第4話(4)紅白戦3・4本目
【3本目】
1分…白組、丸井から龍波へ縦パスが入る。龍波、趙にパスを出そうとするが、武のタックルを受け、倒れる。
「ぬぉ⁉アッキーナが下がってくるなんて聞いてねーぞ!」
「そりゃ言うてへんからな! フォワードも必要とあらば守備せなアカンねんで、覚えとき」
秋魚が手を差し出し、竜乃を引き起こす。
4分…白組、姫藤、丸井からのパスを趙と交差しながら受ける。すぐさま斜め前に走る趙に預ける。紅組の池田と桜庭、互いのマークの受け渡しに一瞬戸惑う。趙、追いついてきた桜庭をかわし、内に切れ込んで左足でシュートを打つもジャストミートせず、ゴールの右に外れる。
8分…白組、丸井からのパスを右サイドで受ける趙、中央の龍波にパスを出すと見せかけ、ヒールで後ろに流し、攻め上がってきた白雲に渡す。白雲、ゴール前にボールを上げるも永江がキャッチ。
10分…白組、丸井のパスを姫藤がスルー(触らない)、龍波、武と競り合いつつ、左サイドにボールを流す。走りこんだ姫藤、キープを試みるも、緑川が足を伸ばしてカットする。
「そろそろですかね…」
緑川が呟き、武に目くばせをする。武は黙って頷いた。
12分…白組、趙、中央で武のマークが外れた龍波にパス。龍波、ダイレクトで縦に走りこむ趙にワンツーを狙うも、緑川にカットされる。緑川、すぐさま松内にパス。松内、白雲をかわして、高いボールを送り込む。そのボールに反応して武が走りこむ。
(ハイボール⁉ 体を寄せなきゃ!)
私はゴール前に走りこんできた秋魚さんと競り合う形となりました。高さ勝負では分が悪いですが、せめて体を寄せれば、自由にシュートを打たせないことは出来ます。しかし、秋魚さんはヘディングシュートを狙わず、頭でボールを自分の後方に逸らす、いわゆるバックヘッドを行います。そこには走りこんできた池田さんがいました。池田さんは冷静にボールをトラップすると、一度キックフェイントを入れました。このフェイントによって、キーパーの脇中さんだけでなく、自陣に急いで戻ってきた聖良ちゃんの体勢を崩すことに成功しました。そして池田さんは落ち着いてボールをゴールに蹴りこみました。ついに先制を許してしまいました。
「イエーイ、やったー」
マイペースに喜ぶ池田さんを苦々しく見つめる聖良ちゃんを私は引き起こします。
「ごめん、桃ちゃん……戻りが遅れたわ」
「私も秋魚さんが囮だと気が付かなかったよ……そもそも竜乃ちゃんをフリーにした(マークを外した)のも誘いだったんだ……」
スコアはこれで0対1。私たち白組は1点を取り返さなければなりません。
14分…紅組、中央でボールを拾った松内、白雲と趙を引きつけた状態で、斜め前のスペースにボールを送る。走りこんだ桜庭がそれを受け、ドリブルで運んで左足でシュートを放つが、ボールはわずかに左に外れる。
「3本目終了!」
レフェリーを務める小嶋の声。紅組の1点リードで、ラストの4本目を迎える。
<紅組ベンチ>
「しかし随分ゴール前で落ち着いていたね、弥凪」
「まあ、急いで戻ってくるツインテちゃんが視界に入ったしーこのまま打ってもブロックされちゃうかなーって」
桜庭の言葉に池田が飄々と答える。
「さて、ラストはどうする、美智?」
「ウチは変わらず竜っちゃんマークか?」
永江と武の問いに、緑川が落ち着いて答える。
「そうですね……守りを固めるという訳ではありませんが、3本目のままでいきましょう。向こうは前がかりになってくるでしょうから、隙があればカウンターで2点目を狙っていきましょう。千尋さん、守備は最低限で良いので、チャンスがあれば狙っていてくださいね」
俯いていた松内だが、呼吸を整え、顔を上げると、髪をかきあげながら、緑川に答えた。
「ふふっ、とどめの一撃は僕にお任せあれ」
<白組ベンチ>
「アフロ先輩は引き続き、竜乃のマークかしらね、どうする桃ちゃん?」
聖良ちゃんの問いに私は答えます。
「向こうはカウンター狙いだろうね……ただ、こちらは攻撃に人数を掛けて、多少のリスクを冒さざるを得ないよね」
「桃ちゃんも前にポジション取る?」
「いや、それは本当に終盤になってからかな……流ちゃん」
私は流ちゃんに声を掛けます。
「は、はいっス」
「流ちゃんも上がって良いよ、さっきみたいにクロスをどんどん上げよう」
「分かったっスけど……自分まで上がって大丈夫っスか?」
「松内さんは体力余り無いみたいだからね……注意していればそうそう振り切られないと思う」
すると、竜乃ちゃんがSOSを出してきました。
「ビィちゃん~どうすれば良い?常に二人に挟まれている感じでキュークツなんだよ~」
