第46話 僕にとってはこの何でもない日常が一番ですからね

「あ、あんた。なんでここにいるのよ?」


 まさに不意打ちというやつで、想定していなかった遭遇にラケシスの身体が熱を持つ。


「僕ですか? 精肉店の人に頼まれて肉斬り包丁を研ぎ直したんで返してきたんですよ。ラケシスさんこそもしかしてさぼってるんですか?」


「ち、違うわよっ! 今は休憩中なだけなんだから」


 アースの冗談にラケシスは咄嗟に言い返す。


「それにしてもあんた、刃物を研ぎなおすなんて色々やってるのね?」


 アパートの仕事を器用にこなしているかとおもったが、まさかそんなことまでしているとは思わなかった。

 ラケシスは呆れた表情をアースへと向ける。


「まあ、素人が少し練習した程度の腕前ですけどね、報酬に新鮮な肉を分けてもらえたので今夜は期待してくれてもいいですよ」


 アパートのみならずこうして街の人間とも良い関係を気付いていく。そんなアースがラケシスには眩しく映った。

 他人の視線に敏感に反応し、敵意を向けられ続けてきたのだ。どうしたって仲良くできるわけがない。


「あんたはそうやって皆のことばかりよね。もっと自分のしたいことをすればいいのに……」


 冒険者ギルドでの弁当の販売やアパートの住人の管理まで。

 今ではポーションの仕入れや武器の修理など、生活の細かい部分にいたるまでアースが行っている。


 自分たちに尽くそうとするアースの生き方にラケシスは疑問を覚えたのだ。

 アースならもっと別のなんにでもなれるのではないか?


 本人は隠しているつもりだろうが、アパートの住人はアースが色々な技能を持っていることに既に気付いている。

 その上で本人が言い出さないから聞こうとしないだけなのだ。


 自分たちがアースを縛り付けている。そんな自覚があるラケシスの言葉だったのだが……。


「僕にとってはこの何でもない日常が一番ですからね。ベーアさんがいて、ケイさんがいて。リーンさんに毎日からかわれて、ラケシスさんに怒られる。そんな当たり前の日々がずっと続けばいいなと思っています」


「……アース?」


 ふと遠くを見るようなアースの表情にラケシスはドキッとする。

 まるで、いつかそれが叶わなくなると思っているかのような……。


「そうだラケシスさん。パン屋さんでもらった焼き菓子があるんですよ。良かったら食べてください」


 思い出したかのように小さな包みをラケシスの掌に置いた。


「えっ、あんたは?」


「仕事中のラケシスさんの邪魔をあまりしたくないですからね。アパートに戻ることにしますよ」


 見上げた時には普段と変わらぬ笑顔を見せるアース。彼は手を振るとその場をあとにした。





「お待たせしてしまって申し訳ありません。ちょっと混んでいたもので……」


 入れ違いで、手に二つのコップを持ったカタリナが戻ってくる。


「仕方ないわよ。今は昼時だし」


 少し時間をずらせばそれほど混まないのだが、街の人間の生活リズムというのは早々に変えられるわけもない。


 ラケシスはカタリナからコップを受け取る。


「実は探し人がいないかわきみしていたら零しちゃって、買い直してきたんですよ」


 気恥ずかしそうな顔をするカタリナ。


「なにやってるんだか……」


 カタリナのドジな一面をラケシスは柔らかい笑みで見る。


「あれ? その小包はなんですか?」


 アースが置いていった焼き菓子が入った包みを見た。


「うちのアパートの管理人がたまたま通りかかってね。差し入れていったのよ」


 嬉しそうにその包みを撫でるのだった。



 


「それじゃあ、二日間護衛ありがとうございました」


「別に、仕事だったからかまわないわ」


 二日間の護衛を終え、ラケシスはカタリナを宿まで見送った。


「結局みつからなかったですけど、お蔭でこの国の観光スポットもまわれたので良い休暇になりました」


 途中からは開き直ったのか、とにかく人が多い場所を探すことになり結果として観光をしているようなものだった。


「これから仕事で他の街に行くのよね? 護衛は平気なの?」


 ラケシスにしてもこんなに誰かと一緒に行動したのはアース以来だ。

 カタリナに対してそれなりに打ち解けたのか、安全を気にしている。


「ええ、この街のAランク冒険者さんを教会が手配しているはずなので。できればこのままラケシスさんにお願いしたかったですけどね」


 そう残念そうに笑うカタリナ。ラケシスはその話を聞くと……。


「平気よ。そいつらは悪い奴らじゃないから。私の方からも手を抜かないように言っておくわ」


「ん。もしかして知り合いなんですか?」


「同じアパートに住んでいる連中よ」


「ラケシスさんがそう言うなら安心ですね。良かったです」


「それじゃ、私は行くわ。あんたも仕事頑張りなさいよ」


 そういうとラケシスはこれまでで一番優しい笑みをカタリナに向けるのだった。


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