第72話 私はアース様の隣を歩けるだけで幸せですから


           ★


「ったく、アースたちを見失ったじゃない」


 ブレスの街の検問前で、執拗にナンパをしてきた男たちがいた。


 最初は無視していたリーンたちだったが、男が馬車に上がり込み、ラケシスの肩に手を乗せた時点で荒事になってしまった。


 男たちは、氷の彫像となり、騒ぎを駆けつけた警備兵に連行され、三人は詰め所で事情を聞かれたのだ。


 今回に限っては、男たちが勝手に馬車に上がり込んだ末の正当防衛という主張が通ったので、問題なかったのだが、解放されたころは夜遅くなっており、アースたちの姿はどこにも見当たらなかった。


「それもこれも、全部ラケちんのせいだけどね」


「まぁまぁ、それでもラケシスさんのお蔭で良い宿を紹介してもらえたじゃないですか」


 Sランク冒険者の身分を明かしたところ対応が良くなった。本来ならこの時間から受け入れてくれる宿はなく、寒空のなか過ごさなければならないところだったのをどうにか回避することができた。


「それもこれもアースが悪いわ。見つけたらとっちめてやるんだから!」


 とにかく今はゆっくり休みたい。そう考えた三人は教えてもらった宿へと向かうのだった。





「うぅーん、なかなか気持ち良い目覚めだったね」


「もう昼を過ぎてるけどね」


 昨晩、転がり込むように宿に飛び込んだリーンとラケシスとライラは、夜中だというのに食事を配膳してくれる女将に感謝しつつ食事をし、その日は死んだような眠りへと落ちた。


 翌日になり、目覚めると旅館の豪華な食事を堪能してようやく落ち着いた様子を見せていた。


「露天風呂も気持ちよかったよね。山奥にあるアースきゅんの風呂を思い出したよ」


 朝食を終え、名物と噂の温泉に浸かったリーンは、以前山奥で用意してもらった露天風呂を思い出した。


 どちらも風情があり、二人は大いに満足すると温泉を堪能したようだ。


「そういえばライラが見当たらなかったけど……」


 ふと、後一人同行したはずの人間がいないことをラケシスは指摘する。


「ライラなら神殿巡りするって朝から出て行ったよ」


 実際のところ、トラブルを起こす二人から逃げたのだが、聖地巡礼をしたいという気持ちがないわけでもない。


 なにせ、このブレスは聖職者にとっては特別な場所なので、一秒たりとも無駄にできず、ここに来るまでに計画していた名所を回るには早朝から行動するしかない。


「私たちはどうする?」


 ラケシスはぼーっとしながら道を歩く。アースが関わっていなければ特に見たい場所があるわけでもないのだ。


「そうだねぇ、とりあえずあの店とか入ってみようか?」


 リーンはキョロキョロと見回すと、自分たちとそう年齢の変わらない女性が入って行く店を指差すのだった。


          ★



「きょ、今日はよろしくお願いします」


 目の前にはカタリナがいて頭を下げている。


「こ、こっちこそよろしくね」


 アースはぎこちない態度で返事をした。


 それと言うのも、お互いに昨晩あったことを思い出しているからだ。


 あれから、目の前にいる人物が幻ではないと互いに認識した二人は、各々言い訳を口にした。


 カタリナは「酔っていて夢だと思っていた」と主張し、アースは裸を見て、裸体に触れてしまったことに対し「緊急避難で仕方なかった」と主張する。


 二人は、よくわからない状況ながら、互いの主張を認めることで、話の落としどころを模索し、その日は別れたのだが……、せっかく再会できたということでカタリナの提案により、一緒にブレスを回る約束をしたのだ。


「それで、アース様、どこに行かれますか?」


 まだ頬が赤いカタリナだが、今日の予定についてはアースが行きたい場所に合わせるつもりで聞いてみる。


「本当に僕が行きたい場所で大丈夫?」


 カタリナが休暇を利用してブレスに滞在していると聞いているアース。どうせなら二人の行きたい場所を相談しようかと考えた。


「大丈夫です。私はアース様の隣を歩けるだけで幸せですから」


 そう言うと、彼女は顔を赤らめつつも手をぎゅっと握り締めるのだった。

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