第73話 ……まさか、人違いですよね?

「ここが……アース様が来たかった場所ですか?」


「うん、どうしても見ておきたかったんだよね」


 目の前の看板には『古代文明魔導具展示会』と書かれている。


 ここは魔導具コレクターが世界中から珍しい魔導具を持ち寄ってコレクションを自慢するための場所だ。


 古代文明では魔導具作りが盛んだったようで、まったく役に立たないものから、街一つを滅ぼせるものまで多くの魔導具が世に解き放たれてきた。


 そんな魔導具を通して、古代文明の文化や時代背景に触れることができる。


 アースはここを訪れた理由についてそう熱弁したのだが……。


「そ、そうですか……」


 あまりにも早口でまくしたてられたせいで、カタリナは若干身体を引いている。


 基本的に世話焼きで常識的なアースだが、魔導具について語り始めると面倒くさい人間だったからだ。


「さあ、早速入ろう!」


「わわっ、待ってくださいよ。アース様」


 目の前に様々な魔導具があるのに興奮したアースは、無意識にカタリナの手を握ると歩き出した。


 カタリナはチラチラとその手を見つつも嬉しそうについていく。


「こちらで入館料をお支払いください」


 中に入ると受付があり、館内図を配っていた。


「あっ、私が払いますから」


「いいって、僕の趣味に付き合ってもらってるんだから」


 アースは強引に二人分の入館料を払うと館内図を受け取って中へ入っていく。館内は薄暗く、中にはまばらに客がいる程度だ。


 ショーケース越しに魔導具が展示されていて、手前には説明文と数字が入った札が置かれている。


「うわぁ、これは凄い」


「そうなのですか?」


 静寂が支配しているのであまり大きな声を出すわけにもいかず、カタリナは少し見上げるとアースと視線を合わせた。


「これなんだけど、人を操って任意の状況を作り出すことができる魔導具なんだ。基本的に人間の行動で未来が確定するって理屈があるんだけど、この魔導具は未来を確定させた上で周囲を動かすことができる。それがどれだけ凄いことかわかるかい?」


