第73話 復讐

「……ゼェ……ゼェ……」




 マウを捉えられ、左胸に埋め込んだ紋章へと猟銃を突きつけられているワタシは、動けない。


 白髪の少女は、息を荒げている……




「……やっと……やっとだよ……おねえちゃん……」




 低い、大人の男性の声を出して……




 興奮しているように……肩を上下させている……




「あのこがほしがっていた……ひだりうでをわたして……」




 弾はもう、装填されていたみたい。




「おねえちゃんのかおをとりもどして……ぼくだけのさくひんを……つくって……」




 左手でマウをつかんでいて、右手で引き金に指を添えている……!




「ふじまるにみせびらかして……ぜつぼうのかおを、みてやるんだ……あははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」












 部屋に、バアンと、音が……響いた……











「……え」




 白髪の少女が、声を漏らした。




 それとともに、白髪の少女の首に、腕のようなものが回され……




 仰向けに、後頭部を床に打ち付けられた。




 捕まれていたマウは床に落ち、


 上に向いた猟銃は、天井に向かって銃声をならす。




「……き……さ……ま……!!」




 奥の壁際には、通気口のフタが落ちており、そのすぐ上には開いた通気口。


 さっきの音は……銃声ではなく、このフタが落ちた音だった。




 白髪の少女は仰向けのまま、目の前に立っている人影をにらむ。








「……ふ……じ……ま……る……!!!」









 白髪の少女は、懐からナイフを取り出す!




「おねえちゃんを……かぇええええええええせぇぇぇぇええええええええ!!!!」




 そのナイフを持つ手を、黒いローブを身に纏っているフジマルさんは取り押さえ、




「うぎゃっ!!」




 右の頬に、かすり傷を負わせ、部屋の隅へ放り投げた!!

 




「……フジマル……さん?」




 マウがたずねると、それに答えるようにフジマルさんは振り返った。




「イザホ……マウ……よくここまでがんばったな」




 フジマルさんの笑みを見て、ワタシはマスクの下で笑みを浮かべていた。


 危惧していた予感が……外れたから……




 フジマルさんは、仮面の人間ではなかったから……


 ウアさん、テイさん、テツヤさんを殺した、仮面の人間ではなかったから……!











「……はは……あはははは……」


 フジマルさんがワタシに近づこうとすると、白髪の少女が笑った。


「……」


 フジマルさんは、ゆっくりと白髪の少女に体を向ける。




「ふじまる……もう……おわりだ……」




 白髪の少女の姿が、溶けていく。


 少女の頬に埋め込まれていた姿の紋章が、さっきフジマルさんに傷つけられたから……

 姿の紋章によって映していた姿が……溶けていくんだ……



「もう……おわりなんだよ」




 そこから現われたのは、やせ細った男性。

 髪は腰に届きそうなほど長く、前髪とヒゲで顔がほとんど見えない。




「ぼくは……ずっと……うらんでいた……おねえちゃんを……ぼくのおねえちゃんが……ころされて……おねえちゃんをつれていった……ふじまるを……うらんでいた……」


「……」




「ふじまる……」




 男性の口元が、




 笑った。




「ふじまるぅ!! ぐじゃぐじゃになったかおでッ!! どげざをしてもらうぜえ!!」




 後ろから、足音が聞こえてきた!!


「そんな!! あいつらが!!」


 マウの声とともに振り返って見ると、




 マネキンの大群が、こちらに猟銃を向けていた!!




「そのつくりもののッ!! したいのにんぎょうがばらばらにくだかれるのをッ!! そのめにやきつくせえええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!」











 それでも、フジマルさんは振り返らなかった。











「……本当に、すまなかった」











 フジマルさんの言葉とともに、マネキンの群れの後ろ側で、


 マネキンの頭が宙を舞った。




「あの子が殺される羽目になったのも……おまえが10年間の苦しみをこめたこの復讐を、無駄にしたことも……」




 群れの後ろから、次々とマネキンがバラバラに解体されていく!!