「う~ん……さっきと逆のことを言って申し訳ないんだけど、ボールを貰いに行くだけじゃなくて、ボールから敢えて離れる動きも混ぜてみようか。とにかくもっとがむしゃらに動きまわってもいいかもしれない」
「ハチャメチャに動いても良いってことか?」
「極端に言えばそうだね。本当はオフサイドのこととか気にしなくちゃいけないけど……今はとにかく自分についているマークを振り切る、フリーになる練習だね、常に秋魚さんの逆をいくことを意識してみようか」
「分かったぜ。ボールから離れたり、アッキーナの逆をとることを意識……」
ぶつぶつと私のアドバイスを繰り返している竜乃ちゃんには聞こえないように、私は聖良ちゃんと莉沙ちゃんに声を掛けます。
「とは言っても、キャプテン……緑川さんも目を光らせているから厳しいことには変わりないと思う。二人でいけると思ったら二人でいっちゃっても良いよ」
「分かった」
「竜乃の突拍子もない動きで、向こうも少しは混乱するかもしれないわね……まあ、状況に応じて攻めてみるわ」
二人は私の指示に頷いてくれました。更に私は脇中さんに声を掛けます。
「脇中さん、終盤点が欲しいときは高いボールをゴール前に蹴って下さい。パワープレーです」
パワープレーとは身長の高い選手やヘディングの強い選手にボールを集め、そこを起点に力押しすることです。身長差では正直こちらの分が悪いのですが、とにかくゴール前にボールが転がればチャンスは巡ってくるはずです。
「ああ、分かった」
脇中さんが頷いたところで、美花さんの皆を呼ぶ声が聞こえます。ついにラスト4本目です。
【4本目】
1分…白組、趙がドリブル突破を試みるも、桜庭がカット。こぼれ球を姫藤、ダイレクトでゴール前へ。白雲が走りこむも、このパスはやや長く、永江の守備範囲内。
3分…白組、龍波が中央からサイドへ移動。空いたスペースに姫藤がドリブルで入り込む。緑川が対応するが、姫藤はすぐさま斜め前に走る趙にパス。通ればチャンスだったが、池田が足を伸ばしてカット。
5分…白組、龍波が突如ハーフライン近くまで下がる。それにつられて武が前に出る。丸井、武の後ろのスペースに浮き球を送る。それを受けた姫藤、趙とワンツー。姫藤、池田と桜庭の間を突破。緑川を抜きにかかるも、緑川は冷静にボール奪取。
「金髪ちゃんに惑わされない方が良いかもー」
池田が緑川に告げる。
「そうですね……目立つ彼女を囮にするということかもしれません。……こちらも追加点を狙いにいきますか。美来、ちょっと」
緑川が桜庭を呼びよせる。
8分…紅組、桜庭、池田にパスを送るが、池田すぐに桜庭に返す。桜庭、キーパー永江に戻す。白組、白雲が追いかけるも、永江ダイレクトで前方へ。右のサイドラインを割りそうになるが、松内がトラップして残す。丸井が奪いにいくが、松内が横パス。中央を上がって来た緑川に渡す。緑川、そのままドリブルで持ち上がりシュート体勢に入るが、丸井も懸命に体を寄せる。緑川シュートを打てず、ゴールに背を向ける。戻ってきた白雲に挟みうちの体勢をとられるが、ボールをスッと自らの左側にアウトサイドで流す。そこに走りこんできた松内右足で鋭いシュート。脇中も届かない位置だったが、ボールはポストに当たってわずかに左に外れる。
「ごめんね、流ちゃん、よく戻ってくれたよ」
「キャプテンが攻め上がってくるのは初めてっすね…」
(カバーリングを桜庭さんに任せてはいるけど……リスクを冒して追加点を取りにきた。追いかけるこちらが後手に回ってしまった。さあどうするか……)
私は脇中さんに近づき声を掛けました。
「え、いいの?」
「はい、お願いします」
10分、白組、白雲、拾ったボールを脇中へ下げる。脇中ゆっくりとドリブルで持ち上がる。松内が奪いにいくが、脇中素早くボールを前方へ。ボールは高さのある龍波ではなく、丸井に。丸井、姫藤との早いパス交換から、シュートを放つ。ボールはゴール上方へわずかに外れる。
(パワープレーで龍波さんに上げてくるかと思いましたが……よりプレーの確実性が高い丸井さんにボールを集めるということですかね……彼女に自由にボールを持たせるとやはり危険……ここは私が付きますか)
そう考えた緑川は龍波に注意しつつも、丸井がボールを持ったときにすぐ対応できるようなポジションニングを取った。
13分…白組、趙が戻したボールを脇中ダイレクトでハーフライン付近の丸井へ。少し強いボールだったが、丸井見事な胸トラップ。
相手ゴールに背を向けた状態の丸井に緑川が迫る。
(強いボールも難なくトラップ! 流石です。ただその体勢なら振り向くにしろ、左右どちらかにパスするにしろ、どうしてもワンクッション必要……そこを狙う!)
