第6話(1)嵐の転校生

「……突然ですが、転入生を紹介します」


 常磐野Cチームとの練習試合から二日後の月曜日。朝のホームルームで、知子先生がこう切り出しました。教室がざわつきます。


「え? 転入生?」


「この時期に……?」


 入学して約2週間というこの時期に転入とは、かなり異例のことだと思います。皆と同じように私も首をかしげていると、先生が廊下に向かって呼びかけます。


「どうぞ、入ってきて」


 突如大音量の音楽が流れてきました。あまり音の大きさに私は思わず両耳を抑えます。どこかで聴いたことのある曲です。そう、これはオペラ『アイーダ』の「凱旋行進曲」です。何故オペラなのか?そう思っていると教室のドアがガラッと開き、一人の女の子が入ってきました。目鼻立ちの整った美人さんです。髪型は黒髪ロングのストレートで、特別大柄という訳ではありませんが、スラリとしたスタイルをしています。後ろからは何故か黒子姿の女性が付いてきて、紙吹雪を頭上に盛大にばら撒いています。扇子で自らを扇ぎながら、ゆっくりと教壇中央まで進み出てきた彼女は、扇子をパタッと閉じると、口を開きます。


「~~~~~! ~~~~……」


 大音量のアイーダが延々と流れて続けているため、何を言っているのかさっぱり分かりません。そのことに気付いた彼女は、閉じた扇子をビシッと黒子さんに向けます。黒子さんは慌てて携帯型音楽プレーヤーを懐から取り出し、音楽を停止しました。黒髪の彼女は、はあ、とため息をつき、扇子をちょんちょんと廊下の方に振りました。下がってよろしいという合図でしょうか。黒子さんはペコッと一礼をして、足早に教室を出ていきました。黒髪さんはコホンと咳払いをして、改めて口を開きました。


「オ~ホッホッホ! ご機嫌麗しゅう、平民の皆々様。本日よりこのわたくしと机を並べられること、光栄に思いなさい」


 笑い方がオ~ホッホッホという人を生まれて初めて見ました。身振り手振りを交えて、これでもかと大げさに話す彼女に対して、私も含めてクラスのほぼ全員が同じことを考えたはずです。(あ、おかしな人……!)と。先生が恐る恐る話しかけます。


「あの~まずはお名前をお願い出来るかしら……」


「はっ! これはこれは、大変失礼を致しましたわ。わたくしともあろうものが名乗りを忘れるなんて……そう、わたくしの名前は……」


 そう言いながら、黒板の方に向き直り、チョークを手に取り、自分の名前を書きました。……が、読めません。黒板に書かれた字があまりにも達筆すぎるためです。戸惑っていると、彼女自身が答えを教えてくれました。


「伊達仁健(だてにすこやか)ですわ! 以後お見知り置きを‼」


 教室にまたざわめきが起こります。


「伊達仁ってもしかしてあの……?」


「超有名なお金持ちじゃん……」


 そうです、伊達仁グループといえば、ここ仙台を中心に世界的に展開し、幾つもの国際的企業を傘下に収める、地元では知らぬもののいない、一大コンツェルンです。察するに、彼女はそこのご令嬢ということでしょうか。しかし、何故この学校に?そして、この時期に?色々と考えていると、彼女自身がまた口を開きました。


「わたくしがこの学校にやってきた理由はただ一つ……そう、龍波竜乃! 貴方との決着をつける為ですわ‼」


 そう言って、健さんは扇子をビシッと眼の前に座る竜乃ちゃんに向かって差しました。……と言っても竜乃ちゃんはこの騒ぎの中、未だ豪快に寝ています。腕組みをして、大口を開けて天井に向けています。もはやこのクラスでその姿は日常的なものになっているため、大して気にも留めていなかったのですが、やっぱり変です。


