第6話 たまに来る変な奴
この学園の五大変態は今まで紹介した奴らだが、他の生徒がみんな普通かと言ったら全然そうじゃない。
大なり小なり、全員どこか価値観がおかしかった。
全寮制のお坊ちゃま校、外からの侵入は完全に無理なセキュリティレベル、外泊も長期休暇か余程の事情がない限りは認められない。
だから恋愛対象がこの学園にいるうちは、生徒や教師に向けられる。
外に恋人を作っている者もいるが、それは少数である。
婚約者がいる者でも、ここにいる間は恋人を作ってひと時の恋愛を楽しむ。
恋愛は自由だし、人に迷惑をかけなければ勝手にすればいいと思う。
しかしここの生徒は養護教諭を何だと思っているのか、俺に相談をしてくるのだ。
ここは保健室である。
怪我をしたり体調が悪い時に来い、そう言いたいが無下に扱うことも出来ない。
しかし納得がいかないのは、ここにはお悩み相談を聞く専門の人間がいることだ。
そちらに話をすればいいのに、どうして俺を選ぶのだろうか。親身に相談を聞いていないのに、意味が分からない。
ここに相談しに来る中で面倒なタイプなのは、親衛隊に所属している生徒だ。
顔が整っていて人気のある生徒には、必ず親衛隊という名のファンクラブがいる。
同じ生徒を応援して付きまとうのはどうかと思うが、本人達が満足しているので俺がとやかく言うものではない。
穏健派と呼ばれるものから、過激派と呼ばれるものがあり、相談しに来る割合は後者の方が圧倒的に多かった。
そしてその内容は穏やかじゃない。
もちろん五大変態にも親衛隊はいるので、姫に対して邪魔という感情を抱きそうなものだが、意外にも受け入れられている。
むしろ姫の容姿もいいらしく、一緒にいるところを見ると目の保養になるらしい。
だから相談事は何かというと、基本的にはこうだ。
「もっと可愛くなるにはどうしたらいいですか?」
知らん。
その内容を聞いて、真っ先にそう思ってしまう。
可愛くなるのは別にいいが、どうしてそれを俺に相談してくるのか。
俺がまともなアドバイスを出せると思っているのなら大間違いだ。
大体こういう相談ばかりなので、俺も対処の方法が分かってきた。
「とりあえず、ここに行ってみろ」
この学園には美のカリスマと呼ばれる生徒がいるらしい。
らしいというのは俺自体はその生徒を見たことが無く、隠村から聞いたのを、そのまま紹介している。
その生徒は本当に凄いようで、後日お礼に来る生徒は一皮むけたように綺麗になっていた。
そのうちお礼を言いたいが、俺がいきなり現れるのはマズいだろうと、隠村に頼んで保健室にでも呼んでもらおうと計画している。
親衛隊の他に面倒なのは、酔狂な生徒だ。
何が楽しいのか、俺に対して興味を持っているのがいる。
恋人の有無や、好きなタイプを聞かれるが、きちんとした答えを返さずに誤魔化していた。
しかし、しつこいというか変な奴もいる。
♢♢♢
「うさ先生、今日も綺麗だ。その瞳を私にもっと見せて」
「はいはい。分かった分かった。俺は綺麗じゃないから、さっさと寮に帰れ」
「つれない人。そんなところも魅力的だが」
鳥肌が立つ、というのはこういうことか。
顎に指が触れて、無理やり顔を上げられ耳元で囁かれる。
ぞわぞわと耳から入った吐息が、物凄く気持ち悪かった。
「おっまえ、本当に趣味が悪いよな」
「謙遜しないで。あなたの美しさは、国宝レベルだ。叶うのならば私のものにしたいが、そうしたらたくさんの人間に恨まれてしまうからね」
言葉が甘すぎて、逆に信じられない。
完全にからかわれているので、俺も受け流している。
「へーへー。大変だな。それで今日は何をしに来たんだ?」
「そんなに話を急がないでよ。あなたと過ごせる時間を、少しでも伸ばしたいという私の気持ちを知ってください」
「あー、そうですか。それは大変だな。さっさと用を言わないのなら、俺は仕事に戻っていいか」
