泣く少女②

絶えず溢れてくる涙を拭く逢坂を見ながら、俺は不謹慎にその頭を撫でたいと思ってしまった。

よく手入れされた白髪はどこまでも艶やかで陰が差しているのにもかかわらずどこか輝いている様に見える。


手が疼く。


撫でたい。


「……?」


様子がおかしくなった俺に気付いたのか目元が赤く腫れた逢坂が不思議そうな顔で振り向いた。


普段見る事ない弱々しい表情をした逢坂を見てタガが外れた気がした


「!」


手を伸ばす。


逢坂は殴れるとでも思ったのか肩を震わせて半歩後ずさる。

俺はそれを追い掛けるように一歩進む。


「い、いや……!やめて……!」


止まった涙が決壊したダムのように漏れてくる。

恐怖を顔に貼り付けたまま明らかな拒絶を見せる逢坂を無視し俺は手を伸ばす。


「や、やめ……」


体に触れる直前そんな言葉を漏らしながら目を瞑る。

殴られるのは慣れている。覚悟は決めた。


しかし、待てど暮らせど痛みが来ることは無く。むしろ、頭を優しく撫でられているという感触が頭越しに伝わってくる。


「えっ……?」


予想外の出来事に恐る恐る目を開ける。


「あっ……」


私の目に映るのは優しい笑顔で私の頭を撫でている男子生徒の姿。

ガラス細工を扱うような優しい手つきに、不思議と安心する。その笑顔が私の心に差していた影を払ってくれている気がした。


気持ちいい。こんな気持ちになったのは初めてだ。

知らない男子に頭を撫でられているにも関わらずやめて欲しくないと思っている私がいる。

温かい。


あれ、おかしいな?また、涙が……。


正直予想外だった。


撫で心地が良さ過ぎる。よく手入れがされているとは思っていたが、ここまでとは……。

中毒になりそうだ

冷たいながらも少し温かく、髪の絡まりも枝毛も存在しない。

撫でれば撫でる度に絶えず溢れてくるこの気持ち。

ああ、これが多幸感って奴か。


なでなで。


なでなで。


なでなで。


こう撫でていると昔よく妹の頭を撫でていたことを思い出す。

今でこそ活発に部活に勤しんで多くの友達と毎日を楽しんでいる雪だが、小学校の時は今とは真逆な性格で引っ込み思案の人付き合いが苦手な性格だった。

それに加え泣き虫と言う三コンボだっため、いつも俺の後ろを着いて回り、些細なことで泣いてその度に頭を撫でていた。


思えば俺が撫でフェチになったのは妹のせいなのでは?


ピコン!


逢坂の頭の虜になりひたすらに撫で続けていた時間は唐突に終わりを告げる。


「「!」」


俺は逢坂の頭から手を離しポケットに仕舞っていたスマホを取り出す。


「あ……」


逢坂は寂しいそうな声を漏らす。


「?」


視線を向けるとそっぽ向いてしまった。


『遅いぞー!』


電源を付けると鏡からLINEが来ていた。


そう言えば待ってて貰ってたんだっけ、帰るか。


スマホを仕舞い踵を返す。


「あ!」


「ん?」


「……っ……」


逢坂は何か言いたげだ。


「何だ?」


「……」



俺はエスパーでは無い。言葉にして貰わないと分からない。


逢坂が口を開くまで待つと言うのも別にいいのだが、鏡を待たせている俺にはそんな暇はない。


なので俺は憶測を口にする。


「大丈夫だ。この事は誰にも言わないから」


「!違っ……」


「じゃあな」


「待って……!!!」


「……」


歩き出した俺の裾を逢坂は力強く掴む。


「……」


「……」


少し先の道路から車の走行音が聞こえて来る。

俺はスマホを取り出し鏡にLINEする。


『悪い。もう少し掛かりそうだ。先に帰っててくれ』


『そうか?了解。気を付けてな』


『ありがとう。そっちもな。また明日』


物分りが早くて助かる。


スマホを仕舞い逢坂に向き直す。


「ゆっくりでいいからな」


「……うん」


さっきと同じように優しく頭を撫でる。


体感十分が経過した頃、逢坂が口を開いた。


「ありがとう。もう大丈夫」


「そうか」


逢坂は顔を上げ俺を見上げてくる。


もう大丈夫そうだな。


「じゃ、帰る」


「ええっ、その前にあなたの名前を教えてくれないかしら?」


「知っても得は無いぞ」


「それでもいい。お願い」


「……京だ。京冬弥」


「京……冬弥……。分かったわ。ありがとう」


逢坂は笑う。柔らかい笑顔だ。


「……」


「帰らないの?」


立ち止まった俺に逢坂は疑問を持つ。


「途中まで送る」


夕日は沈みかけ、あたりは少しづつ暗くなり始めている。

この中を逢坂一人で帰らせたら何が起こるか分からない。


「!……ええっお願いするわ」


誰もいない校舎を逢坂を隣り合わせに歩く。誰かに見られたら極刑レベルの行為だ。

ほんと放課後で良かった。


「ここでいいわ。送ってくれてありがとう」


「ああ」


「また、明日」


「ああ。また明日な」


手を振る逢坂に小さく振り返す。


家が見えて来た所で俺は右手を見る。


また撫でたい。


未だにあの感触が残っていた。

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