しかし、丸井は緑川の予想を上回った。振り向かずに後ろ向きのまま、かかとを使って前方にパスを送った。
(⁉ ノールックでヒールパス⁉)
虚を突かれた緑川の股下を抜けたボールにいち早く反応したのは龍波だった。左サイドから中央にボールを受けにいく。武もワンテンポ遅れたがこれについていく。
(遅れてもうた! ただキープしたところを寄せて奪うで!)
だが、龍波はキープをせず、左足でボールをフリック(軽く触ってボールの軌道を変えること)する。ボールはまたも意表を突かれた紅組のDFラインの裏に抜け、所謂スルーパスが通ったような形となった。これに反応したのは姫藤のみだった。GK永江と1対1の体勢になる。永江が飛び出して、姫藤との距離を詰める。シュートコースを狭めるためである。姫藤が体の重心をわずかに右に傾ける。
(! シュートを打たずに、私の左側を抜けるつもりか!)
永江が自身の体を左に倒す、手を伸ばせば十分ドリブル突破を防げる。姫藤はそれを見て、冷静にパスを左サイドに送る。永江の逆を突いた形だ。これを自陣から猛然と駆け上がってきた趙が落ち着いてボールを無人のゴールに流し込む。これでスコアは同点。白組が追いついた。
「ナイスパスだったでしょ?」
「ごっつあんです」
軽口を叩きあいながら両手でハイタッチを交わす、姫藤と趙。
(自分が決める、ってタイプかと思いましたが、あそこでパスも出せるとは……驚きましたね)
緑川は内心、姫藤のプレーに感心した。
15分…白組、丸井がボールを要求しつつゴール前に走る。白雲そこにボールを送ろうとするが、松内の足に当たり、ボールが高く上がるが、それでもボールは丸井の元に。
丸井がボールの落下点にいち早く入り、ジャンプした。それを見た緑川はこう判断した。
(わざわざ飛んだということはトラップしてキープは無い。動きを一つ省くため……もう一度ダイレクトプレーのはず……ヘディングで斜め前に落とし、そこに姫藤さんを走りこませる!)
緑川の視界に入っているのは、右サイドを走る姫藤の姿。ここに繋がれば、白組のチャンスである。しかし、丸井はそちらを選択しなかった。体を捻って自分の左斜め後ろに向かってボールをヘディングした。
(⁉ 左サイドに⁉ 誰がいる?)
驚いた緑川の目に飛び込んできたのは、一瞬のスキを突いて、武のマークを外した龍波の姿であった。龍波は自身の斜め後ろから飛んできたボールに対し、躊躇なく左足を振り抜いた。放たれたシュートは強烈であったが、惜しくもクロスバーを叩き、ゴールの上に外れた。直後に小嶋が手を上げて笛を吹く。紅白戦終了の笛。スコアは1対1であった。
試合は引き分けに終わりました。私はシュートを外して悔しがる竜乃ちゃんに声を掛けます。
「ドンマイ、竜乃ちゃん。難しいボールだったと思うけどよくシュートを撃ったよ。それに完全に秋魚さんのマークを外していたね、本当に凄いよ」
「いや~でも良いボールだったぜ、ビィちゃん。だから決めたかった~」
「次は決めれば良いよ」
「丸井さん」
緑川さん……キャプテンが話しかけてきました。
「最後はナイスパスでした。龍波さんが見えていたんですか?」
「いえ、なんとなくの位置は把握していましたが、完全には……咄嗟の判断です」
「サラッと凄いこと言うわね……」
横で聞いていた聖良ちゃんが呟きます。
「楽しくいきましょうとは言いましたが……何だか本当に楽しみになってきましたよ」
キャプテンは笑顔でそう言って、永江さんたちの方に歩いていきました。同学年同士で固まって話をしていると、パチパチパチと拍手の音がしました。
「皆、ナイスファイトよ! 先生感動しちゃったわ! やっぱり良いものよね、青春の汗と、懸命に打ち込む若者の姿って!」
拍手の主はすっかり忘れていましたが九十九先生です。一応ジャージに着替えていました。健闘を讃えてくれるのは良いのですが、疲れているところにハイテンションで来られると、正直……若干イラッとします。するとキャプテンがすっと先生の前に進み出ました。
「先生、ケジメの第1弾、思い付きました」
「えっ⁉ はっ⁉ ケジメ⁉ しかも第1弾⁉」
「来週の試合に勝ったら、全員に焼肉でも奢って下さい」
「えっ……い、いや全員に焼肉って、それは幾らなんでも……」
「お願いしますね……!」
「ヒィッ……わ、分かったわ」
キャプテンは皆の方に振り返って笑顔で言いました。
「楽しみが増えましたね、頑張っていきましょう」
「「は、ははは……」」
私たちは苦笑いするしかありませんでした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます