第64話 今度はこっちの呪いも解きなさいよね

「……ラケシスさん、そろそろ認めませんか?」


 縄で縛られた状態で向かい合うアースとラケシス。


 あれから、コックローチが背中から入ってきて服を脱いだり、水が出る魔導具が急に壊れてラケシスを水浸しにしたり、今だってこうして縄が絡みついた状態でアースと密着してしまっている。


 これ程の短時間で五度もハプニングに遭遇してしまえば認めざるを得ない。


「あの……くそ商人」


 ここにきて、ラケシスはヘドロの視線の意味を理解する。


 おそらく、ヘドロは自分にこのネックレスを身につけさせ、あの場に滞在させることで身体をもて遊ぶつもりだったに違いない。


「もし、あのままあそこにいたら……」


 今の自分の状況を考えるとぞっとする。


 先程からアースにされた行為をヘドロに置き換えるととても耐えられるものではなかったからだ。


「ラケシスさん?」


 急に怒り出したり苦い顔をするラケシスをアースは心配した。


「それで、聞かせなさい。このネックレスは一度ハプニングが起こることに宝玉が輝いた。そうなると六回目で終わりだと思うのだけど?」


 ラケシスは魔導具の存在を疑いつつもきちんと観察していた。一つのトラブルに一個の宝玉が輝いていた。つまり、後一回ハプニングが残っていると言うことになる。


「ええ、この魔導具の呪いは六回目が凶悪です。まず、全身が火照り出します」


 言われてみると、ラケシスは身体がむずむずしてきた。


「そして、絶え間ない快感が全身を襲いかかるようになるんです」


「んっ……ちょっと……あまり耳元で呟かないで」


 アースの発する吐息がラケシスの耳を刺激し、艶めかしい声が漏れる。


「最後には、誰か男の人に抱かれなければ効果を消すことができなくなるんです」


「じょ、冗談じゃ……ない……わよ」


 最後は自分の意志に反して自分で抱かれなければならない。そんな屈辱にラケシスは耐えられるわけがなかった。


「はや……く……何とか……しな……さい」


 こうしている間にも、全身に快楽がいきわたっていく。


「無理ですよ、このネックレスはとどのつまり、ラケシスさんに呪いを掛けていると言うことになるので、この状況では治療院にも行けませんからね」


 現在、二人は向かい合った状態で縄に絡みつかれ身動きをとることができないでいる。

 リーンやケイは遊びに出てしまっているし、ベーアも不在だ。誰かが戻って来て縄を解いてくれなければどうしようもない。


「うそ……でしょ?」


 アースの言葉に、ラケシスは血の気が引いた。杖もなく、快感のせいで魔法を唱えることすらできないのだ。このまま呪いが蝕むのに任せるしかないとすると、限界が来てしまう。


「だけど安心してください。こんなこともあろうかと、前々から作っていたポーションが役に立ちます」


 ところが、こんな状況だというのに、アースはあっけらかんとした様子でラケシスに話し掛けた。


 アースは縄で身体の自由を奪われながらもどうにか左手を動かし、魔法の袋からリバイブポーションを取り出す。


「これは『リバイブポーション』と言って、飲めば状態異常を解除してくれる効果があるんです。当然エッチなハプニングによる呪いも一発ですよ」


 そう言って、身動きを取ろうとすると……。


「はぁ……はぁ……アー……ス。うご……かない……で」


 ラケシスは瞳を潤ませて訴えかける。アースがもぞもぞと動いたせいで、胸元がこすれてしまい、刺激されたのだ。


「と、とにかくこれを受け取ってください」


 アースとて男なのだ。女神と遜色のない容姿のラケシスの艶姿を至近距離で見れば平常心でいられるはずもない。

 このままでは思考が飛んでしまい、アースが彼女に襲い掛かっても不思議ではない。


 ポーションの瓶がラケシスの右手に触れる。


「……駄目……力が……入ら……ない」


 ところが、ラケシスはか弱い声を出すと首を振った。既に呪いが進行していて身体の自由が利かなくなっていた。


「でも、これを飲まないと治らないですよ?」


 力が入らないと言うことで、アースは自分が飲ませてあげようと左腕を動かすが、縄が腕を変な状態で拘束しており、リバイブポーションをラケシスの口元に持って行くことができなかった。


「のま……せ……て……ちょう……だい」


 息も耐え耐えに懇願してくるラケシス。彼女の限界が近いと悟ったアースは、これしか手がないと考えると覚悟を決めてポーションを飲ませることにする。


「わかりました。言っておきますけど、これは緊急事態。人命救助のためなんですから、後で殴らないでくださいね?」


 そう言って、アースはリバイブポーションが入った瓶に口を付ける。


「何……して……?」


 ラケシスが浮かべた疑問は次の瞬間解消された。


「んっ……んぅ……」


 唇に柔らかい感触を覚え、舌が何かに触れる。その何かはラケシスの舌に絡みついたかと思うと、液体が流れ込んできた。


「ぷはっ! どうですか?」


 どれだけの時間が経っただろう、その間ずっと、アースとラケシスは唇を重ねていた。


「……ぇ……え?」


 蕩けたようなラケシスの顔がアースの前にある。一瞬、アースは、リバイブポーション調合を失敗したのかと思った。


 だが、ラケシスは徐々に意識を取り戻すと、自身の容態をチェックする。


 気が付けば、全身の快感は収まっているのだが、心臓は相変わらず激しく脈打っている。これがアースにキスをされた影響なのだと気付くと顔を真っ赤にした。


「治った……わよ」


 心配そうに顔を覗き込むアースにそう答える。


「良かった。これでもう大丈夫ですね」


 きちんと解呪できたことで、自分が作ったポーションの効果を確認できたアースは笑って見せた。


「ところで、これどうやってほどきましょうかね?」


 呪いが解けたからといって、縄が解けるわけではない。アースが身動ぎをしていると、ラケシスの心臓が高鳴った。どちらにせよ、誰かに助けてもらうまではこのままなのだが、先程までと違い不安はなく、むしろいつまでもこうしていたいと考えてしまったから……。


「今度はこっちの呪いも解きなさいよね」


「えっ? ラケシスさん、何か言いました?」


 聞こえないように口ごもったラケシスに、アースは反応する。


「なんでもないわよっ!」


 アースを見たラケシスは、新しく生み出された呪いに対し、アースにどう責任を取らせようか考えるのだった。




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