「!?」「フジマルさん、これは!?」

「イザホ!! マウ!! 伏せるんだ!!」




 フジマルさんに言われるがままに、ワタシとマウはその場でしゃがんだ。




 上空を、マネキンのパーツが飛んでいく。




「そ……そん……な……」




 部屋の中に誰かが入ってきて、


 誰かに、近づいていく。




「あ……ああ……」




 顔を上げると、男性の前に人影が立っていた。


 男性は壁に背中をつけ、その人影を見上げ、


「……」


 そのまま横に倒れた。




「!!」




 マウの目に、三日月の白目が現われる。


 その人影が、振り返った。




 手に斧を持って、黒いローブを着た……



 バフォメットだ。




「!! イザホ!! 危ない!!」




 マウが叫ぶ。




 バフォメットは、ワタシに向かって走り出し、











 ワタシの肩と背中に、手を回した。











「……ワガ……ムスメ……ヨ……」




 ……おとといと、一緒だ。


 おととい、裏側の世界で炎に囲まれた時、


 助けてくれたのは……バフォメットだった。




「フ、フジマルさん……これって……?」

「そっとしてやるんだ。10年ぶりの対面だ。おとといのあの一瞬では満足しなかったのだろう」



 バフォメットは、ワタシの頭に手を乗せて、なでる。


「……ワガ……ムスメ……ヨ……」


「……ワガ……ムスメ……ヨ……」


「……ワガ……ムスメ……ヨ……」


 何度も、何度も繰り返して。




 ……ワタシは、バフォメットの肩と腰に、手を回していた。




 どうして抱きしめ返したのか。ワタシもよく、わかっていない。


 ただ、このバフォメットが……


 少なくとも、ワタシを元の死体にする気はない。


 少なくとも、ワタシたちと敵対するつもりはない。




 そう、感じたからだと……思う。








「この10年間……あの事件の影響で、たくさんの人々が苦しみ続けた……その事件を引き起こした……バフォメットも……そのひとりだったんだ」




 フジマルさんの声を聞いていると、バフォメットはワタシをより力強く抱きしめた。




 その手は、マネキンと同じ、プラスチックの球体関節だった。











・イザホのメモ

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/chU7IgNbkHmEAagPTPZXKn1SzBxmn4Oz










 その後、ワタシとフジマルさん、マウ、そしてバフォメットは、ともに階段を駆け上がり、非常口の扉を開いた。




 その先に広がっていたのは、森。

 森の中の小さな小屋の前に、ワタシたちはいた。小屋が非常口のカモフラージュになっていたのかな。


「!! シープルさん! ホウリさん! 無事だったんだ!!」


 マウが叫んだ通り、目の前にはシープルさんとホウリさんが立っていた。


「特にホウリさんは、銃に撃たれたから……てっきり……」

「アタイはかすり傷だったので、問題ないですよ。さすがに驚いて失神してしまいましたが」


 ホウリさんの肩には、治療の紋章を埋め込んだ包帯が巻かれていた。特にしんどそうには見えなかったから、言っていることは本当のようだ。


 その横で……シープルさんは不思議そうにワタシとフジマルさんを見ている。




「……フジマル、お姫様だっことはいい身分だな」

「いや、シープル、これはわけがあって……」




 ワタシの体を持ち上げているフジマルさんは、恥ずかしそうにそっぽを向いた。

 それを今から代弁すると言わんばかりに、マウがブッブッと鼻を鳴らしながら前に出てくる。


「……あのね、シープルさん。おたくのバフォメットがいきなりイザホを抱きしめて、そのまま背骨を折っちゃったんだよ」


 正確には、背骨とあばら骨が数本だ。

 おかげで、うまく上半身が支えられなくなって歩くことも難しくなったので、フジマルさんに抱えてもらっている。


「なるほど。イザホじゃなければ死体が増えていたところだったな」

「冗談言ってるけどさあ……ボクは気が気じゃないんだよ!? ちゃんとバフォメットのこと、説明してよね!?」


 マウが声を荒げているのを聞いて、フジマルさんは歯を見せる。


「私がいない間でも、やはりマウのイザホに対する思いは、相変わらずだな!!」

「フジマルさん、笑いごとじゃないんだけど!?」




 頬を膨らませるマウに、笑うフジマルさんとシープルさん、それにホウリさん。




 ふと、ワタシは後ろを振り向いた。




 さっきからフジマルさんの後ろで、気を失った男性を背負っているバフォメット。




 その羊の頭は、まるで叱られた後の子供のように、下を向いていた。




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