「まあまあ。うさ先生にとっても大事な話だから。仕事の邪魔はしたくないので、話しますけど」
恭しく頭を下げた男の名前を、俺は知らない。
生徒かどうかすらも分からなかった。
外からの侵入者に対するセキュリティは高いと言ったが、まるで野良猫のような雰囲気なので、のらりくらりと簡単に入れそうだ。
制服すら来ておらず、誰もいない時を見計らって現れる。
いつの間にか消えてしまうことがあるから、俺の幻覚かもしれない。
俺のことをうさ先生と呼び、その年齢は不詳。
もしも学園の生徒であれば、騒がれているだろう容姿だ。
見た目は真面目そうな眼鏡だが、その中身は俺に口説き文句を言ってくる変な奴。
今のところ害をなすような感じが無いから、急に侵入して来ても許しているし、その情報も有益なので口説き文句を我慢して話を聞いている。
「俺にとっても大事な話?」
「ええ。最近、不穏な動きをしている人がいるのは、うさ先生も気づいているだろう。台風の目の周りは、いつも騒がしいから」
こいつは姫のことを台風の目と呼ぶ。
確かにそれは言い得て妙だと、俺としてもその呼び方は少し気に入っていた。
「いつものように唯島じゃないのか」
「どうやら違うみたいだねえ。彼の時は分かりやすいから。今回は臭いが違う」
分かりやすいと言われた唯島に対しては、同情する。可哀想に。
今まで行われそうだった唯島の計画を未然に防げたのは、こいつのおかげだ。
情報屋なのではないかというぐらい、学園内外のことに精通していて、唯島の襲撃する際の情報や親衛隊の制裁などの情報をリークしてもらっている。
それがあまりにも正確なので、俺としては何かが怒る前に止められるから重宝しているが、余計に正体が気になってくる。
「何日ぐらいに起きそうなのか分かるか?」
「ごめんね。調べてはみたんだけど、ここ一週間のうちに台風の目に何かをしようとしているところまでしか掴めなかったんだ」
「いや、それだけで十分だ。いつも助かる」
「そんな。うさぎ先生の力になれるなら、私はたとえ火の中水の中飛びこんでも構わないよ」
「はいはい。飛び込まなくてもいいから」
情報はいいのだから、この口説き文句みたいなのをどうにかしてくれないだろうか。
男に迫られて喜ぶわけもないし、第一言葉が軽すぎる。
チョコレートに砂糖をまぶして、さらにそこにハチミツを足したぐらい甘いので、毎回鳥肌が立ってしまう。
こんな目つきの悪いおっさんをからかって、何が楽しいのか。
俺には全く理解出来ない。
「今回の報酬な。全く、もっと早く来るのを知らせろよ。昨日の夜に急に言われても、凝ったものを用意出来ないんだからな」
「それは申し訳ないけど、いつ来られるのか分かるのがギリギリだから許してもらえないかな。それにいつも美味しいから、凝ったものを作らなくても嬉しいよ」
情報をもらう報酬として、俺は手作りの食べ物を渡している。
最初に教えてもらった時、何が欲しいか聞けば向こうからリクエストされたのだ。
釣り合っていないのではと思うが、クッキーなどの簡単なもので喜んでくれるから俺としてはありがたい。
「それじゃあ前日の放課後までに分かれば、その時は教えてくれ。材料さえ買えれば、何とかなるからな」
「……いいのかい?」
「いいに決まってるだろ。それぐらいのことはしてもらってる。何か食べたいものがあれば、リクエストしてくれ」
あらかじめ用意できていれば、何とかなる。
いつものお礼になんでも作ると言えば、少し目をそらした。
「それじゃあ、お弁当を作って欲しい」
「弁当?︎︎ そんなもんでいいのか?」
「それがいい」
恥ずかしそうに笑う姿に、いつもの口説き文句の方が恥ずかしいと思ったが、思考回路が違うのだろうと指摘しなかった。
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