第41話 空いた日に弁当を作ってここで売るというのはどうですかね?

 入り口をあけるといかつい顔をした男たちがアースを見た。

 男たちは腰に武器をぶら下げ皮鎧を身に着けているが、昼間からコップを片手に酒を呑んでいる。


 生活に困らない限りは働かないタイプの冒険者なのだろうとアースは見当をつけた。

 冒険者たちもアースに怪しげな視線を送るが、特に絡んでくることはないようだ。


 アースはそんな視線が気になりながらもカウンターへと進むと。


「あ、アースさん来てくださったんですね」


 受付をしていたオリヴィアが嬉しそうな笑顔を向ける。

 彼女はここの冒険者ギルドでも一番人気の受付嬢だ。アースは背中に視線が刺さるのを感じると……。


「これも仕事ですからねオリヴィアさん。それで、相談というのはなんでしょうか?」


 昨晩。アースはリーンから伝言を聞かされたのだ。

 なんでも、ギルドで少し困った事態が発生したので助けて欲しい。可能なら明日にでもギルドを訪ねるようにと。


「実はですね、今冒険者ギルドの間で問題が起きてまして。アースさんには臨時職員としてその対応に回ってもらおうかと思っています」


 オリヴィアは頬に手を当てると悩まし気な様子でそう切り出してきた。


「僕がですか? 正直臨時職員でアパートの管理ぐらいしかしていないので、正規の人よりもギルドの仕事を把握してませんよ?」


「大丈夫です。むしろアースさんにしかできないことなので」


「……ふむ。話を伺いますね」


 アースはアゴに手を当てると眉を動かした。妙に含みのある言い方が気になったのだ。


「実は今、冒険者ギルドの中で不満が溜まっているんですよ」


「それは、報酬の差だったりとか、仕事の不平等についてですかね?」


 冒険者は実力主義なので強ければより良い仕事を受けることが出来る。そのことに不満をもつ冒険者も少なくないとケイやリーンから聞いている。


「いいえ、その不満については自業自得なのでギルドとしては関与するつもりはありません」


「だったらどのような不満を?」


 自分に解決できるのだろうか?

 アースは眉をひそめて考えるのだが……。


「冒険者の皆が今抱えている不満。それはお弁当ですよ」


「お、お弁当?」


 あまりにも予想外の言葉にアースは目を丸くした。


「ケイさんたちAランクパーティーメンバーやラケシスさん。最近ではベーアさんまで高ランクの冒険者がこれ見よがしに弁当を持っているんです。私たち受付も最初は問題にしていなかったのですが、たまたま彼らから弁当を分けて貰った冒険者がいて『なんだこれは。俺達はまずい飯を冒険中に食っているのに、上のランクの冒険者はこんないいものを食って。これじゃあやる気が出ない』と主張しはじめたんですよ」


 オリヴィアは溜息を吐くと続きを口にする。


「それで、調べてみたところこの弁当を作っているのがギルドの臨時職員のアースさんだと突き止められたんです。そして『冒険者ギルドの仕事ということなら俺達にも食べる権利があるはずだ』と不満が集まってしまい……」


 オリヴィアは気まずそうにアースを見た。


「なるほど。つまり僕にやって欲しいのは他の冒険者への弁当作りということですか?」


 確かにケイたちパーティーには頼まれて弁当を作ってはいる。

 だがそれはアースのサービスによるもので、アパート管理とは完全に関係ない。


 いわば業務外の仕事なのだ。


「その……やってもらえるとうちとしても助かるんですけど……」


 オリヴィアは懇願するような目でアースをみる。大抵の男はこの縋るような目で頼まれたら断れないのだが……。


「今のアパートの管理もあるので、流石に毎日は無理じゃないかと思いますよ」


 アパートの住人の分を朝食の片手間に作るのとはわけが違うのだ。

 大人数を想定するなら時間もかかるし、食材の仕込みも必要になる。


 ログハウスでのアイテム作製もあるのでおいそれと頷くわけにはいかなかった。


「で、ですよねぇ……」


 オリヴィアも自分がお門違いな頼みをしている自覚があったので、断られて気を落としていた。だが、アースはそんなオリヴィアに言葉を続ける。



「流石に毎日は無理ですけど、空いた日に弁当を作ってここで売るというのはどうですかね?」


 それならば自分が無理のない範囲でやれるのでアースとしても問題は無い。


「全然ありですよっ! 利益は全てアースさんの懐に入れて頂いて構いません。是非今の提案で話を進めさせてください」


 するとオリヴィアは早速ギルドマスターに了承をもらいに行った。アースが弁当を売るための場所の確保をするためだ。


 通常、ギルドの建物内で商売をするなら手数料を支払うことになるのだが、今回は是が非でもアースに店を開いてもらいたいらしくギルドマスターのリンダも二つ返事で了承した。