「未来を確定させる魔導具……そんな物が存在するなんて……」


 カタリナは喉を鳴らすとアースに質問をする。


「一体、どのような未来を確定させるのでしょうか?」


「不幸な未来だね」


「えっ?」


 聞き間違いと思ったカタリナだが、アースは説明を続けた。


「これは『不幸のネックレス』と言って全部で五つの宝玉があるんだけど、身に着けていると不幸な事態に巻き込まれるんだ」


 アースは饒舌になり説明を続ける。以前ラケシスが身につけた『ハプニングネックレス』と原理が同じ物が飾られていたことに興味を惹かれた。


「最初は一つめの宝玉が輝くんだけど、不幸な事態が起こるたびに宝玉に輝いて最後まで行くと……」


「行くと?」


 カタリナはゴクリと喉を鳴らす。その表情を見たアースは話過ぎたと反省して表情を崩すとショーケースを見た。


「この鑑定した人はそこまで知識がなかったみたい。『呪いのネックレス』……身に着けた人物はすべて非業の死を遂げているってさ」


 効果自体は間違っていないので呼び方くらいなら訂正する必要はないだろう。


「この隣にある数字ってなんでしょうか?」


 アースは美術館側に訂正するように言おうか悩んでいると、カタリナが質問をしてきた。


「これは値札だね。二十万リラ……結構するなぁ……」


 この展示会は単にコレクターが自慢するための場所ではなく、一部の魔導具については販売を行っている。


 そこかしこではオーナーと思われる商人と購入希望の人間が顔を突き合わせ値段交渉をしている様子も見える。


「もしかしてアース様、欲しいんですか?」


 魔導具をじっと見ていたことでカタリナは誤解をしたようだ。


「いや、運命を確定するという発想は面白いからね、分解してどんな仕組みか調べたいなとは考えていたよ」


「そうですか」


 カタリナは納得するとアースの顔を見た。


「それより次に行こうか」


 アースはそう言うとカタリナを促す。


「こちらは……眼鏡のようなものでしょうか?」


「これは『真偽のグラス』だね、相手に質問をして真偽を判定することができる。嘘を言った場合は【×】が本当なら【〇】が浮かぶらしいよ」


「それは何とも便利な魔導具ですね……」


 聖国の会議で使えば面白いことになりそうだ。


「値段は……二百万リラ。屋敷が買えちゃうね」


 流石にちょっとした嘘を見抜くために出せる金額ではない。


「出展理由が『この魔導具のせいで浮気がバレて酷い目に遭ったから手放す』だってさ。悪いことはできないもんだ」


 アースはしみじみとそんなことを呟くと……。


「アース様はそのようなことしないから安心ですね」


「も、もちろん」


 リーンのバスローブ姿がや、ラケシスの潤んだ瞳が浮かぶ。昨晩のカタリナの裸体も思い出し、アースは顔が熱くなるのを感じた。


「アース様?」


「そ、それより先に行こうか」


 疑いの眼差しを向けたカタリナの背を押すと、アースは誤魔化す。


 部屋を移動すると、一際広いフロアになっており、そこには巨大な魔導具が置かれていた。


「これは……凄いよ」


「そうなのですか?」


 アースの驚き顔をカタリナはじっと見る。


「これは【魔導アーマー】と言って古代文明に作られた戦争用魔導具なんだ」


 かつての文明は今よりもずっと発展していた。そのころの魔導具を見たアースは興奮を隠しきれなかった。


「見たところ、修復も完了しているし、魔力の補充も終わっているね」


 魔力が足りているのか、ゲージが点灯しているのをアースは確認した。


「だけど、これだけだと動かせないんだよね」


「どうしてでしょうか?」


 アースの説明にカタリナは首を傾げる。


「魔導アーマーは古代文明が作った戦争兵器だからね、簡単な手順で動かせないように何重にも防犯機能が施されているんだ。ここの裏に、正しいコードを入力する操作装置があるんだよ」


 そう言うと、二人は魔導アーマーの背に回り込む。


 魔導アーマーを動かすには起動に必要なコードを正しく入力する必要がある。だが、これを解除できる人間は少なく、現時点では動かすことは不可能だ。


「これも売り物なのかな? 値段は……うん、高いのは知ってた!」


 見た瞬間にアースは諦めた。とてもではないが手が出る金額ではなかったからだ。


「御興味を持たれましたか?」


 関係者なのか、技師の服を纏った男がアースに話し掛けてきた。


「確かにちょっと欲しいですけど、起動ができてないですからね」


「わかるのですか?」


 アースの言葉に技師は驚く。


「せっかく修復して魔力まで補充したのですが、最後の防犯機能で行き詰ってしまっていて……」


 悔しそうな表情を浮かべる技師。アースにはその技師の気持ちが痛い程にわかった。


 古代文明の装置を修復して動くのを見るのは男の浪漫だからだ。


「本当に残念ですよ、やりようによっては動かせそうなんですけど」


「と言うと?」


 藁にも縋る気持ちで、技師はアースに質問をする。


「あちらに展示してある『真偽のグラス』を使えばコードの手順をしらみつぶしに当たれますからね。もっとも、あれを買うとなると途轍もない金額になってしまいますけど……」


「なるほど……そのような展示品が……」


 アースが笑うと、技師は口元を手で覆い、真剣に検討を始める。


 実際のところ、アースならばこれを起動することも停止することもできるのだが、ここで目立つわけにもいかない。起動させるのは技師に任せた。


「カタリナ、そろそろ行こうか?」


「あっ……はい」


 技師が考え込み始めたので、話は終わったと思い、アースはカタリナに声を掛けた。


 彼女は何やら札を見ていたのだが、アースが声を掛けると横に並んで歩いて行く。

 途中、カタリナは一度だけ振り返り札を見て、そこに書かれている持ち主の名前を気にした。


「……まさか、人違いですよね?」


 札に書かれていた持ち主の名は「ヘドロ」。ちょうど一ヶ月前、カタリナが解呪を施した商会を運営する男の名だったからだ。

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