第8話 可愛い犬達……?




「うさぎ様!」


「鵜鷺様!」


 どうしてこうなった。

 俺は思わず遠い目をしてしまう。



 ♢♢♢



 姫を拉致しようとした二人に、許可を得ておしおきを決行した。

 俺は別に更生させようとしていたわけじゃない。

 どうなろうと構わなかったし、退学するならそれだけ弱かったということ。そのぐらいにしか思っていなかった。


 それなのに、あれから何故か懐かれた。


 まるで子犬の様に顔を輝かせて、俺にまとわりついてくる。

 最初は気味が悪くて、ちぎっては投げちぎっては投げていたが、二人ともどМだから俺のその行動はただのご褒美にしかならなかった。


 それに気づいた時には、もう手遅れ。

 完全に俺から離れようとしなくなり、昼休みも放課後も時間が出来れば保健室に来るようになった。

 これが純粋な憧れとかそういうものだったら、俺も邪険にしなかったのだが、これは無理だ。




 生意気そうな顔をした方が一号、チンピラ風の方は二号と呼んでいる。

 まるで犬の様だったからからかうために呼んだのだが、本人達には喜ばれてしまって、逆に俺のダメージが大きかった。


「一号」


「はい! 何でしょうか?」


 俺が呼べば走って駆けつけてくる一号は、躾が上手くいかなかった柴犬みたいだ。

 懐いてはいるが、そのやり方がおかしい。


「これは、なんだ?」


「はい! 鵜鷺様が喜ぶと思って、実家から取り寄せた化粧品です!」


「……俺が喜ぶと思ったのか、そうか」


 俺のどこに化粧をする要素を見出したのか、何かしらのフィルターでもかかったのか、俺を見る目がおかしい。


「鵜鷺様に似合います! これとか新商品で……」


「……そうか」


 一号の家は、某老舗化粧品メーカーだからか、貢物のように化粧品を持ってくる。

 新商品だと言われても、俺には全く分からない。

 からかっているわけではなく、本気でプレゼンしてくるから扱いに困ってしまう。


「俺としては、鵜鷺様に赤が似合うと思うので、これがおすすめなんですけど」


「はっ! うさぎ様がそんなので喜ぶわけねえだろ!」


「あ!? 何言ってんだよ」


 一号と二号は一緒に計画を立てていたくせに、馬が合わないようだ。

 今もがるがると唸りながら、近い距離で睨みあっていた。


「うさぎ様は、そんななよなよしている物よりも、こっちの方が良いんだよ!」


 そう言って二号が取り出したのは、金属バットだった。

 二号の家はスポーツ用品を製造しているメーカーで、二号には優秀な兄がいるから、反抗期を迎えてこんな状態になったらしい。

 まるで躾が上手くいかなかったシェパードだ。

 見た目は悪くないのに、壊滅的にセンスが無い。

 さすがに柄シャツは、少し引く。


「これを持って無双するうさぎ様は格好いいだろう!」


 化粧品よりは、まだいいかもしれない。

 でも金属バットでどうすればいいというのだろうか。

 これで、どこかにカチコミにでも行けと言うのだろうか。

 そう聞いたら期待されそうなので、俺は我慢して受け取った。


「見ろ! この立ち姿! まるで鬼神のようだ!」


 鬼神ってなんだ。

 俺はため息を吐いて、そして机の脇にバットを置いた。

 いちいち過剰に反応してくるから、やりづらいと言えばやりづらい。

 でも完全な好意のせいで、俺も無下には出来なかった。


「どうしてそんなに俺のところに来るんだ。ちゃんと勉強しているのか? さすがに来すぎだと思うが」


 一番の心配は、そこである。

 俺の元に頻繁に来ているから、勉強している時間も無さそうだ。

 せっかく退学は免れたのだから、学生としてきちんと生活を送った方が良い。

 そう思って言えば、何故か絶望した顔をされた。


「鵜鷺様は、俺達のことが迷惑なんですか?」


「もしかして顔が見たくないぐらい……?」


「違う。そうじゃなくてな。勉強にはついていけてるのか? 勉強が出来なくて退学なんて、笑いものにしかならねえぞ」


 更には泣きそうにまでなったので、俺は慌てて言いかえる。

 どうして俺が気を遣わなければならないのかと思うが、泣かれたら俺の噂が余計に酷くなってしまうだろう。

 こういう仕事は評判というのも大事なので、これ以上変な話を広められたくない。


 そういうわけでぎこちなく頭を撫でながら褒めていれば、分かりやすく顔が輝いた。


「鵜鷺様!」


「うさぎ様!」


 そのまま飛びついてきたので、何とか二人とも受け止めたが、それでも支えきれずに後ろに倒れそうになってしまった。

 でも俺が倒れることは無く、後ろから誰かが俺の背中を支えてくれた。


 第三者が、いつの間にか保健室に入っていたらしい。

 たまたまだとしても助けてもらったから、顔をそらしてみれば、そこには見知った顔があった。


「お。犬山」


 俺の後ろにいたのは犬山だった。

 大きいから安定感がある。

 最近来なくなっていたから、姫と上手くやっているのかと保護者の気分になっていたが、雰囲気がおかしい。


「どうした? また怪我でもしたか?」


「うさぎ先生……こいつら、誰?」


 何故かいつものようなヘタレが無く、俺でもゾクりとするような恐怖があった。



 ♢♢♢



 現在、保健室は重苦しい空気に覆われていた。

 俺と一号、二号が並んで座り、その前を犬山が腕を組んで立っている。

 何故か怒られているような感じがして、自然と俺達三人は正座をしていた。


 大人の威厳もへったくれも無いが、何かを言える雰囲気じゃない。


「それで? こいつらは姫を拉致しようとして、うさぎ先生にお仕置きされた。そこから何故か懐かれた、そういうことですか?」


「……まあ、ざっくりと言えばそんな感じかな?」


「ふうん」


 いつものわんこが、今は見る影もない。

 俺はどうしてこんなことになったのかと、意識を遠くへ飛ばしてしまいそうになる。


「うさぎ先生」


 そんな俺の考えを読んだかのように、犬山が名前を呼んできた。

 思わず背筋が伸びてしまい、同じように一号と二号の姿勢も良くなった。


「一つ聞いてもいいですか?」


「……なんだ?」


 何を言われるのか。

 俺は犬山の次の言葉を、緊張しながら待っていた。

 真剣な表情をしている犬山は、その顔のまま唸った。


「俺のこと捨てて、そいつらにするの?」


「……………………はあ?」


「だから、俺のことを捨てて、そいつらを飼うつもりなんでしょ!」


「…………………………ちょっと一旦整理させてくれ」


 つまり犬山が怒っているのは、一号と二号を俺が犬として飼いだしたと思ったからか。

 なるほど、意味が分からない。

 まず言いたいのは、それでいいのかということだ。

 一号と二号もそうだが、完全に犬扱いなことをおかしいと思うべきだろう。


 そして、そこまで犬山が俺に懐いていたのにも驚きである。


「嫌だ! そんなこと言って、俺を捨てる気なんだ!」


「鵜鷺様、どういうことですか!?」


「うさぎ様、こいつが嫌なら排除しますけど?」



「……勘弁してくれ」


 一気に騒がしくなった保健室に、俺は頭が痛み出すのを感じながら、今度こそ現実逃避した。




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