「それでは、アースさんの弁当の件。告知しておきますので宜しくお願いしますね」


 結局、オリヴィアはきたときよりも眩しい笑顔でアースを送り返すと機嫌良さそうに仕事を始めるのだった。





「なんか、冒険者ギルドでものすごい噂になっちゃってるよ」


 その日の晩。ギルドから帰ってきたリーンがそんな情報を寄越した。


「それって、ギルドで弁当屋さんを始める話ですか?」


「そうそう。元々リーンたちの弁当を羨ましそうに見ていた冒険者たちがいるのは知ってたんだけどさ。それが自分たちの手に入るとなったおかげで大騒ぎだよ」


「へぇ~。そうなんですか……」


「それにしてもよく引き受けたな。冒険者の人数はかなり多いから大変だろうに……」


「そこはメニューでカバーする予定です。手間がかからなくても美味しくて持ち運びに便利な料理を考えていますからね」


「ふふふ、アースきゅんの新料理かぁ。今から楽しみだねっ!」


 リーンは頬を緩ませるとまだ見ぬ料理を想像してはよだれを垂らすのだった。






『それではっ! ただいまより弁当の販売を開始しまーす』


 数日後。告知の通り弁当を売ることになったアースは夜中から仕込みをして大量の弁当を用意した。


『うおおおおおおおっ! ようやくかよっ!』


『ケイたちのパーティーの仕事がうまくいっているのはこの弁当のお蔭らしいからな!』


『そこらの店の料理なんて目じゃないらしいぞ。楽しみだっ!』


 それというのも、告知をしたせいで全ての冒険者が買う勢いになったらしく、最初は仕方ないとばかりに出来る限りの弁当を仕込まざるを得なかったからだ。


「えーと。皆さん、数はかなり作ったつもりなので全員に行きわたるはずです。割り込まないで列に並んで買って行ってください」


「お前ら、列を乱すなよ」


「ルールを守らないと販売しなくなるからねー」


 ケイとリーンが仕切りを手伝っている。


「アースに危害をくわえたら魔法を撃つから」


「皆大人しく買うのだぞ」


 アースの後ろには用心棒としてラケシスとベーアも待機していた。


「それじゃあ、弁当の販売をしますのでどうぞ買っていってください」


 アースのその言葉を合図に冒険者たちは弁当を買い始めた。





「へへへ、やっと買えたぜ」


 中堅冒険者の1人は列から抜け出すと買ったばかりの弁当を見た。

 この男、アースの弁当を最短で手に入れるために徹夜で冒険者ギルドに張り込み最前列を確保していたのだ。


「さーてと、さっそく頂くとするかな」


 徹夜をしていたので今日はもう冒険に出る元気は残っていない。それよりも弁当が気になったので包みを開ける。すると……。


「なんだこれ。パンか?」


 パンの間に揚げた肉とキャベツが挟まっている。


『へぇ。あれが弁当か、見たことない形だな』


 列の後ろに並んでいる冒険者たちがきになり男をみていた。


「これは何かの肉とキャベツをパンで挟んでいるんだな。それにしても柔らかいパンだな」


 指で押すと形を変える。余程の店でなければこれ程のパンは作れない。


「取り敢えず食ってみるか……」


 男は弁当にかぶりつく。すると…………。


 ――カリッ――


 子気味の良い感触と共に肉を噛み切ると口の中に肉の美味さと脂の香ばしさが広がった。


「な、なんだこれっ! 美味すぎるっ!」


 その言葉に周囲の全員が男に注目した。


「口の中でサクサクとした感触がしてパンは柔らかいしキャベツも瑞々しい。中の肉はオーク肉だろうか? 作って時間が経っているから冷めているのに噛むと肉汁の旨味が口いっぱいに広がる」


 夢中で食べる男を他の冒険者たちが羨ましそうに見る。


「ねえ、アースきゅん。あれってこの前の揚げ物だよね?」


「ええ、そうです。揚げ物は火を通しているので弁当に最適ですし、一度に大量に作ることができますから。今回作ったのは揚げ物をパンで挟み込んだ料理フライサンドです」


 料理方法はいたってシンプル。オーク肉を揚げてパンで挟んで切るだけだ。


『す、素晴らしいっ! オーク肉がこんなにも美味しい物だったとは!』


『これなら一日中だって冒険をしていられるなっ!』


『明日からこれが無いと働けないかもしれないっ!』


 他の冒険者もその場で弁当を開けては食べ始めてしまう。その様をみていたリーンは……。


「ねえ、アースきゅん」


「なんでしょうか?」


「これしばらくは店を開けないと冒険者の暴動が起きるよ?」


 その光景を見ていたアースは溜息を吐くと……。


「やっぱりそうですかね?」


「うん。リーンちゃんも手伝うから頑張ろうね!」


 嬉しそうにいうリーンに。


「なんでそんなに嬉しそうなんですかねぇ?」


 恨みがましい目を向けるアースだった。


 結局、この騒動が落ち着くまでの数週間、アースとリーンは冒険どころではなく弁当を作り続けた。


 家事に関しては以前作っておいたオートマタ―が完璧にやってくれたので問題はなかったことをここに報告しておく。




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