいことはよく分かりました」


「分かって下さったすか……」


 鈴森は肩で息をしながら、安堵の表情を浮かべる。伊達仁があらためて確認する。


「武先輩はご実家がお寿司屋さんということで、『和食』推し……」


「ああ、当然や!」


「趙さんはご実家が中華料理屋さんということで、『中華』推し……」


「ああ、そうだ……」


「……二極しかないから対立が生まれるのです」


「はい?」


 伊達仁の言葉に鈴森が首を傾げる。


「もう一極、増やしましょう! 『洋食』を!」


「ええっ⁉」


 伊達仁の宣言に鈴森が驚く。


「ちょうどこのレストランは我が伊達仁コンツェルン系列のレストラン、ありとあらゆる洋食を提供することができます。ドイツ育ちのエムスさん、洋食がもっとも馴染み深いのではありませんか?」


「う、う~ん……」


 鈴森が腕を組んで首を傾げる。伊達仁が頷く。


「エムスさん、陥落間近です。これは洋食推しがリードということでよろしいかしら?」


「か、勝手に決めんなや!」


「そ、そうだ……!」


 武と趙が伊達仁に抗議する。


「ふふっ、それならば、それぞれプレゼンをしてみたらどうかしら?」


 武が鈴森の方に向き直る。


「エ、エミリア! ええか? 和食ちゅうんはな、多彩で新鮮な食材をふんだんに用いて、なおかつそれらの持ち味をきちんと尊重した料理なんやで!」


「は、はあ……」


「尊重することはすなわち栄養バランスの確保にもつながる! ヘルシーさ抜群や! アスリートならば、これを食わない手はないっちゅう話や!」


「ふ、ふむ……」


 武の熱のこもったプレゼンに鈴森が頷く。伊達仁が笑う。


「あら? これは和食推しに転がるかしらね?」


「なんの……」


 趙が鈴森の方に向き直る。


「り、莉沙ちゃん……」


「エマ、中華料理というのは、中国四千年の永い歴史から生み出された料理だ……」


「は、はあ……中国四千年ってフレーズ、久々に聞いたよ……」


「永い歴史だけでなく、広大な土地から生み出された料理の多彩さは和食の比ではない。各地域によって、味、色、香り、形が異なる料理が楽しめる……」


「な、なるほど……」


「もちろん、どこの地域の食事もそれぞれ美味しい。これらをまとめて食べられる、中華料理こそ『究極』の料理と言っても過言ではないだろう……」


「趙さん、いつになく多弁ですわね」


 伊達仁が笑顔を浮かべる。鈴森が腕を組んで息を呑む。


「きゅ、究極の料理……」


「あらら? これは中華推しに転向かしら?」


「な、なんの、こっちは『至高』の料理や!」


 武が声を上げる。


「究極と至高……どこかで聞いたことがあるような……う~ん……」


 鈴森が首を傾げる。伊達仁が提案する。


「エムスさんは迷っているご様子、他の二人にプレゼンしてみては?」


「それには及ばないよ……」


「マッチ先輩?」


「そうっすね……」


「流さん?」


「僕はトルコ料理をお薦めするよ! ヨーロッパとアジアの架け橋であるあの国の料理は世界三大料理の一つに数えられる! これを食してこそユーラシア大陸の雄大さを感じられる!」


「ええっ⁉」


 松内の言葉に鈴森は戸惑う。


「自分はエスニック料理をお薦めするっす! 東アジアとはまた異なった魅力を持った、東南アジア圏の料理! 美容と健康にも大変良いっす!」


「え、ええっ⁉」


 白雲の言葉に鈴森は困惑する。


「美容と健康の為というのは、少し欲張り過ぎやしないかい?」


「お言葉っすが、トルコ料理よりは身近な存在だと思うっす!」


「分からないかな? 異国情緒が良いんだろう?」


「やっぱり親近感が大事っす!」


 松内と白雲が熱っぽく言葉をかわす。伊達仁が笑みを浮かべる。


「あらら、プレゼンターが増えてしまいましたわね……」


「和食や!」


「……中華一択」


「トルコしかないだろう」


「エスニックっす!」


「オーソドックスに洋食でしょう?」


「ううっ……」


 鈴森が5人に迫られる。伊達仁が声を上げる。


「さあ、エムスさん、ご決断を!」


「えっと……間を取って、南米料理なんかどうかな? 何の間か分からねえけど……」


「ふむ、それではプレゼンをよろしく……」


「い、いや、冗談だから! なんでもいいから料理を食べさせてけろ~!」


 鈴森が頭を抱える。

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