「~~~! お、起きなさい! 全く貴女という人は本っ当に……!」


「……あ~ん?」


「ひっ!」


 竜乃ちゃんに一睨みされて、健さんが怯みました。竜乃ちゃんは人に起こされると超不機嫌になるのです。


「ん~? お前は確か……」


「や、やっと目覚めましたか! そうです! 貴女の永遠の好敵手、伊達仁……」


「zzzzz……」


「寝るな――‼」


 そんなやり取りをこの後二回程繰り返し、ようやく竜乃ちゃんが目覚めました。


「んだよ、誰かと思ったらスコッパじゃねーか、なんでここに居るんだ?」


「スコッパ……?」


 思わず疑問を口にしてしまった私に対して、竜乃ちゃんが振り返って説明します。


「いやあ中学の時、コイツ何かとアタシに突っかかってきてさ~。あんまりしつこいから、『お前、毎回○―チ姫を攫う○ッパみてえだな』ってことで……」


「ああ……」


 聞いた私が愚かでした。


「せ、せめてスコッチとかなら? わたくしの事をからかいつつも、どこか親しみを感じられて、尚且つお互いの距離感もグッと縮まったように思えて? わたくしも正直悪い気はしませんのに……って、そ、そうではなくて! このわたくしから勝ち逃げは許しません! 高等部にいらっしゃらないと思ったら、こんな所にいるとは……!」


「……どこに行こうがアタシの勝手だろ。大体勝ち逃げってなんだよ」


「ふっ、ここであったが百年目! わたくしと勝負をしていただきます!」


「勝負って言われたら……まあ受けるしかねえけどよぉ……」


 竜乃ちゃんはあまり気乗りはしないようでしたが、健さんからの挑戦を受けて立つこととなりました。




「……では、学生らしい対決といきましょうか」


「学生らしい……?」


「学生の本分は勉強! よって学力対決です! 五教科テストの合計得点で競いましょう!」


「テスト~? 問題はどうすんだよ?」


「それは今から教員の皆さま方に作っていただきましょう」


「え⁉ 私たちが作るの?」


 先生が露骨に不満そうな声を上げます。


「理事長さんに特別手当について相談してあげても……」


「五分で作ってきま――す‼」


 先生はダッシュで教室の外へ消えていきました。ダメだ、あの先生……。そして五分後、


「作ってきたわ!」


「マ、マジか……」


「では早速参りましょうか! まずは国語からですわ!」


「せっかくだから皆もやりましょう! 抜き打ちテストよ!」


「「ええっ⁉」」


 先生の思い付きに対してクラス全員で思わずハモってしまいました。とんだ巻き込み事故です。これはエラいことになった……と思いながら、私たちも五教科テストに臨むことになりました。む、難しい……私は頭を抱えてしまいました。これは高一の四月の時点で解ける問題ではないのではないでしょうか。最前列の方を見てみると、健さんが凄まじい勢いで問題を解いていっています。一方、竜乃ちゃんも一応ペンを持って起きてはいますが、問題を解いているのかどうかはよく分かりません。五教科全てがその調子でした。


「はい、時間です! それでは答案を回収します」


 何か無駄にぐったりしてしまいました。先生は採点すると言って再び教室を出て行きました。というか、ホームルームだけではなく、授業時間も大幅に使ってしまっていますが、大丈夫なんでしょうか、この学校……。しばらくして先生が戻ってきました。


「お待たせしました。採点が終わりました。まず伊達仁健さん……合計493点!」


「「おお~」」


 ほぼ満点という好成績に教室がどよめきます。


「オ~ホッホッホ! 至極当然の結果ですわ! わたくしこの春休み中に、高校レベルの学習内容は既に済ませておりますの。それ程大騒ぎすることではありませんわ」


 そう言いながらも、健さんは満更でもない様子です。


「では、龍波竜乃さん……498点‼」


「んなっ……⁉」


「「ええっ⁉」」


 まさかの高得点に私も思わず声を出してしまいました。


「ああ~数学のあそこ、ミスったか~」


 嘆く竜乃ちゃん。唖然とする周囲。私も失礼ですが、竜乃ちゃん頭良かったんだ……と思ってしまいました。


「そ、それではこの勝負は龍波さんの勝利ということで……」


 先生の言葉に反応した健さんはガタっと立ち上がり、隣の竜乃ちゃんをビシッと指差して、こう言い放ちます。


「ま、まだよ、勝負はこれからですわ!」


「え~? まだやんのか? もう昼だぞ?」


 竜乃ちゃんがウンザリした様子で答えます。午前の授業時間はすっかり終わってしまいました。しかし、私たちまでテストを受けた意味はあったのでしょうか……。

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