第17話(2)伝説のレジェンド

「ほらほら、どうした⁉」


「ちっ……」


「闇雲に動き回ってもボールには触れないんだぜ!」


「ヘイ! よこせ!」


 パスが龍波に渡る。龍波は自身を煽ってくる春名寺に向かって叫ぶ。


「どうよ、触ったぜ!」


「そんな所で貰ってどうする!」


「あん? うおっ⁉」


 春名寺が激しく龍波に対して体を寄せる。


「体がゴールから背を向いちまっているじゃねえか! 大体ここで受けて、何が出来る⁉」


「ちっ! 言わせておけば……ってうおっ!」


 春名寺が龍波から難なくボールを奪い、味方に繋ぐ。


「左足しか使えませんってバレバレだ! ボールの置き所を考えろ!」


「くそっ!」


 バランスを崩して転倒した龍波が悔しそうに地面を叩く。




「もらった! ⁉」


「甘い!」


 鋭いステップからのドリブルで自身の脇をすり抜けようとした姫藤に対して、春名寺が強烈なショルダータックルを仕掛ける。


「くっ!」


 かろうじてボールをキープした姫藤は近くの味方にパスを出すと見せかけて、再び春名寺を抜きに掛かる。しかし、春名寺は振り切れない。


「⁉」


「あくまで勝負にくる姿勢は良い! ただ!」


「!」


 春名寺がファウルすれすれのタックルでボールを掠め取り、クリアする。


「良い子過ぎるんだよ! もっと力強さを意識しろ!」


「くっ……寄せが素早い……」


 膝を突いた姫藤が呟く。




「さあさあ、どうするんだ⁉」


「くっ……」


ボールをキープする菊沢だったが、春名寺の鋭いチェックによってあっという間に、サイドライン際まで追い込まれてしまう。


「ガツガツ来られるのが苦手か? 如何にもクラブチーム育ちって感じだな!」


「五月蠅い……!」


 菊沢は上半身の動きでフェイントを掛けて、巧みに春名寺の逆を取り、ボールを中央に送り込もうとする。


(ふん、所詮こんなもの……って⁉)


 菊沢の出したパスは春名寺の伸ばした足にカットされてしまう。


(誘われた⁉)


 まさかといった表情の菊沢に対し、春名寺が告げる。


「左足の精度は大したものだとはすぐに分かった。ただ、それしかないとも分かれば、凡百のプレーヤーに過ぎないな」


「!」


 春名寺の言葉に菊沢は苦々しい表情を浮かべる。




「ヘイ、パス!」


 これまで守備にまわっていた春名寺が攻め上がり、ゴール前でボールを受ける。


「よっしゃ!」


「私が!」


 神不知火がすぐさま対応する。春名寺の出方を伺いながら、高速で頭を回転させる。


(初めて上がっていらっしゃいました。ドリブルでかわしに来る? いやスピードはさほどでもないようです。対応は可能! パス? 右利きなのは分かりました。パスコースは切ってある、大丈夫! ⁉)


 春名寺がボールを右足から左足に持ち換えて、シュートモーションに入った為、神不知火の思考回路は一瞬、混乱する。


(もしや本当の利き足は左⁉ この位置からシュートを選択⁉ しかし、モーションが大きい、カーブをかけたシュートを撃ってくる! ならば足を伸ばせば防げる! ⁉)


 シュートをブロックする為、右足を高く上げた神不知火を嘲笑うかの様に、春名寺は大振りのシュートモーションから想像も出来ない、柔らかなタッチでボールを前方に転がす。


「⁉」


 ボールが神不知火の股下を転がる。神不知火の左脇をすり抜けた春名寺は即座に右足で強烈なシュートを放つ。ボールは勢い良くゴールネットを揺らす。茫然と立ち尽くす神不知火に対し、春名寺が叫ぶ。


「選択肢を増やし過ぎて迷っちまったら意味ないぜ! むしろ相手からプレーの選択肢を奪え! 一対一の守備も突き詰めれば、攻める気持ちが大事ってことだ! 守備も攻撃だ!」


「守備も攻撃……」


 神不知火が呟く。




「そのアフロは見せかけか? フォワードならもっと相手に脅威を与えろ!」


「サイドからのカットインしか無いのか? もっとパターン増やせ!」


「俊足に頼るな! 活かし方を考えろ!」


 再び守備にまわった春名寺が武、趙、白雲を次々と抑え込む。


「スタミナ抜群なのは結構! ただプレーの精度も保たなければ意味が無いぜ!」


「逆にお前は運動量を増やせ! 技術があっても走れなければ宝の持ち腐れだ!」


「パスカットする前から、次のプレーをイメージしろ! 連動性を意識だ!」


 続いて中盤に位置した春名寺が、石野、松内、桜庭から次々とボールを奪う。


「当たりに慣れろ! すぐに吹っ飛ばされたら使いものにならんぞ!」


「ぐっ……」


 春名寺の激しい守備にバランスを崩し、ボールを奪われた鈴森が悔しそうな顔を見せる。




「スピードある相手が苦手なら、使わせるな! 頭を使って守備しろ!」


「サイドでケリをつけるつもりでいろ! 中に切り込ませた時点で負けだと思え!」


「本当は余裕が無いのが見え見えなんだよ! 冷静さをもっとプレーで見せてみろ!」


「まず自信を持て! 気後れしたらお終いだぞ!」


 またも前線に上がった春名寺が、谷尾、池田、緑川、脇中を次々と手玉に取る。


「バックパスの処理にもたつくようなキーパーははっきり言って時代遅れだぜ!」


 永江からボールをあっさりと奪い、ゴールを決めた春名寺は大声を上げる。


「反対にお前は何か強みを持て! 過剰な自信が一番厄介だ!」


「くっ……先程あっけなくゴールを決められているから何も言い返せませんわ……」


 ゴールの脇に立つ伊達仁が苦々し気に呟く。




「二本目終了です!」


 小嶋が声を掛ける。春名寺が丸井に話し掛ける。


「前半終了ってところか……後半の二本は本気で頼むぜ? 『桃色の悪魔さん』?」


「……」


 前半の二本でほとんど良い所が無かった丸井はただ黙り込むしかなかった。

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